第7節① 領主婦人と旅人
「アメリー、降りて来て挨拶しなさい」
こっそりとのぞいていたけど見付かっちゃった。
お父様に呼ばれたけど、ちょっと怖い。つばの大きな帽子を被っていてお顔が見えないし。
「大丈夫よ、ギルは優しいから」
お母様がそう言うのなら……
踊り場から降りていく途中で目が合った。
あら、少しかっこいいかも。でも執事服のレオには負けるわね。大人の魅力が足りないわ。ええと、前に立って、どうすればいいんだっけ。
お母様がスカートをつまんでいる……
思い出したわ。スカートをちょっと持ち上げてお辞儀ね。
「こんにちは。アメリー・ヘルダーリンと申します」
「私はギル。よろしくお姫様」
彼は帽子を脱いで膝を付いて手に口づけをしたわ!
顔が熱くて熱くて病気になったかと思った!
――それがギルとの出会い。私は8歳だった――
時々聞こえてくる私を探すレオの声に答えてしまいそうになる。返事をしては駄目。でも、これからどうしたらいいの? もうお家には帰れない。きっと死ぬまでここにいるんだわ。真っ暗なここで。
「アメリー、こんな所にいたのか。レオ! こっちだ!」
暗い通路に光が差し込み、ギルが来てくれた。光の中にいる彼はまるで王子様みたいに見えた。きっとギルなら助けてくれる。
「私、お父様が大切にしている
「ククッ。アメリーとの旅は魅力的だけど、先に謝ってみないか? 私も付き合うから。もちろんレオも一緒に」
「アメリーお嬢様! ご無事ですか!」
ギルにしがみついているのを見られたら急に恥ずかしくなって突き飛ばすようにして離れた。
恥ずかしい時って何で強がっちゃうのかしら?
「無事よ! レオも一緒に謝ってちょうだい! こっちよ! 早く帰れるわ!」
苦笑いする二人の顔を見ないようにしながら奥に進んだ。真っ暗で良かったわ。私の顔も見られずに済むから。
「お嬢様、この通路はどちらに?」
「真っ直ぐ行くと暖炉の下に出られるのよ! 私が見つけたんだから誰にも言わないでね!」
「こんな暗闇を灯りなしで歩けるのは私だけだと思っていたけど、アメリーはたくましいな」
「壁に触れていれば簡単よ」
お家に帰って、お父様に許してもらってから絵を描いてもらった。お父様とお母様と私、それにレオとギル。絵が飾られた踊り場はお気に入りの場所になった。
――これは10歳の誕生日。今となっては楽しい思い出――
踊り場のソファでクッションが潰れそうになるぐらい強く抱きしめた。
なんなの? なんで歳をとらないの? お父様もお母様もギルは良い人だからって言うけど、絶対に変! きっと……そう! 悪魔とか悪いものに違いないわ!
お父様の所にいるはずのギルが階段に足をかけた。
「アメリー、久しぶりだね」
「こっちに来ないで!」
「どうした?」
「あなたいつまでも同じ姿よね! 本当に人なの?」
いつも向けられていた穏やかな笑顔が一瞬で消え去った。足が止まり、青ざめているように見えた。
ほら! 図星ね! やっぱり人じゃないんだわ!
「……私はそのつもりだけどね」
「うそ! 去りなさい、悪魔!」
彼は口を開けたけど、思いは声にならずに固く閉じられる。下を向いた顔はつば広帽に隠された。
――何も言わずに去るギルの後ろ姿は今でも忘れることはできない。謝って許してもらったけどまだ謝り足りない。いくら13歳の小娘の戯言だとしても許される事ではないわ――
踊り場のソファに座ると幼い私が迎えてくれた。絵の中の私たちは、時間の波から取り残されているように、いつまでも変わらない。一人を除いて。
ギルが来なくなってもう一年ぐらいかしら? 清々するけどお父様とお母様が寂しそうにしているのを見ると少しだけ罪悪感が生まれた。
でも、私は間違ってない!
「お嬢様、こちらに居られましたか。お食事の用意が整いました。旦那様と奥様がお待ちです」
レオは険しい目で絵を見つめて動こうとしない私の横に立った。
「後悔なされていますか?」
「どうして私が! 何も間違った事は言ってないわ!」
「なにも間違っておりませんね。お姫様は悪魔を屋敷から追い払い、平和が訪れました。物語にありそうな幸せな結末です。実に喜ばしい結末でしょう。それなのに二度と訪れない彼へこれ以上の怒りを向ける理由はなんですか?」
なんでこんなにも腹が立っているのか自分でもわからなかった。
「怒りの原因を探るには、その対象について知る必要があります。彼が旅する目的を話してもよろしいですか?」
先を促すとレオは絵に視線移して語り始めた。
「彼は不老という呪いから開放される為に旅をしています。それ以上の事は聞いていませんが、好んで呪われていません。彼も闇を抱えています。気楽そうに見えますが」
「それがどうしたっていうの?」
「完璧な人間はいません。誰だって心に傷を持っています。お嬢様はギルの傷口に塩を塗ったのです。そんな自分を許せない。違いますか?」
厳しい言葉を受けて固まる私に向き直り、膝をついた。
「お嬢様とて、どうにも出来ない事で責立てられたら辛いでしょう。それは彼も同じだ」
「……どうすればいい?」
「簡単だ。謝ればいい。大丈夫、いつか鎧を壊した時と同じように俺も一緒に謝ろう。俺はいつだってアメリーの味方だ」
いつもと違う言葉を使うレオは真剣で、厳しく、そして優しかった。
「申し訳ありません。無礼な言葉でした。お許しください。仕事がありますので失礼します」
急ぎ足で階段を下るレオだったけど、呼びかけたら足を止めてくれた。
「レオも傷ついているの?」
「お嬢様の悩みに比べたら小さい問題です」
「引き止めてごめんなさい。それから、ありがとう」
――レオに諭されたおかげで、ほんの少し大人になった気がしたけど14歳ではまだまだ子供よね――
鏡に映る私は私ではなかった。純白のドレスに身を包み、花で髪を飾られている。
彼ならこの姿を見て何て言うかしら?
まだギルは現れない。私の酷い言葉で傷つけたというのに、許してもらうだけでなく祝ってもらいたい。なんて嫌な女だろう。
「お嬢様、お美しくなられました」
「レオも素敵よ」
いつもの執事服ではなく、きらびやかな装いのレオは本当に素敵だった。
「よろしいのでしょうか? 私如きが旦那様の代役を仰せつかっても」
「いいのよ、落馬して足を折った父が悪いんだから。それにレオはもう一人の父親みたいなものよ」
「ありがとうございます」
親身になってくれたレオと離れ離れになりたくなかったのもあるけど、恩を返せていないのも嫌だった。
「ねえ、しつこいようだけど執事を辞めてからも家にいていいのよ?」
「申し訳ありません。妻との故郷で余生を過ごしたく思います」
「ごめんなさい。困らせるつもりはなかったの。じゃあ、しっかりエスコートしてね、お父さん」
――レオに導かれ、15歳の私は夫となる人の元へと足を進めた――
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