第22節① アルビノの淑女と旅人
今年の冬は、というより、ここ数日の冷え込みは厳しい。空は厚い雲に覆われて街に蓋がされているみたいだった。高くそびえる城壁に囲まれていると息苦しく思う。
でも薄暗いおかげで昼間だと言うのにつらくなかった。これが夏の日差しだったらまぶしいわ、痛いわで、とてもじゃないけど目を開いていられなかった。聞いた話ではアルビノの白い目は光に弱いらしい。他のアルビノも同じ悩みを抱えているのかしら? 出会う事があれば聞いてみたい。
広場のベンチに一人座り、行き来する人々をながめながら思った。私の姿はかなり怪しい。目深にフードを被り
私たちのおかげかもしれないと思うと少しだけ誇らしく思えた。主にルーノの働きだけど。『黒の守護者』と呼ばれるルーノは悪人からは怖れられ善人からは慕われていた。
最近は私も一括りにされて『黒と白』とか言われてるみたいだけど、残念ながらルーノの隣に私は相応しくない。
よけいな事を考えてないでしっかり見張らないと。気合を入れるつもりで両頬を
それにしても、あからさまに怪しい人なんているのかしら? そうしている間にも、商人、職人、衛兵、次から次へと通りすぎていき、時間だけが無断に過ぎる。
あれは? つば広帽とコートの旅人。もしかしたら。駆け寄って声をかけた。
「あなた、ギル、よね?」
「君は?」
あからさまに怪しいかもしれないけど、そこまで警戒しなくてもいいじゃない。
胸元からブラックオニキスの首飾りを出すと、私の目と首飾りを交互に見られた。
「これでわかる?」
「アルビノとブラックオニキス。確か……テレーザ?」
「そっ。これ、ありがとうね。ギルから譲り受けたって聞いたわ。結構気に入っているのよ」
「それはなにより。先輩と一緒で昼は寝ているとばかり思っていた」
その旅人はルーノから聞いた通り柔らかい雰囲気に包まれていた。少し頼りなく見えるけど、ルーノが信頼しているのは知っていた。
「ちょっとやる事があるのよ。そうだ! 手伝ってくれない?」
「わかった。何をすればいい?」
「……まだ何も言っていないのに、よく了承できるわね」
普通、内容を聞いてから返事しない? でもギルは何てことはないといった風だった。
「テレーザの頼みは先輩の頼みだ。断わったら何を言われるか分かったものじゃない」
苦笑いをしてはいるが、長く生きている者同士、深い
私も同じ立場になれたら……いえ、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「ありがとう。あれなんだけどね」
ギルは私の指の先にあるものに視線を送った。
商店の前にある装飾がほどこされた水がめ。中に満たされた聖水を訪れた客が青銅製のお玉ですくい、左右の手を清めていた。
この習慣はいつの間にか行われだし、聖水を置く店は増え続けていた。
ギルは感心し顎に手を当てた。
「教会の作法という事は、あれは聖水か。略式とは言え店先でやっているのは初めて見た。それが?」
「最近、あれで手が腫れ上がらせる人がいるの。一週間ほどで治るみたいだけど、ものが聖水じゃない? 被害者が責められる事もあるらしいわ。司祭が見回りしてるぐらいだし教会も重く見てるんじゃないかな。それで、私がやってるのは犯人捜し。手伝ってくれない?」
被害者は子供から老人まで。一ヶ所での被害者が一人の時もあれば、複数人の時もある。一日に二カ所で被害が出る事もあれば、数日何も起きない時もある。という事は、恨みではなく無差別? なんにせよ質が悪いにもほどがあるわ。
「それに……早く手を打たないと大変な事になる」
「私でよければ手を貸そう。その前に一つ教えてくれ。なぜ君が? 何が起こる?」
「二つじゃない。良いけどね。何でって、この街で起きてる事件の幾つかはルーノと私で解決してるわ。今回もそうするつもり。もう一つは……」
ギルは私の目を見据えていたが答えを聞いて吹き出した。
「勘ね。良くない事が起こる気がする。ただ、それだけ」
「勘か。先輩は何と?」
「ルーノは知らないわ。昼間の事件だしね」
「日中の事件なら仕方がないか」
方針を決めましょう、と言ってギルと一緒に広場のベンチに戻った。
腰を下ろすと思っていた以上に疲れているのがわかった。ここ数日、体の調子は良いのに、疲れやすい。特に目が。こめかみを
「大丈夫か?」
「ええ。それよりも聖水の件、どう思う?」
「聞いただけではなんとも。どうするつもりだ?」
「現場を押さえようと思って見張っていたんだけどね。二手にわかれて見回るってのどう?」
ギルは少し考えた後、かぶりを振った。
「他の方法が思いつかない。それでいこう」
「なら、私は広場の北側、ギルは南側ね。夕方の鐘が鳴ったらここで落ち合いましょう。それでいい?」
「わかった。また後で」
ギルは南へ向かった。南側は職人の店が集まり、北側は食料を扱う店が多い。当然、北側の方が人が集まる。
昼過ぎという事もあり、どの店も出入りが多い。人の波を避けたくて道の端を歩いた。
数日前から見回っていて気づいたけど、教会関係者の見回りが多い。聖堂兵士、従者、助祭までいる。
まあ、狙われているのは聖水だしね。神経質になるのはわかるわ。……聖水?
ふと、思いついて立ち止まった。もしかして狙われているのは教会? これ見よがしに置かれた聖水は増え続けている。それはそのまま教会の影響力の強さといっていい。聖水に触れると危ないという印象が広まれば教会の威信は下がる。それが目的なの? そのために関係ない人を犠牲にするなんて許せない!
やり口の汚さに怒りが込み上げ、唇を
その時だった。穏やかではない言い争いが聞こえた。これは隣の通りね。近道できるような路地もなく大回りするはめになった。急がないと。人波をかき分けて走る。襟巻きのせいか息苦しかった。
騒ぎの元にあるのは
職人らしい風体の男は唾を飛ばして叫ぶ。彼の両手は顔以上に赤く、そして腫れていた。
「どうしてくれんだ! これじゃあ仕事になんねえぞ!」
「教会の聖水に、いちゃもん付ける気か! 大体そんなんになってるのは、日頃の行いが悪くて罰が当たったんだろうよ!」
「てめえ!」
前掛けをした燻製肉屋の主人も負けじと怒鳴り返していた。武器を手にしていたら使っているだろう。それほど殺気だっていた。
誰かが殺されたわけじゃない。財産が盗まれたわけじゃない。数日で治る怪我を負っただけ。
たったそれだけの事なのに人の心を虫食んでいる事件が、今、目の前で起こっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます