第50話:村娘、驚く

 今日は、待ちに待った給料日だ。


 一日の仕事を終えたわたしは、アリシアと共に謁見の間へと入った。


 そこには王座に座る王様と、その傍らに控えるアリスの姿がある。


 お給料日にはこうして、王様が家臣一人一人に直接お給料を手渡すらしい。


 実は朝からそれが続いていて、王城で働いている色々な人たちがお給料を貰っていた。


 わたしとアリシア、そしてアリスが最後で、謁見の間にはわたしたちしか居なかった。


「ここに居る三人で最後か。まずはアリシアからだ。この一か月間、ご苦労だった。ミナリーの教育も任されて、色々と大変だっただろう」


「い、いえっ! ありがとうございます、シュード様っ!」


 恭しく首を垂れるアリシアに、王様は巾着袋を手渡した。


 あんまり膨らんでいないけど、どれくらい入ってるんだろう?


 あとでアリシアに訊いてみよう。


「次はアリスだ。今まで、働かせ過ぎて悪かったな。俺もアリスの負担を減らせるように頑張るが、今の俺にはまだ、出来ることは限られてる。だから、これからも頼らせてくれ」


「勿体ないお言葉です、我が王。これからも、私の力をお役立てください」


 アリスも恭しく首を垂れて、王様から巾着袋を受け取った。


 大きさ的にはアリシアと同じくらいだ。


 二人は自分たちの意思で、少ないお給料で働いているから、たぶん二つの巾着袋の中身にそれほど差はないだろう。


「最後にミナリーだ」


 名前を呼ばれて、王様の前に立つ。


 そのまま突っ立ってたら、アリスに跪かされた。


「王の御前ですよ、ミナリー。ちゃんと頭を下げなさい」


「えー、今までそんなの気にしてなかったじゃん」


「今日は特別です。嫌でしたら、給料は無しということで良いのですね?」


「王様万歳っ!」


 両手を上げて、そのまま上体を前に倒して額を床にこすりつける。


「そこまでしろとは言ってませんが、……まあ良いでしょう」


「良いのか、これ……?」


 王様の戸惑う声が聞こえたけど、アリスに肩甲骨の間あたりを抑えつけられて上体を起こすに起こせない。


 仕方がないから、頭の上に両手でお椀を作る。


「色々とおかしな気もするが……、まあいい。ミナリー、この一か月よく働いてくれた。城での生活は色々と慣れないこともあったと…………いや、たぶん無かっただろうが、今後もこの調子で…………あー、いや、もう少し真面目に頼む」


 何だか締まらない王様の言葉と共に、頭の上に作ったお椀にずっしりと重い布の質感が乗っかる。


 恐る恐る手に乗ったものを下ろして見ると、それはアリシアたちの三倍は膨らんだ巾着袋だった。


 中身を確認すると、金貨と銀貨がたくさん入っている。


「金貨十三枚と、銀貨二十七枚。合わせて千五百七十ウェンだ。後で確認しておいてくれ」


「え、そんなに……?」


「そんなにって、日給銀貨五枚にさせたのはお前だろ。ちなみに銀貨二十七枚の内の七枚はアリスからの特別手当だ」


「……まあ、ミナリーのおかげで我が王を暗殺しようとした不届き者を捕らえることができましたから。本当はもう少し多かったのですが、あなたがお菓子を作るため勝手に使用した食材の費用を引いた結果、銀貨七枚だけが残りました。文句なら過去の自分にでも言ってください」


「…………………………」


「ん? どうしたんだ、ミナリー?」


「え、あ、ううん! 何でもないっ! こんな大金を貰ったのって初めてだから、ちょっとビックリしちゃったよ、えへへ」


「ふふっ、意外と可愛らしいところがありますね、ミナリー」


 照れ笑いを浮かべたわたしに、優しく微笑む王様とアリス。


 ふと振り返ると、アリシアは少し心配そうな表情でわたしを見ていた。


 ……心配性だなぁ、アリシアって。


「ああ、そうだ。ミナリーに手紙が来てたぞ。お前の家族からだ」


「え、手紙?」


 王様から手渡された封筒には、差出人として確かにお父さんの名前があった。


 どうしたんだろう、手紙なんて。


 封筒もろくに買えないほど貧乏だったはずだけど。


 後で読んでも良かったけど、アリスにペーパーナイフを借りてこの場で手紙を開いてみる。


 便箋は五枚半もあった。


 懐かしいお父さんの汚い字で綴られているのは、わたしを心配する言葉と、近況の報告。






 そして――わたしの縁談話だった。






「…………え、わたしに縁談?」


『ミナリーに縁談っ!?』


 王様たちが驚きの声を出す中、わたしは手紙を読み進めた。


 数週間前に村の近くで立ち往生していた若い商人をお父さんが助けたこと。


 その商人とお父さんが意気投合したこと。


 独り身の商人にわたしを紹介したこと。


 商人がわたしとの結婚に前向きなこと。


 商人が中堅商会の頭目の親族であり、かなりのお金持ちであること…………。


 お前にとって悪い話じゃないと、手紙はそう締めくくられていた。


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