第21話:ポンコツ、後悔する
『良いですか、アリシア。王都の南東地区には絶対に近づいてはいけませんよ』
そうお姉さまに聞かされたのは、いったいいつの頃だっただろう。
お姉さまの忠告を無視する形で、踏み入ってしまった南東地区スラム街。
道行くのは近寄るだけで危なそうな浮浪者たち。道端で恵みを求めるのは年老いたホームレス。
ボロ小屋のような家々と酒場や危なそうな店が建ち並ぶ通りにあたしたちは立っていた。
「うわぁ、なにここ。酒と暴力の町って感じだね。王都にこんな場所があったんだぁ……」
「なに呑気なこと言ってんのよっ! 早くここから離れないと……!」
この辺りが女の子二人で立ち入って良い地域じゃないことくらい、あたしにだってわかる。
いまいち危機感の薄そうなミナリーの手を掴んで来た道を戻り始る……つもりだったけれど、振り返った先には絶望が待っていた。
「うそ、帰り道どっちだっけ!?」
一本道で来たはずなのに、振り返った先は三叉路になっていた。
「この辺り、ろくに区画整理もされてないみたいだね」
「み、右に行くわよ」
「わたしの第六感は左だと言っているよ」
「第六感ってなによっ!?」
「ちっちっち。こういう時こそ冷静に、だよ。落ち着いて考えよう、アリシア。こういう時は、近くの人に道を尋ねるのが一番だよ。例えば…………………………」
言いかけて、ミナリーが言葉を失ったように立ち尽くす。
彼女の視線はあたしを……ではなく、あたしの後方で固定されていた。
嫌な予感がして振り返る。
そこに居たのは十人ほどの男の人たちだった。
彼らに話しを聞こうと、ミナリーはそう言いかけたのだろう。
あたしも、ミナリーの意見には大賛成だった。
ただし、相手が武器を持っていないことが大前提だけど。
「よお、嬢ちゃんたち。女の子二人でここになんか用でもあるのかい?」
武器を持った男たちの一人。頭に赤いバンダナを巻いた男があたしたちに話しかけてくる。
それに答えようとして、寸前。ミナリーに手を掴まれた。
「ここはわたしに任せて、アリシア」
「い、良いけど、…………あたしを売って自分だけ助かろうとか思ってないわよね?」
「……………………」
「おいこらっ!! 返事しなさいよっ!?」
ミナリーに任せるのは不安しかないけれど、残念ながら彼女の方があたしよりも口が達者なのは事実なわけで。頼んだわよ、ミナリー……っ!
「お兄さんたち、わたしたちに何の用かな?」
「なぁに。お嬢ちゃんたちが道に迷って困っているように見えたんでな。俺たちで案内してやろうと思ったまでよ。俺たちと一緒に楽しく遊ぼうぜ?」
「うーん。悪いけど、わたしたちおつかいの途中だから。それにほら、お兄さんたちあんまりお金持ってなさそうだし」
「あぁ?」
「どうせ遊ぶなら煌びやかな服を着たイケメンと遊びたいなぁー、なんて。お兄さんたちみたいな貧乏人と遊ぶほど、わたしたちは安い女じゃないんだよ」
「……っち。なら、銀貨五枚でどうだ?」
「…………………………そ、そんな安い女じゃないんだよっ!」
「あんた今少し考えたでしょ?」
ひゅーひゅるる~、とあたしの指摘にミナリーは下手くそな口笛で答えた。
「とにかく、いくらお金を積んだってお兄さんたち貧乏人と遊ぶつもりなんかないから」
「てめぇっ……!!」
「ま、わたしたちと遊びたいなら、煌びやかな服を着てそのぶっさいくな顔をイケメンに変えてきたら考えてあげなくもないよ? 残念だなぁ、お兄さんたちが貧乏でブサイクじゃなかったら少しくらい遊んであげたんだけどなぁー?」
「おいコラ、てめぇさっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! そんなにぶっ殺されてぇか糞アマぁッ!!」
激昂したバンダナの男が剣を鞘から引き抜いた。
その直後、ミナリーが高らかに叫ぶ。
「――とアリシアが言ってましたっ!」
「あんたでしょーが!!」
「どっちでも知るかっ!! てめぇら、五体満足で帰れると思うんじゃねぇぞッ!!」
「ど、どうするのよ、ミナリー!? あんたのせいであの人ものすごく怒ってるじゃない!!」
「アリシア…………………………怖い、助けて」
「無駄に煽って怒らせてそれか馬鹿ぁああああああああああああああああッッッ!!!!!!」
叫ぶと同時、ミナリーの手を掴んで全力で走り出す。初めから逃げるべきだった!
「おかしいなぁ。頭に血が昇り易そうだったし、怒らせたら憤死するかと思ったんだけど」
「今時そんなレアな死に方誰もしないわよぉっ!!」
ああもうっ! ミナリーに任せたあたしがバカだったぁ!!
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