第20節① 門番と旅人

 ゴーン! ゴーン! ゴーン!

 鐘がやかましい。鳴るたびに窓が震えていた。うるさければ寝過ごさないだろうと、時を告げる鐘の近くに部屋を借りたが失敗だった。

 ガタがきているベッド脇に転がってる、くたびれた革よろいを着こむ。衛兵である事を示す印が右胸にあるが、誇らしく思えたのは最初だけだった。毎日忙しくて感慨に浸ってもいられない。

 剣を腰に下げ、革手袋に手を突っ込もうとして止まった。右手の甲にあるのは盗みを行った者につけられる焼き印。罪人だった証でもあり、戒めだ。消したいとは思わないが、あれこれ言われると煩わしく思う。

 俺をどん底から引っぱり上げてくれたフランツも同じ悩みを抱えていたのか?

 兄貴分と言っていいフランツも元罪人だったらしい。そんな男が盗人の俺を教育して衛兵にしてくれたんだ。風当たりが強かったに違いない。

 おっと、そんな事を考えている場合じゃない。仕事、仕事っと。


 朝日が照らす街は活気づいていた。

 ま、麦の収穫期だからな。街への出入りが多くなるのもわかる。ただ門番としては忙しくてかなわない。

 人混みをすり抜けながら道を急いでいると、よく知るガキを見つけた。目が隠れる茶色い髪と同じ色のベスト。

 よしよし、ちょっと驚かせてやろう。後ろに忍びよって肩をたたくと飛び上がった。


「あっはっは。ちゃんと働いてるか? オスカー」

「デニスかよ! 仕事の邪魔するな!」

「お? どうした? やけに突っかかるじゃないか。悩みがあるなら聞くぞ」

「うるさい!」


 最近は大人しくなったと思ったのに、スリを働いていた頃のオスカーに戻ったように見えた。


「わかった、わかった。仕事が終わったら話を聞いてやる。また後でな」


 仕事の邪魔をするわけにはいかないし、俺にも仕事がある。話を聞くのは後でいいだろう。そう考えて街の出入口であり、俺の職場でもある門へ向かった。



「そのガキ、もう足を洗ってるんだろう? ほっとけよ」


 同僚と一緒に門を上げる鎖を引きながらオスカーの話をすると面倒臭そうな答えが返ってきた。

 そうかもしれないけどさ。昔の俺を見ているみたいで、なんか放っておけないんだよな。


「いいか? もうお前はこそ泥じゃないんだぞ。いつまでも引きずっていたら身が持たんだろう。ほら、始めるぞ。あまり待たせちゃ悪い」


 開門を待っている者は十組ぐらいか。ほとんどが商隊だ。

 目一杯、鎖を引ききると外の世界が広かった。と言っても外もまた街。壁に守られていないだけしか違いはない。


「開門!」


 同僚が声を張り上げると商隊の列が動き始めた。門番の仕事は多くない。街を出る人と入る人の確認。通行税をいただいて名前と移動目的を書くだけ。問題など滅多に起きない簡単な仕事だ。

 朝は門が開くと同時に街を出る人が多い。それの処理が済んだら、しばらく暇になる。たまに変わったやつも来るけど。このじいさんもそうだ。


「元気にしとるか? デニス」

「もちろん。だから邪魔すんなよ、爺さん。隠居して暇なのはわかるけどさ」


 髪もひげも真っ白な爺さん、ハーゲンは用もないのに門に来る。一度、うずくまっているのを助けてやったら頻繁に顔を見せるようになった。

 足も悪いってのに歩きまわって、また動けなくなっても知らねえぞ。まあ立派なつえがあるから大丈夫か。


「何を言うか。お前らの代わりにわしが見回ってやっとんるんだ。感謝しろ。そういえば、こんな事があってな……」


 爺さんの話は長いが、面白いから困る。

 へえ、昔は他所の街で職人をやってたのか。初めて聞いた。俺にはできない仕事だな。細かい作業を続けるなんて気が狂っちまう。

 聞き入ってたら同僚に呼ばれた。


「デニス! こっち来てくれ!」

「すぐ行く! ほら、また遊びに行ってやるから帰った、帰った」

「いいか、絶対だからな。婆さんの美味い飯をたらふく食わせてやるから覚悟しておけ」


 杖を突き、足を引きずるように歩く爺さんは人混みに埋もれていった。

 悪い人じゃないんだけどな。ちょっと話が長いだけでさ。


「で、どうした? たった一人の来訪者に手間取ってるのか? ……ああ、そういうことか」

「そういうことだ」


 同僚の指の先には、つば広帽とコートの旅人がいた。ギルじゃないか。しかし、どうした? やけに疲れているな。


「先月、来たばっかりなのに、また来たのか。やり忘れた事でもあるのか?」

「それが酷い話でね。私が呪い師を探しているのは知っているだろう? この街にいると聞いて急いで戻ってきたんだ」

「ははっ。入れ違いか。ついてないな」


 やれやれと首を振るギルだったが、いつもの元気がない。いや、元々こんなもんか。


「呪い師ってのが何をするのか知らんけど、怪しいやつに用があるのは金持ちだけだろ。商工所か評議会所にでも行けばいいんじゃないか?」

「だろうな。行ってみるよ」


 足早に雑踏に向かってはいるが、背中は丸まり、視線は下がり、うつむき加減に見えた。


「おい! そっちには商工所も評議会所もないぞ!」


 本当に疲れているな。大丈夫か? どうせフランツとゲルダの所にも行くだろうから任せてしまえばいいんだけど。とか見送りながら考えていたら話しかけられているのに気付かなかった。


「悪い。聞いてなかった。もう一回言ってくれるか?」


 そのおっさんは見たところ商い目的じゃない。身なりは悪くないが金持ちにも見えなかった。なんというか、つかみ所がないやつに見えた。


「人を探してます。あと仕事も。どこに行けばいいでしょうか?」

「人探しなら衛兵の詰め所に行けばいいが期待しない方がいい。全住人を把握してるわけじゃないからな。仕事は商工所だな。どっちもあっちに進めばあるぞ」

「ありがとうございます。では」


 おっさんが去ったあと同僚が俺の所に来た。


「あの怪しいおっさん、なんだって?」

「人と仕事を探してるんだと。そんなに怪しいか?」

「収穫期なんてどこにでも仕事はある。それなのにわざわざ移住までするか?」

「人を探してるって言ってたろ。そっちが本題なんじゃないか?」


 俺がそう返すと、わかっていないな、と言わんばかりに手を振られた。


「だからだよ。人探しのために移住なんてあり得ないだろ」


 そう言えばギルに対しても怪しいって言っていたな。まあ、そこは同意するよ。確かにあいつは怪しい。いっつもフラフラしてるしな。人探しを続けている旅人を思うと笑いがでた。

 その後も仕事の合間ごとに同僚の想像は膨らんでいき、正午を知らせる鐘が鳴る頃には、あのおっさんは他国の間者を追いかける暗殺者になっていた。


「どうだ? 俺の観察力は?」

「全く、大したもんだ。語り部にでもなった方がいいんじゃないか?」


 このまま緩い午後を迎えられると思ったが、そうはいかない。平穏は怖いやつの来訪で終わった。


「ああ! 疲れた!」


 詰め所の椅子に勢いよく座ったゲルダは尊敬すべき上官だ。素早いだけで読み書きも計算もできなかった俺にたくさんの事を教えてくれた。

 ただ、気分屋で、怒りっぽくて、すぐに手を上げる事がなければ手放しで尊敬してたね。


「ゲルダがここに来るなんて珍しい」

「お前に用があって来たんだ。ああ、膝が痛い。遠いんだよ、ここは」

「杖はどうした?」

「折れた」


 足を駄目にしてから杖なしではまともに歩けないのに、手ぶらだから変だと思ったんだ。

 なぜ? と聞こうと思ったけど、汗を拭きながらそっぽを向いた横顔を見たら、なんとなくわかった。怒りに任せて振り回したら折れたってっとこだな。


喧嘩けんかの原因はなんだ? いい加減、物に当たるのは止めろよ」

「フランツが悪い! アタシは謝らないよ!」

「はい、はい。で、何の用だよ」

「そうだった。今日の仕事はアタシが代わる。デニスはハーゲンの家に行け。場所はわかるだろ? 亡くなった。挨拶に行ってこい」


 うそだろ? 冗談だと言ってほしかったが、ゲルダの顔は極めて真面目だった。

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