最終節③ 聖堂騎士と枢機卿

 聖堂騎士団の訓練施設、夕日を背負ったカールが盾を突き出し、体の後ろに剣を隠した。騎士らしからぬ構えから繰り出される剣は変幻自在。何度も煮え湯を飲まされた構えだ。

 しかし、わかってしまえば対処は簡単だった。先手を取らせなければいい。

 重心を低くして当たりにいく。盾同士をぶつけにいった。鋼と鋼がぶつかり合う鈍い音が響く。

 俺より小柄でよろいを身につけていないカールは軽い。地から足が浮くと簡単に転がった。

 土にまみれながらも起き上がろうとする胸元に剣を突き付けると、カールは剣を手放してぼやいた。


「気落ちしてるかと思ったけど調子良いじゃないか。明日の合同剣試合だって問題ないさ。くそ、マルクのせいで口の中がジャリジャリする」


 確かに数日前に受けた屈辱のせいで心が腐りかけていた。


「だといいんだがな」


 カールの腕をつかむと、しっかりとつかみ返してきた。引っ張り、立ち上がらせる。俺もカール肩で息をしていた。


「マルクは体格の良さに頼りすぎなんだよ。全力でぶつかってきやがって」


 頭一つ小さいカールに見上げられた。と言ってもカールは小さくない。俺がでかいだけだ。力こぶしを作り元々太い腕を更に太くして見せた。


「最後にものを言うのは力。カールは技に走りすぎだ。もっと鍛えろ。動きに軸が付いてきていない」

「待てよ。煮え切らないマルクのために相手をしてやったのに、何で僕が駄目出しされているんだ?」


 図星だったらしい。肩をつかむ手を払う。むきになった顔があまりにも可笑しくて笑ってしまった。


「ははっ、お前が弱いせいだ」

「見てろ、すぐに追い抜くからな」


 俺につられてカールも笑った。こいつがいるから俺はぶれずにいられるのかもしれない。しかしカールは一緒にいてくれるのか? ミナのように手のひらを返さないか?その不安は知らず識らず声になっていた。


「カール、お前は裏切らないよな」

「急にどうした?」

「いいから答えろ」

「同じ方向を見ていれば、かな。反対を向いたらどうかな? マルク次第だな」


 取り繕うともしない答えに馬鹿馬鹿しくなった。


「こういう時は、当たり前だ、とか言っておけばいいんだよ。それから、僕、は止めとけ。ガキっぽいぞ」

「うるさい。言い方なんて何でもいいだろ。それより……」


 拳を突き出してきた。


「全部勝てよ」

「任せろ」


 拳を合わせた。まったくカールといると調子が狂う。しかし、悪い気はしなかった。


 剣試合の当日、勝ち抜きの二戦目、カールの期待に応えられなくなった。

 今、俺に向かって剣を振るってきているのは先輩の聖堂騎士。先輩は大きく踏み込んでくる。盾で受け流して位置を入れ替えた。激しい動きで鉄靴てっかが砂ぼこりを起こす。先輩の鎧が陽光を反射した。


 闘技場は歓声で揺れている。王都民が観客席を隙間なく埋め、手をたたき、拳を振り上げ、足を踏み鳴らし、声を張り上げていた。

 年に一度行われる近衛騎士と聖堂騎士の合同剣試合は絶好の娯楽となっている。民の関心は最後まで勝ち残るのはどちらの騎士か、だ。

 そして俺がここまでなのも決まっていた。勝ち抜き戦では同陣営内の対戦もある。そういった時、先輩に勝ちを譲るのが慣例だった。

 先輩の背後、上方で試合の行方を見守っている国王と司教も知っているのだろうか? この下らない慣例を。かぶとの面当て越しに、威厳ある姿を見ていると仲間から激が飛んでくる。

 先輩は前面を盾で守り、回り込むように駆けてきた。それに俺も盾で合わせる。もちろん先輩を吹き飛ばさないように優しく。それでも鋼がぶつかり合う音は大きく、突然始まった力比べに歓声がわいた。

 技術がないのに戦いを制御しようとしているのがわかり、小さく舌打ちをする。

 兜の隙間から苛立った目が見えた。鋼と鋼がこすれて嫌な音をたてる。

 何がしたいんだ? あまり手間を取らせないでほしかった。

 そんな先輩騎士の行動はすぐに理解できた。小声で悪態をついてきたからだ。


「さっさと負けろ」


 落ち着いていたつもりだったが苛立ちが芽生えた。カールとの訓練で吹っ切れたと思っていた暗い感情が頭をもたげる。


「盛り上げたんです。さあ、格好良く終わらせてください」


 押し返して距離を開けた。苦笑がもれる。たったそれだけでよろめかないでほしい。派手にひっくり返らないか冷や冷やだ。

 雄たけびと共に振り上げられた剣が襲い掛かってくる。遅すぎる剣のため息がでそうだった。

 その剣は浅めに合わせた盾を押し切り肩当てを叩く。少し遅らせてから膝をついた。

 審判が声を張り上げた。


「そこまで!」


 割れんばかりの歓声と拍手に先輩騎士が剣を掲げ応えていた。はた目には先輩の剣を受けきれなかったように見えただろう。

 こんなもんだろ。最後ぐらいは堂々としておかなければならない。面当てを上げ、胸を張り、高い所から見下ろしてくる国王と司教に最敬礼をした。

 勝者を讃える歓声の中、先輩と肩を並べて退場する。観客席でカールが手を叩いていた。

 もし、カールが先輩騎士と試合していたらどうなっていただろう? あいつは愚直だからな。下手したら勝ってしまう。想像したら笑いそうになった。

 隣を歩く先輩の舌打ちが聞こえたので視線を合わさないように面当てを下げた。

 わざと負けてやって、見せ場まで作った。何が不満だ?

 まあ、次の相手は近衛騎士だ。全力でくるだろう。精々恥ずかしくない負け方をしてくれ。


 薄暗く、誰もいない殺風景な待機所に戻り、兜を脱ぎながら思い巡らす。

 つい先日、俺を投げ飛ばした旅人の技を。あの時、俺は殺すつもりで斬り込んだ。怒りに任せていたとはいえ決して遅い剣撃ではない。あの男は逃げるどころか踏み込んできた。振り上げた腕を取られ視界が回ったところまでは覚えている。

 あんな技は知らない。次に相対した時にどう対応するか? 逆に俺は同じ事ができるか? ひたすら考えた。旅人の姿が脳裏にちらつくたびに怒りが込み上げてきた。いくら考えても勝てる想像が出来なかったからだ。


「くそっ!」


 怒りに任せて兜を放り投げると音を立てて跳ねた。それは待機所の入り口へ転がっていき、拾い上げられる。兜から視線を上げると、怒りなど吹き飛んだ。慌てて敬礼する。枢機卿すうききょうともあろうお方が、このようなところに共も付けずに来るとは。


「騎士マルク、楽にしてください。あなたを労いに来たのですから」

「ハッ!」


 そうは言いつつも姿勢を変えられずにいた。老齢の枢機卿リストは厳しい人だ。人にも、自分にも。規律、礼節、全てに対して完璧を要求するのは有名だ。それが、楽にしろ、だと? 俺を試しているのか?

 動けずにいる俺に枢機卿はかぶりを振った。頬の火傷痕が痛々しい。若い頃、吸血鬼と対決した時に受けた傷だと噂されていた。吸血鬼は眉唾ものだが、口先だけではなく、行動に移せる人というのは周知の事実だ。


「では、こう言いましょうか。あなたの兜を受け取ってもらえませんか」

「申し訳ありません!」


 俺が敬礼している間、兜を持たせっぱなしだった。急いで受け取り顔色をうかがう。まさか、本当に楽にしろと言っているのか?


「先ほどの試合は見事でした。鍛えられた肉体、剣と盾を使った場の制御。どれを取っても一流です。あれだけの力量差があると相手は屈辱に感じた事でしょう。ええ、わかります。これでも剣の扱いに自信がありますから。と言っても騎士マルク程ではありませんが」

「……おほめいただき、ありがとうございます」


 闘技場から歓声が聞こえてきた。次の試合が始まったようだ。俺の相手も油断ならない。労いに来たのではないはず。慎重に言葉を選ばなければ。しかし逆に好機とも言える。うまくやれば良い印象を持ってもらえるだろう。

 枢機卿の言葉を待った。


「前々から考えていました。目上の者に勝ちを譲る習慣は止めさせるべきだと、そう思いませんか? 申し訳ありません。意地悪な質問でしたね。あなたの立場では答えられないでしょう」


 俺を気遣ったのだろうが、余計に困惑した。俺の思いなどお構いなしに話は続いた。


「真に強き者が勝者であるべきだ。そう考えているのは戦い方を見ればわかります。騎士マルク。あなたは勇敢で正しい。正当に評価されないのを悔しく思います」


 まだ話は見えない。警戒するべきだろうか? そして、その考えは正しかった。

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