第53話:メイド、励ます

 ミナリーが居なくなって、五日が過ぎようとしています。


 執務室の窓から見える風景は色褪せていました。空には曇天が広がり、四季によって様々な色を見せてくれる木々も、今は葉を全て落として寒々しい枝を晒しているだけです。


「…………何をしているのでしょうね、私は」


 サッパリ仕事に手がつかず、さっきからまるで何かを待っているように、ずっと窓の外を見てばかり。


 あまつさえこのようなセンチメンタルな思考に陥るなんて。


 少々、気分転換が必要かもしれません。


 幸い、年末が近づいていますが仕事にはまだ余裕があります。


 ここは少し執務室を脱け出して、アリシアの様子でも見に行きましょう。


「ついでに、ミナリーがサボってないかも確認しに……と」


 ミナリーは故郷に帰ったのでしたか。


 慣れというものは恐ろしいもので、なかなか抜けてくれません。


 ついつい、ミナリーがサボっていないかと彼女の姿を探してしまいます。


「あ、お姉さま……」


 アリシアと会ったのは、二階からエントランスに入る通路の曲がり角でした。


 彼女の手にはバケツと雑巾があり、この様子ではこれからエントランスを掃除しに行くといった感じでしょうか。


 ミナリーが居なくなったこともあり仕事の量は減らしているはずですが、今日もまた、仕事は酷く遅れているようでした。


 ここのところ毎日です。


 ミナリーが居なくなってから、アリシアはずっと元気がありません。


 仕事でのミスも増加する一方で、仕事に身が入って居ないのは明らかでした。


 そろそろガツンと言ってやりたい気もするのですが、自分も似たような状態なので言うに言えません。


 アリシアはともかく、ミナリーが居なくなっただけでここまで私が影響を受けてしまうなんて、自分自身とても驚きでした。


「えっと、お姉さま……。エントランスの掃除、その……まだ、終わってなくて。ご、ごめんなさいっ! 昨日も、掃除が終わらなくてお昼の準備が遅くなっちゃったのに……」


 アリシアは私に怒られるのを身構えてか、顔を俯かせ首をすくめます。


 どうやら怒られる覚悟はできているようです。


 とは言え、こちらの怒る準備ができていませんから、仕方がなくアリシアの頭にポンポンと手を乗っけます。


「お、お姉さま?」


「一緒にエントランスを掃除しましょうか、アリシア?」


「え、でも、お姉さま仕事は……?」


「もう済ませたので心配ありません」


 本当はまったく手つかずの状態ですが、姉としてのちょっとした強がりです。


 アリシアと共にエントランスの掃除を始めると、自然に話しながらの作業となりました。


 話題はやはりと言いますか……ミナリーのことになってしまいます。


「ミナリー、これからどうするつもりなんだろ。やっぱり、結婚するつもりなのかしら」


「……少なくとも故郷に帰る決断をしたということは、何らかの答えを出したはずです」


 結婚するにしてもしないにしても、一度はシルヴァと会う必要があります。


 手紙に書かれていた期日は今月の五日。


 二日前のことですから、もう既に結論は出たと見て間違いないでしょう。


 そろそろ、何らかの音沙汰があって良い頃だと思いますが……。


「…………アリシアは、ミナリーの結婚に反対ですか?」

「それは……」


 アリシアはしばらく考える仕草をして、ゆっくりと、言葉を紡ぎます。


「反対とか、そういうのじゃなくて……。ミナリーが本当に結婚するなら、やっぱり、友達として祝福したいと思う…………けど、居なくなっちゃうのは、やっぱり……寂しい」


「…………ええ、そうですね」


 アリシアも私も、なにもミナリーが結婚するなと願っているわけではありません。


 ただやっぱり、寂しいのです。


 彼女の居た一か月は騒がしく、様々なことがあって、気苦労も絶えませんでしたが、……今よりずっと、楽しい日々でした。


 ……ですが、だからこそ、いつまでも思い出に浸っていてはいけません。


 過ぎた日々は戻って来ず、時は常に動き続けているのです。


 アリシアと共に、思い出に浸って立ち止まっているわけにもいきません。


 姉である私が、妹の模範とならなくてどうするのですか。


「元気を出しましょう、アリシア。何も今生の別れというわけではありません。結婚しなければひょっこりと帰って来るでしょうし、結婚したとしても、シルヴァと共に顔を出してくれるでしょう。だから、何も寂しがることはないのです。そんな顔をしていては、ミナリーに馬鹿にされてしまいますよ?」


「…………うん。そうよね、一生のお別れってわけでも……ないのよね。ありがと、お姉さま。こんなところミナリーに見られたら、一生馬鹿にされちゃうわ」


「ええ。ですから、今からは元気に明るくミナリーの帰りを――」


 と、言いかけた時でした。




「ただいまぁーっ! うぅ~っ、外寒かったぁ。……って、あれ? 二人ともそんなポケーって顔してどうしたの?」




 エントランスの扉から何食わぬ顔で姿を現したミナリーに、私とアリシアは呆気に取られてしてしまいました。


 ……え、このタイミングで帰って来るのですか?

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