第4節① 鍛冶師と旅人

――――来た来た。待っていたぞ!

 わしが叫んでいた。

 ああ、またこの夢か。何度も追体験させられている。何回繰り返しても結末は変わらないというのに。

 工房に木箱を満載した荷車が入ってくる。その前にいるのは製鉄所を仕切るハンナさんだ。彼女とは夢の中でしか会えない。そうなったのも儂のせいだ。


『こんなに大量のインゴットを発注するなんてクレイグ工房は大忙しだね』

『ハンナさん。無茶な注文を聞いていただいて感謝してます』


 儂が手を上げると、大勢いる弟子たちは手を止めて荷を下ろす場所を作り始めた。


『いいんだよ。私の製鉄所がもうかってクレイグの工房も儲かる。良い事づくめじゃないか。そうだ、リリーはいるかい?』

『妻は出ていますが、すぐに戻ります。よかったら待ってやってください』


 この頃の工房は大忙しだった。次から次へと入ってくる注文でうれしい悲鳴を上げていた。全てが順調だった。この時までは。

 儂が荷車の横に立った。

 止めろ! 止めてくれ! いくら願っても儂は勝手に動く。これは夢だ。過去は変えられない。わかっていても願わずにはいられない。


『荷を下ろせ! いいか! これから忙しくなるが手を抜くんじゃないぞ!』


 気合を入れるつもりでインゴットが詰め込まれている木箱をたたく。弟子たちは始めから気合十分と言わんばかりに、おう! と声を上げた。ハンナさんも活気がある工房の様子を肌で感じているのか満足気に腕を組んだ。

 重みに耐えられなかったのか? それとも劣化していたのか? いや、違う。叩いた儂のせいだ。車輪が悲鳴を上げて砕けた。荷車は傾き積まれていた木箱が中の物を吐き出す。無数のインゴットが儂とハンナさんに襲いかかった。

 ああ、また見ているだけで終わった――――



 広い工房は静かに儂の目覚めを待っていた。

 いかん。昼飯を食って少し休むつもりが眠っていたのか。それにしても何の夢を見ていた? 良い夢じゃないのはわかる。額にある大きな古傷が痛んだ。

 悪い夢を見た後はいつもこうだ。いつ傷を作ったのかは全く覚えていないが、思い出そうとすると頭の中に霧で覆われたようになる。


 痛む膝に負担がかからないようにゆっくりと立ち上がった。

 さあ、休みは終わりだ。作業に入ろう。まずは炉の炎を大きくしないとな。

 木炭を炉に放り込みを踏んで空気を送る。真っ黒な木炭の表面が赤くなり火の粉が散った。木炭を裏返し、インゴットを炉の真ん中に置いて蓋をする。あとは熱が上がるまで待つだけだ。

 この待つだけの時間は嫌いだ。余計な事を考えてしまう。嫌な思考を振り払いたくてをもてあそんでいると工房の扉が開いた。日の光の中に立つそいつは、つば広帽にコートの旅人だった。……こんな若造に見覚えはない。


「久しぶり。元気かい?」

「お前のような者は知らん。後にしろ」


 炉の蓋を開ける。熱気が肌を焼くが、構わずに顔を寄せた。近頃はよく見えなくて困る。表は良い。鉄インゴットを裏返す。……良し。頃合いだ。

 赤く輝く鉄インゴットを取り出し、叩く、叩く、裏返し、叩く、叩く。また裏返す。叩いて、叩いて、裏返して、また叩く。

 熱が失われてきた。炉に戻し、ふいごを踏む。熱を与え、叩く。ひたすら繰り返し、繰り返し、目指す形になるまで続ける。インゴットは棒状の板となった。

 また炉に突っ込む。炉の温度を上げたいが、ふいごを踏む力が足りない。膝がぎしぎしときしむ。動け! もっと力を込めろ!


「変わろう。加減を教えてくれ」


 さっきの若造に肩をつかまれた。帽子もコートも脱ぎ、むき出しになった腕は野生動物かのようにしなやかだった。それに無数の傷跡。こいつは戦士だ。それも歴戦の。

 場所を譲るとふいごを踏み始めた。体軸にブレがない。しかしこれでは駄目だ。


「少し力を緩めろ。強すぎる。長く、ゆっくりと力を加えるんだ。……そうだ。それでいい」


 炎が安定してきた。輝きを取り戻した板をやっとこで挟みつちを振り上げた。……ふと、こいつにやらせてみたくなった。そのしなやかな腕で、どんな音を鳴かせるのか聞いてみたい。槌を若者に押し付けた。


「やってみろ」

「いいのか?」

「初めは優しく叩け。叩く位置は儂が決める。寸分違わず、同じ力で、同じ場所を狙え」


 若者は槌を振り上げて止まった。やつの目が本当にやっていいのか? と言っていた。構わんからやれと、あごをしゃくる。

 勢いよく振り下ろされる槌。金属と金属がぶつかり甲高い音が響く。火花が散った。うむ、良い音で鳴かせる。


「力を上げろ。駄目だ。強過ぎる。……良いぞ。そのまま続けろ」


 一定の力で点を狙える精度。体の扱い方を心得ている者でなければこうはいかん。

 叩く位置を細かく調整した。熱しては叩く、その工程を何度も繰り返し、ようやく目指す剣身に近づいた。


「よし、いいだろう」

「これで終わりかい?」

「まだだ」


 ここからは何度やっても緊張する。再度熱した剣身を鉱油に突き入れると炎が上がった。


「焼き入れだ。鉄は炭と練られて鋼となり、鍛えた鋼をもって剣身を形どる。それだけでは剣とは言わん。焼き入れする事によって魂が宿り、硬く丈夫な剣となる」


 鉱油から引き抜かれた剣身から薄っすらと煙が上がっていた。細かく確認すると刃先に小さいがあった。


「駄目だな。剣身が魂に負けた。一からやり直しだ。明日朝から作業に入る。お前、泊まる所はあるのか?」

「いや、これから探そうかと」

「儂のところで面倒見てやる。ついてこい。名は何と言う?」

「……ギルだ」


 どこかで聞いたような名だが、よくある名だ。聞き覚えがあっても不思議ではない。

 そうだ。これだけは言っておかねばならん。

 工房近くにある家の扉に手をかけた手が止まった。


「家には世話をしてくれる人がいる。ハンナと言う。ハンナさんに面倒をかけさせるな。いいな」


 ギルがうなずくのを確認してから扉を開くと良い匂いとハンナさんが迎えてくれた。いつものように優しい微笑みだ。


「ハンナさん。ただいま帰りました。この匂いはシチューですね。いつもありがとうございます」

「お帰りなさい、クレイグ。あら、そちらの方は?」

「仕事を手伝わせているギルです。少しの間、住み込みで働かせます。急な話ですみませんがお願いします」

「ギル? あなたと同じ名前で、そっくりな友人がいたわ。本当に懐かしいわ」

「リリー! リリーじゃないか。クレイグはハンナと言っていたけど、名を変えたのか?」


 リリーだと? それは妻の名だ! 見ろ、困っているではないか!


「その人はハンナさんだ! その人に面倒をかけるなと言ったはずだ!」

「クレイグ、私は大丈夫よ。落ち着いて。ね? ギル、私はハンナ。この人の前ではそう言ってちょうだい。いいかしら?」

「……悪かった、ハンナ。知っている人に似ていたんだ。クレイグ、すまなかった」


 なんだ、その目は。知っているぞ、街の者が儂に向ける、哀れみの目だ。お前までその目で見るのか。止めろ。止めてくれ。そん目で儂を見ないでくれ……


「大丈夫よ、クレイグ。大丈夫。さあ、食事にしましょう。でも、その前に汗を流してきたらどうかしら? きっとすっきりするわよ」


 ハンナさんの言う通りだ。疲れと空腹で少し気弱になっているのかもしれん。

 実際さっぱりしてから、美味いシチューを口にしたら良い気分になった。それにしても最近は腹が膨れるとすぐに眠くなる。よく働いている証拠だろう。二人は……話が弾んでいるようだな。邪魔をしては悪い。先に休むとしよう。

 寝室で横になるとすぐに眠ってしまった。



――――部隊が帰還したぞ! 我々の勝利だ!

 とりでに残るみんなが、英雄たちを迎えようと走る。その中にいるのは、儂だ。若さと未熟さを履き違えていた頃の儂だ。探しているのは戦士にしては小柄な男。ふむ。こうして見ると何も変わっていない。いや、この頃に比べると険がとれたな。


『ギル! 俺の剣は? 俺の剣は敵を倒したか?』

『ああ、素晴らしい剣と短剣だ。大剣を受け流しても折れないし、よろいの隙間を正確に突く事ができる。クレイグ、腕を上げたな』

『おい、クレイグ! 俺とホリーの剣も作ってくれよ!』

『やだよ! ホリーはともかく、サムはすぐに剣を駄目にするじゃないか!』


 若い頃の夢を見たのは久しぶりだ。ギルに会ったせいか?――――

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