第6節② 吟遊詩人と聖女と旅人

 物語はここで終わり。悪人は報いを受け、めでたしめでたし。毛色が違うのは悪事を働いていないところか。ただ嫉妬深いだけ。しかし、そこが面白い。

 弦を弾く速度を少し落として曲を締めくくる。我ながら良い演奏だった。

 それなのに、町の者の表情は暗い。俺は、何か失敗したのか?

 そんな動揺を感じてか老人たちが口を開いた。


「とても良かったわ。……でもね、ここの人はこういった話は苦手なのよ。ごめんなさいね。この物語には救いがないじゃない? 私たちはやり直す機会がほしいのよ。そうでないと辛すぎるから」

「そうだな。身勝手な話だがわしらも救われたいのだよ。息子たちを戦争に送り出してしまった過ちから、子供たちから親を奪ってしまった過ちから」


 そうか、ジャネットが孤児の面倒をみている理由はこれだ。老人たちは子供たちに負い目を感じている。子供たちも、そんな老人たちからの目を敏感に感じとって溝が生まれたのだろう。気持ちはわかるが俺に当たられても困る。

 丁度いいことに板挟みの聖女様が戻ってきた。


「やっと寝てくれたわ。私にもお酒ちょうだい…… 何かあった?」


 経緯を老人から聞いた彼女は、一瞬、眉をひそめた後に苦笑いをして俺の手を引いた。少し外で話そうか、と。


「ごめんね。まだ、みんな辛いのよ。これでも私が来た時より随分良くなったわ。でも『妬み令嬢』を聴き流せるほど前を向けていないの」

「教えてくれ。この町に何があった?」

「聞いた話だけどね、戦争が始まった時、兵士の勧誘が来たの。でも、この町の人は断った。そして隣町からは大勢が戦争に行ったわ。戦いが一段落したのか出兵した人たちが隣町に帰ってきた。たくさんの褒章を持って。それで妬んじゃったのね。次の戦いにはこの町から大勢が出向いた。彼らも喜んで送り出したそうよ。そして帰ってこなかった。誰も」


 悪い事は重なるわ、と言葉をつなげる。


「働き盛りがいなくなった町は襲われたの。建物がボロボロなのはそれが理由」


 ついていないな。そうなってくると謝罪した方がいい気がしてきた。


「必要ないわ。自分と向き合う機会ができた、そう考えてくれるはずよ。いいえ、向き合ってもらわないと子供たちが可哀想。それにしても『妬み令嬢』とはね」

「それがどうした?」

「私も、あの歌には思うところがあるの。……おかしいと思わない? なんで美しい人が嫉妬した罰で醜くなるの? 不思議よね」

「奪われるから罰になる。当たり前だろう」

「普通ならね。でも、美を奪ったら、余計に嫉妬に狂うわ。それって罰かしら?」

「……確かに。罰とは改心を促すもの。奪ってしまえば罰になりえない。もしかすると……いや、違う。可能性があるとすれば……」


 思いついたのは物語が間違っている可能性。それならば…… 本当の『妬み令嬢』は、こうだ。


「もしかすると、いびつに伝わっているのかもしれない。それか、聞こえが良いように改変されたのか。俺の考えを聞いてくれるか?」

「パトリックは吟遊詩人よね。だったら、あなたの『妬み令嬢』を聴かせてよ」


 俺の作る物語か。悪くない提案だ。


 その夜、ギルと共にジャネットの家に泊まり考えていた。俺の『妬み令嬢』を。

 しかし、眠っているとはいえ子供に囲まれていると集中し辛い。外の空気に触れてみるのも良いかもしれない。

 表にでるとギルとジャネットの話し声が聞こえてきた。


「――変わらずに美しいな」

「やめてよ。変わっていないのは認めるけど、それが私の受けた呪いよ。しかも呪いを解くには外見に見合った美しい心になれ、ですって。無理に決まってるわ。それよりあなたも、でしょう?」

「そうだ。私、君、もう一人、呪われている者を知っている」

「もしかして伯爵? 随分前に会ったわ。彼も旅の呪い師に呪われたと話していた。あなたも? あの大きな赤い本を持った奇麗な人に?」

「その通り。私の受けた呪いは――」


 その時、少年の叫び声が聞こえた。父を求める悲痛な叫びが。

 話は途切れ二人は戻っていった。

 呪い師? 呪い? まるで『妬み令嬢』だ。もし……いや、ありえない。

 浮かんだ妄想を払うつもりで頭を振り戻る事にした。


「父さん! 父さん!」

「大丈夫。大丈夫だから」


 ジャネットにしがみついていたのはニコラだった。

 あの生意気なニコラが、震え、泣き、父を求めて声をあげている。あんなに強く腕を握られているのに痛みに耐える素振りさえ見せずに優しく微笑んでいた。

 彼の叫びを聞き、何人か起きてきた。目に涙を浮かべながら。

 親を失った孤児はどこにでもいる。よくある話だが、この子たちにとってはそうではない。いつだって犠牲になるのは子供だ。


「ねえ、パパとママはいつ帰って来るの?」

「ジャネットはずっと一緒にいてくれる?」

「あなたたちも起きてしまったのね。こっちへいらっしゃい」


 穴の空いた壁から差し込む月明かりの中、子供たちを包み込むように抱く彼女は……聖女に他ならなかった。

 俺はシトルを取り、静かに、出来るだけ優しく、弦を弾く。奏でるのは誰もが知っている子守り歌。好きな曲ではないがこれしか思いつかなかった。あの子たちの痛みを和らげる曲は。

 曲に合わせて彼女が口ずさむ。それは優しく、透き通った声。子供たちを想いやる歌はただただ美しい。

 曲が終わった時には泣き声はなく、落ち着いた寝息だけが残る。

 ジャネットが「ありがとう」と口を動かすが、それには応えずにベッドに戻った。吟遊詩人が人の歌に耳を奪われたなんて認めてたまるか。


 中々寝付けなかったせいか翌朝は遅かった。昨日、泣きべそかいてたとは思えないほど手荒く起こされなかったら、もっと寝ていただろう。

 

「おっさん起きろ! いつまで寝てるんだよ」

「…………ニコラか。……ギルは?」

「町の外。じいさんたちにわなの仕掛け方を教えるんだってさ」


 用意されていた朝食を口に運びながら昨夜の話を思い出していた。

 呪いを受けた令嬢と聖女が呪い師で交わり線になった。荒唐無稽な妄想はどんどんと広がり物語になる。情景が浮かび上がり旋律を模索する。


「……聞いてるか? おっさん」

「なんだ、まだいたのか」

「なんだ、じゃねえ。チビたちが待ってるから早く食えって」

「いいのか? 遊んでいて」

「いいんだよ、子供は遊んで笑っていれば。……じゃないと、じいさんたちが可哀想だ。まったく良い歳してるくせに、いつまでもウジウジしててさ。俺たちが笑って心配する必要ないぞって見せてやらないとダメなんだよ」


 ガキのくせに偉そうに。いや、ガキだから見えているのか。老人たちの苦悩がわかるから虚勢を張っている。生意気なやつだ。


「お前だって辛いくせに」

「済んだ事を引きずってても仕方がないだろ? だから早く食えって」

「わかったから急かすな。……あとで簡単な演奏を教えてやる」

「楽器なんてどこにあるんだよ」

「あるさ、どこにでも。吟遊詩人をなめるなよ」

 

 ニコラに集めさせたさじを子供たちに配った。

 こんなんで何ができると言いたげだな。手本を見せてやろう。

 指の間に挟んだ二つの匙は手首を振る度にぶつかり、カカカッと軽い音をたてる。元はボーンズという動物の骨を使った楽器らしい。これなら歌い、踊りながらでも扱える。

 子供たちに使わせてみると、上手いとは言えないが良い味わいがあった。これならいけそうだ。

 子供たちを先導するようにシトルの弦を一定間隔で弾く。ちぐはぐな匙の音がそろい始めた。

 いいぞ。これでどうだ?

 祭りの曲を重ねてみる。単調だったボーンズの音が旋律に引っ張られて変化した。鉄の匙の音、木の匙の音。思い思いに鳴らされた音は絡み合い、音楽になった。子供たちの顔が輝く。

 まだまだここからだ。俺は欲張りだからな。

 ポカンとしているニコラに歌え、と促す。珍しく素直に歌い始めてくれた。

 声変わり前の少年の声はよく響く。釣られて子供たちも歌いだす。もちろん俺もだ。高音ばかりでは寂しい。大人ならではの低音で底から支えてやろう。

 俺とニコラの歌声に挟まれた子供たちの声が安定する。

 気分はまるで羊飼いだが、素晴らしい歌だ。完全な調和がここにある。とても即興とは思えない。予想以上じゃないか。

 歌に誘われて老人たちが集まってきていた。

 見ているだけでいいのか? これは、あんたたちの曲だ。

 彼らに気づいた子が駆け寄り手を引いた。

 そうか、子供たちも一緒に歌いたかったんだな。

 一人、また一人と歌いだす。圧巻だった。大勢の人が一つになっていた。この瞬間だけは辛さから開放されていたに違いない。

 曲は最高潮を越え、終わりを迎える。

 心地良い余韻に浸りたいが、きっちりと締めなければならない。視線が俺に集まっている。

 ゆったりと立ち上がり、仰々しくお辞儀。間をおいてから顔を上げる。もちろん満面の笑みで。

 師匠から最初に教えられた演出。

 とたんに喝采を浴びた。

 これだから吟遊詩人はやめられない。投げ銭がないのが寂しいが、まあいいだろう。


 その夜は浴びるほど飲まされた。ここの年寄りは元気すぎないか? 昨日のしおらしさを少し残しておいた方がいい。

 ギルは……やっぱり潰れている。あいつ弱い癖に酒好きだからな。

 俺も少し酔ったせいか暑い。涼むつもりで表に出たが、ついシトルを持ってきてしまった。


「いた! 昼間盛り上がったんだって? みんな喜んでたね。ねえ、これで少しは変わると思う?」

「大丈夫だろ。わだかまりなんてちょっとした切っ掛けで消えるもんだ。それより、俺の『妬み令嬢』を聴いてくれるか?」

「早いわね。もうできたの?」


 できた、というか降りてきた感じか。

 近くの材木に腰をおろしシトルを抱えて、せき払いを一つ。彼女のために演奏しようか。


「紳士淑女の皆様方、どうかお気軽にご静聴くださいませ」


 星空の下、遠くから騒ぎ声が聞こえる中、シトルを弾く。


――ある娘がいた

  娘は全てを持っていた

  地位を 宝石を 広い屋敷を


  ある娘は妬んだ

  男も 女も 醜い自分より美しいものを

  娘の醜さは心の醜さだった


  旅の呪い師は娘の心にそそられた

  美しくなった娘はどうなるのか

  旅の呪い師は娘に呪いをかけた

  妬む娘は妬まれる娘になった


  娘は町を出た

  それは果てしなく長い道


  旅が捻れた心を解していった

  出会いが心を溶かしていった


  長い 長い 旅路の果て


  醜い娘は心の美しい娘になった

  醜い娘は聖女になった――



 曲が終わり、たった一人の観客に深くお辞儀。


「まあまあね」

「辛辣だな。これでも自信あったんだ。何が悪い?」

「だって、これ完結してないよね」

「余韻を残した方が良いだろう」

「そうじゃなくて、あなたの物語で妬み令嬢がどうなるかが知りたいの」

「彼女は呪いを受けて姿が変わった。そして、その後にあった数々の出会いで少しづつ心も変わっていった。ジャネットと出会った、ここの老人たちのように」

「それで?」

「たぶん、まだ聖女をやっているんじゃないか? 彼女ならそれを楽しんでいると思う」

「ふふっ、そうかもね。パトリックは今、楽しい?」


 気ままに旅をして、良い演奏ができる。楽しくないはずがない。しかし、少しぐらい強がっても良いだろう。


「まあまあだな」

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