第45話:村娘、己を貫く

 何だか、頭がふわふわしている。


 まるで自分が自分じゃないみたいに体が動いて、わたしは手に短剣を持ちながら、ゆっくりと王様の元へ歩いていた。


「やめなさい、ミナリーっ!!」


 アリスの声が聞こえる。


 やめるって、なんのことだろう……?


 よくわかんないけど、やめたらお金が貰えなくなっちゃう。


「まさかっ、ミナリーに精神制御の魔術を!?」


「ひひひっ! 前回はあの村娘の自由にやらせて失敗したからのぉ! いくら呼びかけても無駄じゃぞ、小娘ぇっ!!」


「くっ!! 我が王、お逃げください!!」


 アリスの叫び声が聞こえた気がした。


 王様は黙ってジッとわたしのことを見ている。


 そんなに見つめられると恥ずかしい。


 でも、殺さないとお金が貰えないから。


 わたしは王様のお腹の上に跨って、首を狙ってナイフを構えた。


「やめなさいっ、ミナリー……やめてぇえええええっ!!!!!」


「やれぇ、村娘ぇえええええええええッッッ!!!!」


 ローブの人が叫んだ。


 殺らないとお金が貰えない。


 王様を殺して、わたしはお金を――




「幾ら貰うんだ、ミナリー?」




 …………え?


「お前は俺を殺して、幾ら貰えるか聞いてるんだ。最期に、教えてくれないか?」


 幾ら……、わたしは…………。


 振り下ろそうとしていたナイフが止まる。


 ローブの人の声が聞こえる気がするけど、わたしの頭の中はお金のことでいっぱいだった。


「たしか……金貨千枚を、ローブの人と山分け……」


「そうか、意外と少ないんだな。ミナリーらしくもない」


「わたし、らしくない……?」


 それはどういう意味かと訊ねようとした時、王様はその言葉を口にする。


 まるでわたしを試すように、どことなく悪戯っぽい笑みを浮かべながら、言い放つ。





「お前は、たかが金貨五百枚で満足する女なのか?」





 その言葉はスッと……わたしの耳から頭の中に響き渡った。


 ふわふわとしていた頭は、冷や水を浴びたかのように澄んでいく。


 王様の言う通りだ。


 たかだか、金貨五百枚だ。


 わたしは短剣を引っ込めて、王様に跨っていた体勢から立ち上がった。


「な、何をやっておる、村娘ぇっ!? さっさとシュードを殺さんかぁ!?」


「……ねぇ、ローブの人。契約内容を変更して欲しいんだけど」


「何じゃと……!? き、貴様、まさか精神制御から脱け出して…………いや、これはあの村娘の守銭奴な本性が出てきておるのか……? くっ、幾らじゃ! 六割か!?」


「全部」


「まあ良い、全部くらいなら…………………………なんじゃと?」


 一瞬、ローブの人は納得しかけたような仕草をして、すぐに目をまん丸に見開いた。


「だから、全部だよ、全部。王様を殺して欲しかったら、金貨千枚全部ちょうだい」


「ほ、本気で言っておるのか?」


「もちろん」


 村の貧乏生活に嫌気が差していた頃は、金貨二百枚でも王様を殺そうとしたけど、今の生活は村に居た頃とは全く違う。


 食事は作らなきゃいけないけど、ちゃんと朝昼晩の三回食べられるし、ふかふかのベッドと温かいお風呂が毎日楽しめる。


 そんな生活を捨ててまで得られるのが、たかが金貨五百枚なんて割に合わない。


「ホントは金貨千枚でも少ないけど、嫌なら王様を縛ってる縄を切っちゃうよー?」


「ミナリー、あなた……」


 アリスが意外な物を見るような目をわたしに向ける。


 一方で、ローブの人は肩をプルプルと小刻みに震わせている。


 それはまるで、全身の怒りをその身で表しているようだった。


「き、貴様ぁ!! それで儂を脅しておるつもりかぁ!?」


「なに言ってるの? 人聞きの悪い事言わないでよ。ビジネスだよ、ビ・ジ・ネ・スぅー」


「こんなメチャクチャなビジネスがあってたまるかぁっ!! もう良い! 儂の手でシュード・シュテインの首を掻っ切ってやれば良いだけじゃ!!」

「え、良いの? そんなことしたら……」


「えぇい、黙れ村娘ぇ!!」


 頭に血が昇ったのか、ローブの人はアリスから離れてこっちへ走って来る。


 その後ろ。


 ――ブチブチブチィ……という嫌な音が鳴る。


 直後に響く断末魔の叫び声。


 触手を引き千切って脱出したアリスが、ローブの人を倒すまで十秒とかからなかった。


 ボコボコにされたローブの人を足で踏みつけながら、アリスはわたしに笑顔を向ける。


「見直しましたよ、ミナリー。あなたの演技も中々のものですね」


「ふふんっ、まあねー」


 ……まあ、ローブの人が本当に金貨千枚くれたらちょっと考えたけど。


 そんなこと言い出せるはずもなく、こうして、王様暗殺未遂事件は幕を閉じたのでした。


 めでたし、めでたし。

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