第52話:村娘、旅立つ

 雲一つない空には、数え切れない星々と、青白い輝きを放つ満月が浮かんでいる。


 王様の部屋のテラスから見た星空も、大広間のテラスから見る星空も、同じくらい綺麗だった。


 昔から何か悩みごとのある時は、ボーっと星空を眺めていた気がする。


 あの星は金貨三枚くらいかな、とか。


 あっちは銀貨七枚かな、とか。


 そう考えるのが好きだった。


「ここに居たのか、ミナリー」


 振り返ると、大広間とテラスの出入り口に、月明かりに照らされた王様の姿があった。


「どうしたの、王様? わたしに何か用?」


「いや、そういうわけじゃないんだが……。ここで何をしてたんだ?」


「うーん、特に何も。何となく、星を眺めてた」


「星を? ……そうだな、あの星は金貨二枚。あっちの星は、銀貨九枚くらいか」


「ふぇ?」


「いや、お前ならこういう星の見方をしてもおかしくないと思ってな。図星か?」


「ち、違うもんっ! 今はそんな見方してなかったもんっ!」


 昔はしてたけどっ……!


「ぐぬぬぅ……。王様、もしかしてわたしを馬鹿にしに来たんじゃないよね?」


「馬鹿にしてどうするんだよ、本気で迷ってるやつを。みんな心配してたぞ」


「え、なんで?」


「なんで? って、そんなの…………あー、ともかくだ。よければ聞かせてくれないか? 俺には王として、家来の迷いを解決する義務がある」


「そんなのあったの?」


「ああ、あったんだ。…………まあ、今作ったんだが」


 ボソッと王様が何か言ったけど、冬の冷たい夜風に遮られてあまりよく聴こえなかった。


 王様に相談かぁ。


 あんまり役に立ちそうにないけど、確かに誰かに話したい気持ちもあった。


 アリシアやアリスに話すよりは、王様の方が話し易い感じもするし。


 ……少しだけ、王様に心を許してみても良いかもしれない。


「…………王様はさ、お金ってどう使えば良いと思う?」


「お金? お金の使い方で迷ってたのか?」


「うん、まあ、そんな感じ」


 お姉ちゃんからお金に関する様々な事柄を叩き込まれたわたしだけど、唯一お金の使い方だけは教わらなかった。


 だからいざお金が手に入っても、どう使って良いかがわからないのだ。


 つまり、わたしが悩んでいるのは全部お姉ちゃんが悪いっ!


「少し意外だな。てっきり何か欲しい物があるのかと思ってたよ」


「村に居た頃は、お金そのものが欲しい物だったよ。自由に使えるお金なんてなかったし、収入があってもすぐに食費とか税金とか税金とか税金で消えてたし!」


「お、おう。この国も懐事情が厳しいんだ。理解してくれ……」


「そういうわけだから、王様はどう思う?」


「どうって言われてもな……」


 王様は難しい顔をして、拳を額に当ててシンキングタイムに入った。


 しばらく続く沈黙。やっぱり王様に相談したのはしっぱ――




「……別に、無理して使わなくても良いんじゃないか?」




「ふぇ?」


「いや、まあ。財政難の国で何年も国王を務めていた経験から言わせてもらえば、金が無くて困ることはあっても、金が有って困ることはないからな。だから特に欲しい物がないんなら、とりあえず使わなければ良い」


「王様って、……意外とケチだよね」


「伊達にこの国で何年も国王をしてないからな」


 ……でも、だからかもしれない。


 王様の言葉はわたしの心にスッと溶け込んだ。


 王様の言う通りだ。


 何も入って来たお金をすぐに吐き出す必要なんてない。


 と言うか千五百ウェンくらいで買えるものなんて限られてるし、こんなの考えるまでもなく貯金一択だった。


「迷いは断ち切れたか?」


「うんっ!」


「…………じゃあ、この城を出て行くんだな」


「え? あ、うん。そろそろ家には帰らないといけないし、そのつもりだよ」


「そっか。お前が居なくなったら、アリシアとアリスはきっと寂しがる。だから、たまには――」


「王様は……。王様は、わたしが居なくなったらどう思うの?」


「お、俺か? 俺はその……、…………そんなの、寂しいに決まってるだろ」


「ふぅーん、そっか。そうなんだ、決まってるんだ……」


 何と言うか、その、自分で訊いておいてアレだけど、少し恥ずかしくなっちゃった。


 と、とにかく。


 ……気を取り直して、王様に言うべきことを言っておかなきゃ。


「えっと、王様。しばらく、お暇をください」





 翌朝。


 わたしは王様たちに見送られ、生まれ故郷の村へと旅立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る