第14節② 侍と旅人

 クレイグの屋敷で世話になり、今日から刀をこしらえてもらう。そのはずだったが……なぜ、こんなことに?


「クレイグ殿。これで一体何をしろと申されるのですか?」


 それがしの腰にはさやに納められた刀。ただ、真っ直ぐに戻しただけの刀。兄同様、既に死んでいる刀。


わしはカタナの使い方を知らんからな。それを知らずに良い物は作れん。だからギルと戦え。儂にカタナを扱う活きた技を見せろ。なに、ギルが相手だ。多少本気でやっても問題ない」


 困った事になった。いくら死んだ刀とはいえ突けば貫くし、斬れば死ぬ。

 されど正面に立つのはギルはいつもの調子だった。


「私が折ったからには協力しよう。気は進まないけどね。ウキョウ、いつでもいい。私にも技を見せてほしい」


 いざ来いと言わんばかりに両腕を広げられた。今のギルはつば広帽と外衣を脱ぎ去って身軽。右手には剣、左手には短剣。その表情は実に楽しげだった。命を失うかもしれない危機感を持ち合わせておらぬのか?

 様子見のつもりで技を出す。踏み込む腰の回転を使って抜刀し逆袈裟けさ。当てる気が毛頭もないそれは、あっさりと弾かれる。前と違うのは折られていない刀。それと胸に突きつけられた短剣。


「ウキョウ! 真面目にやれ! 儂が見たいのは活きた技だと言ったはずだ!」

「私の事なら気にしなくていい。もっと速くても大丈夫だ」


 クレイグに怒鳴られたのはいい。気の抜けた斬撃では至極真っ当。

 それよりギル。元いた位置に戻り余裕の振る舞い。速く打ち込めだと? なめられたものだ。良いだろう。その笑み、剥がしてくれん。


「参る!」


 中段構えからの二連突き。二つともギルは短剣で軌道を逸らす、体裁きで器用に避けつつ懐に入り込んできた。少々無理な体勢から足を斬り払うが剣の腹で受け止められ、またしても短剣が突き付けられた。


「今のは良かった。もう一度やろう」


 それから何度も繰り返した。袈裟斬り、斬り上げ、水平斬り。あらゆる技を駆使した。手首、膝、胴、首。至る部位を狙った。それらを組み合わせ、間をずらした。されど結果は全て同じ。もしもこれが命の取り合いであったならば、某の胸は切り刻まれ、穴だらけになっていただろう。

 肩で息をする某に対して平然としているギル。力量差があるのは明白だったが、ここまで遠いか!


「もういいだろう。大体わかった」

「いいや、まだだ。ウキョウは出し切っていない。そうだろう?」


 止めようとするクレイグを遮り、剣を収めようとしないギル。

 某は全ての技を出した。口惜しいが、これ以上は恥の上塗り。


「しかしだな、これ以上続けると――」

「お昼を持って来たわよ。あら面白いことやってるわね。私も見学させてもらってもいいかしら?」


 クレイグの工房に現れたのはリリー。温和な奥方だとばかり思ったが、やはりクレイグの伴侶。似た者同士であった。


「リリー、けしかけるな。止めさせようとしてたんだ。これ以上やると怪我どころじゃすまん」

「どうせクレイグがやらせたのでしょう? 活きた技を見せろ、とか言って」

「それはそうだが……」

「だったら最後までやらせてあげなさい。ウキョウも続けたいのでしょう? 顔に書いてあるわ」


 そう言われても、これ以上は刀が持つまい。確かめるべく刀身に目を落とすと写り込む某がいた。まげはないが兄の面影がある目で訴えていた。

 そうか、某も、兄の刀もまだ戦いたいのか。

 刀を納め、ここまでの立会いを思い返す。ギルの剣さばき、体さばき。

 それは不思議と兄の姿と重なった。何をすべきか。決まっている。兄に届いた唯一の技。それしかなかろう。


「……ギル殿。もう一度だけ、お願いしたい」


 全身から力を抜いた自然体。こい口をきり柄に手をかける。

 兄上、見ていてください。


「山ノ内京四郎が弟、右京。参ります」


 繰り出す逆袈裟は最速の技!

 兄と某の想いが込められた刃は短剣を巻き込み、駆け上がり、返す刀で断ち斬る!

 なんの抵抗なく振り下ろされた刀は半ばから先が失われていた。一時置いて刀身は落ち、カランと転がる。そうか、一太刀目で果てていたのだな。


「私の負けだ。折れていなければ斬られていた」ギルは肩をすくめた。

「ハッハー! リリー! 珍しいもんが見れたぞ! ギルが負けた!」足を踏み鳴らし、叫ぶクレイグ。

「ええ、見ていたわ。ウキョウは強いのね。ギルに勝てる人はそうそういないのに」微笑みながら手をたたく奥方。


 果たして勝ったと言えるのであろうか? 散々負け続けて、ようやく届いた一太刀。


「よし! 儂が作るべきカタナが見えた! リリー! 悪いが鞘はいらん。立派なのがあるからな」


 奥方は鞘を拵えるのであったな。

 ギルの剣は革の鞘に納められいる。クレイグの剣は奥方の鞘に納められるのが正しい姿であろう。ならば某の刀もそれがいい。


「宜しければ鞘を拵えていただけますか? 某も同じにしたいと思います」

「うれしいわね。張り切らせてもらうわ」

「そうと決まればさっさと行け! いいか? 邪魔をするんじゃないぞ」


 ギルと二人、追い出されてしまった。一体どのような刀になるのだろうか? 早くクレイグの熱意が込められた刀を振るってみたい。

 期待に胸を震わせる某に対して、ギルは神妙な面持ちであった。


「ウキョウ、話すべきか迷っていたけど……聞いてほしい。君の兄、キョウシロウと戦ったのは私だ」


 ギルが兄のかたき。全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。

 されどギルは某より若い。年が合わぬ。


「こう見えて結構な年なんだ。私は彼と戦い、深手を負わせた。うそは言っていない。真実だ。残念ながらね」


 にわかには信じがたいが、兄と互角に渡り合える剣士。それも双剣の使い手がそうそういるはずがない。それにギルの語る兄の特徴、それは刃を交えた者にしかわからないだろう。

 なにより立会ったこの体か真実だと告げていた。


「仮にそうだとして、なぜ話した? 仇討ちのためだけに海を渡った某に! 大人しく討取られるとでも申すつもりか!」

「まさか。私にもやるべき事がある。それを成すまでは死ねない。ただ……ウキョウから逃げたくなかった。果敢に向かってきたウキョウからは」

「では、どうするというのだ! またやるのか! 次は立合いでは済まぬ! 果たし合いだ! どちらかが死ぬ! 逆恨みかも知れぬ。それでも……某は……止まれぬ。墓前に誓ったのだ……必ず超えてみせると。兄と互角の腕を持つ双剣の剣士を……」


 そうでなければ顔向けできぬ。


「不器用な生き方だけど真っ直ぐだ。ウキョウが振る刀と同じで」


 仕方あるまい。これが某。これが侍という生き物。それで命を失ったとしても本望。


「ウキョウが望むなら受けよう。いつでもいい。なんなら満足いくカタナが作られるまで待とう。どうする?」

「……今やっても勝てぬ。逃げたと笑いたくば笑え。諦めてはおらぬ。某は技を磨く。体も、心も! いつか超えてみせようぞ!」

「良いだろう。いつまでも待とう。ウキョウが立ち塞がる日まで」


 そうしてギルは去った。刀の出来上がりを待たずして。某に気を使ってくれたのであろうが要らぬ世話だ。

 クレイグが拵えた刀を帯びて街道を一人行く。

 僅かではあったがギルと共に歩くのは悪くなかった。されど、これが定めであれば致し方ない。

 何の目的で旅を続けているかは知らんが、お主は某が討つ。

 それまでは死ぬな。絶対に。

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