第10節② 衛兵と旅人
ギルと名のった旅人と夜の街に出た。彼の言う心当たりとは街の地下に作られた広大な下水道。
なぜ旅人がここを知っている? オレでさえ忘れかけていたのに。いや、思い出さないようにしていただけだ。かつてここにいた記憶を。
ここは広いが汚水にまみれない場所は多くはない。先を進むギルもわかっているようだった。
「こんな奥まで来てたのか。ずいぶん歩かせやがって」
そこには盗んだ肉を焼くアイツと見守る幼い子供が五人。面倒を見るために盗みを? 馬鹿なヤツだ。隠れるためとはいえ、こんなところでいつまでも生きていけるはずがないのに。
さて、どうやって捕まえるか。アイツの身軽さはよく知っている。真っ向勝負は分が悪い。
何? 追い込むから反対で待ち伏せろ、だと?
確かに向こう側は曲がり角だけ。身を隠すにはちょうどいい。良い案だ。それに危険なのはオレだけでいい。
さっそく移動しようとした時に耳打ちされた。今度はしくじるな? 大きなお世話だ。馬鹿野郎。
裏に回ったと同時に騒ぎが起こった。追い立てるギル。一斉に逃げるガキども。焼かれていた肉が飛び散った。
あーあ、もったいねえな。
先頭を走るのはアイツ。チビどもを気にしているせいか、そこまで速くないしこっちに意識はない。
引きつけて、引きつけて……今!
突然現れたオレに驚いたヤツを押さえつけるのは簡単だった。仰向けに倒したところに馬乗りになる。今度は油断しねぇぞ。右手にあるナイフも把握済みだ。
顔を目掛けて突かれたが、かわすのは造作もない。手首をちょっと捻って取り上げた。足は速いが武器の扱いはなってないな。
「離せ!」
「そんなに暴れるな。少し話を聞け」
ガキの目には怒りしかないように見えたが、僅かに理性もある。
「見かけない顔だな。この街には来たばっかりか?」
「……そうだ」
「チビどもも一緒に?」
「そうだ」
「なぜ盗みを働いた? 日銭ぐらい稼げるだろう」
「読み書きも計算もできない余所者なんてどこも雇ってくれないんだよ! 買うことができないなら盗むしかないだろ! 食わせないと死んじまうだろ! それしかできなかったんだよ! 他にどうすれば良かったんだよ!」
激高しているコイツは昔のオレと一緒だ。住処もなく、金もなく、盗みでしか命を守れなかったオレと。旅の流れ者に馬乗りされ、ナイフを奪われたとこまでそっくりだ。あの流れ者はオレになんて言った?
『このまま盗みを続けても先はないと思うよ』
「このまま盗みを続けてどうなる。すぐにくたばるぞ」
言われた言葉が重なった。
「……明日野垂れ死ぬよりマシだ」
「もし、仕事と住処をなんとかしてやるって言われたらどうする?」
「信用できるわけないだろ」
これを見てもか? 右の手袋を脱ぐ。脱ごうとした。それなのに、その手は固く閉じられ拒む。心臓が波打つ。ゲルダに偉そうにしておいきながら、過去と向き合えないのはオレも同じらしい。
思えば、これを見せたのはゲルダだけだったな。初めて見せた時なんて言われた? そうだ。
『これがあるから今のアンタがあるんでしょ? 誇りにしろとは言わないけど胸を張りな』そう言って握ってくれたんだった。
ゲルダの笑顔を思い出したら自然と力が抜け、右手の甲を見せてやる。
そこにはバツ印の焼印。盗みを働いていた過去。
「オレだってやり直せたんだ。お前だってできる」
『今からでも遅くないさ』
「今からでも遅くないさ」
また流れ者の言葉と重なった。
振りほどこうとする力が抜けたのを感じた。
「ギル、何から何まで面倒かけて悪いが、コイツらを街外れの孤児院まで送ってやってくれないか? フランツの頼みと言えばわかるはずだ。場所は――」
「そこなら知っている。フランツはどこに? 酒場で言っていた別件かい?」
「ああ。そっちも片づけないとな」
なんだ、そんな心配そうな顔をしなくてもいいだろう。そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。
生き方を改めようとしているコイツはデニスと名乗った。
「よし、デニス。孤児院への挨拶が済んだら衛兵の詰め所に来い。大丈夫、悪いようにはしない」
「俺、罰を受けなくていいのか?」
「良かないが……」
「それなら罰を受ける。でないとチビたちの示しにならない。それに……フランツだって受けたんだろ? だったら余裕さ」
格好つけやがって。焼印の他に棒打ち20回って言ったら青い顔しやがった。しばらくは起き上がれないだろうが歯を食いしばって立ち上がってこい。
ギルたちと別れてゲルダの部屋に行く。日が登ろうとしている時間だけど構うものか。どうせ昼間行っても寝てる。
やはり寝ていたゲルダを起こし、詰め所に向かう。散々悪態をついていたが無理矢理引きずっていった。
「一体何なんだ! 何のつもりだ!」
「勝負しよう」
詰め所から持ち出した弓をゲルダへ放るが、受け止められることなく転がる。
日勤組が集まってきた。久しぶりに見たゲルダの有り様を見て好き勝手言い始める。あれがあのゲルダかよ。幻滅したわ。見る影ねえな。
日が登り、彼女に長い影をつくる。
「黙れ!!」
よし、静かになったな。
「射るのは三本。あの的に多く当てた方が勝ち。お前が勝ったら死ぬまで金をだしてやる。口も出さん。好きに生きろ。オレが勝ったら、あるガキの面倒を見てもらう。給料もだそう。まさか逃げないよな? 弓が苦手なこのオレから。そこまで落ちぶれているんだったら撤回しよう」
これだけ、けしかけば必ず動く。
ゲルダは
見守っていて衛兵から歓声が湧きあがる。
背中に冷たいものが流れた。ヤバイ。驚いた。うそだろう? 衰えてねぇ。オレも結構練習してきたが現役のゲルダには遠く及ばねえぞ。
鋭い視線を感じるが無視。今、目を合わせたた飲み込まれる。弓を引いて放つ。
あーあ、的にも当たらねえ。
ゲルダの二射目は大きく外れた。苦々しげに顔をゆがめている。右足の踏ん張りが効かせづらいのか?
オレの方は命中。これで一対一。次で終わり。
「なあ、次はオレからやっていいか? その方が盛り上がるだろ?」
さっさと撃てと促されたから慎重に構える。『フランツは弓を持つ手に力が入り過ぎてるわ。あと顔にもね』そうやって笑われてたな。
怒りをあらわにするゲルダに笑い返してやった。くくっ、驚いているな。ざまあみろっと!
的のど真ん中に命中。自分でも驚いた。
さあ、やれよと顎をしゃくる。なんだ? こっちを見てない。天を仰ぎ、彼女の目は閉じられていた。
衛兵たちが固唾を飲んで見守る中、ゲルダは目を開け、番える。まとう雰囲気が変わった。鋭い眼光。自然体。しなやかに伸びた腕。その美しさは健在だった。
薄く微笑みながら放たれた矢はオレの矢を砕き、中心に突き立つ。
凄え。歓声が沸き起こるが、すぐにざわめきに変わった。これ、どっちの勝ちだ? ゲルダの勝ちで良くないか? フランツは負けず嫌いだからな。知るか! オレが聞きたい!
さてどうしたものかと考えていたら弓を杖に持ち替えたゲルダが足を引きずってきた。振り上げた杖でたたかれる。コツン。
「フランツの勝ちでいいわ。そのかわり手間のかかる子だったら怒るわよ」
みんなが集まって騒ぎ始める中、ギルとデニスが来た。
「あれがそうだ。名はデニス。精々しごいてやってくれ。ああ、それから」
「何よ」
とてもじゃないが正面からは言えそうにもない。
「足、悪かったな」
いまさら過ぎると怒られたが、これでいい。やっと、謝れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます