第6節① 吟遊詩人と聖女と旅人
ようやくたどり着いたその町は滅びていた。
建物は汚れ、傾き、もしくは倒壊したまま放置されている。
そもそも、人っ子一人見当たらない。こんな辺境まで来たというのに、あんまりだ。
「どうした?」
ギル。つば広帽とコートの旅人。無理を言って同行してもらったというのに悪い事をした。
「この町は死んでいる。無駄足になってしまった」
「諦めるのは早くないか? 見るべき所は上だけとは限らないさ。パトリック、見え辛い所にこそ、目を向けると良い」
彼の視線を追って足元に目をやると、まだ新しい足跡があった。
なるほど、町を出入りする人はいるのか。
それにしてもギルの助言は的確だ。吟遊詩人として五年以上も旅をしてきた俺よりも旅慣れているし、洞察力も高い。どう見ても俺より年下なのにな。
「そこを動くな!」
振り返ると弓や
その先頭には弓を構えた女。これは……驚いたな。こんな美人は初めて見た。
「ここに何の用だ!」
「待て、俺たちはこの町にいる聖女に用があってきた。取り次いでくれ」
「……聖女なんていない。立ち去れ!」
取り付く島もない。せめて話だけでも聞いてもらいたい。その前に弓を下ろしてくれ。俺は荒事は苦手なんだ。
「思い出した。確か……ジャネット。そう、ジャネットだ」
ギルがつば広帽を脱ぎ前に出た。ジャネットと呼ばれた女は反射的に矢をギルに向け、下げた。
「……ギル、だよね? あれから、かなり経ったけど変わってないね」
「久しぶり。思い出してくれて良かった。射られずに済みそうだ」
「射るつもりはないわ。色々と物騒だから追い払いたかっただけよ。それはいいとして……私の知り合いなの。町に入ってもらってもいい?」
彼女は後ろで武器を構えたままの集団に声をかけた。リーダーらしき老人が首を縦に振り、ようやく武器を下げられた。
それにしても老人ばかりで狩りとはどういう事だ?
「構わないって。良かったわね」
「どうも。俺はパトリック。流れの吟遊詩人をしている。なあ、本当に聖女を知らないのか? 人々の為に身を尽くす聖女のうわさ話を耳にしたら彼女の物語を作りたくなったんだ。頼むよ」
「しつこいわね。知らないって言ってるでしょ。ギル、何とか言ってくれない?」
「私は同行を頼まれただけだから。それに君に興味がない事もないし」
「それはわかるけど。私も聞きたい事があるのよね」
随分と親しげに見えた。丁度いい。ギルの知り合いであれば話ぐらい聞かせてくれるだろう。
「あなた、パトリックと言ったわね。聖女の物語を作ってどうする気?」
「どうするって、その偉業を語り継ぎたいだけさ。物語にして広まれば、賛同する者が現れる。そうすれば彼女の助けになれる。そう思わないか?」
「彼女が嫌がっても?」
「喜ぶか嫌がるかは本人に聞けばいい。その言い方はいるって事だろ?」
話しすぎたって顔に出てるぞ。やはり聖女はここにいるらしい。もう一押ししてみるか、と考えたところでギルに肩をたたかれた。その辺にしておけ、と言いたいらしい。話を急いでこじれても困る。じっくりやろう。
「パトリックの話はいいとして、なんでこんなに荒れ果てている?」
「働き盛りが戦争に行った隙に襲われたの。だから人手不足なのよ。ギルは狩りとか
どうやら襲撃の被害はさっきの所に集中していたらしく、町の中心はそれなりに活気があった。しかし働き盛りは少ない。それなのに人々の顔が明るいのはこの町の強さなのか、それとも、件の聖女によるものなのか。
資材があちこちに積み上げられた広場で俺たちを待っていたのは子供たちだった。ジャネットを囲み、一斉に話し始める。
「ジャネットお帰り!」「今日はお肉たくさん?」「遊んで!」「本読んでー」「ねー聞いてよー」
「はいはい、ただいま。後でね。ニコラ、また悪い遊びを教えてないでしょうね?」
「してないよ。こっちのおっさんは誰?」
おっさんとはひどい。まだ30前だぞ。
ただ、ニコラと呼ばれた少年に警戒されているのがわかる。さっきのジャネットもそうだった。これ以上傷つきたくないから余所者を拒絶する。よくある話だ。
「この人はパトリック。なんと吟遊詩人よ! あなたたちに演奏してくれるんですって、良かったわね」
「ふーん。俺はどうでもいいけどチビたちが喜ぶならいいんじゃないか? そっちの若い兄ちゃんは?」
「こちらはギル。んー、昔の友達? でいいのかな?」
「いいんじゃないか? 私はギル。よろしく、ニコラ」
「……よろしく。おっさん、来いよ! チビたちもだ!」
ジャネットはお願い、と言いたげに手を合わせているし、仕方がない。披露してやろう。俺の技巧に腰を抜かすがいい。
そうなるはずだったのになぜだ。なぜこうなった?
「おっさん、ぜんぜんダメだな!」
子供たちが町に伝わる曲を聴きたがるのはわかる。例年なら、この時期に行われる祭りで歌い、踊るらしいが、とても祭りが出来る状態ではない。
気の毒に思うからこそ、子供たちに歌わせて旋律を模索しているというのに、このガキは!
「もっと楽しくなる感じなんだよ! なんでわかんねえかな」
わかるはずないだろう。聴いた事もないのに。苛立ちながらも辛抱強く相手をしているんだ。感謝されても罵倒されるいわれはないぞ。
「ニコラ、使う楽器が違うから同じようにはできない」
「それを何とかするのが吟遊詩人だろう? 使えねえな」
こ、の、ガキ!
高音を出す笛で奏でる曲を、低音が売りのシトルで頑張っているのに!
「何してるの? 演奏してもらってるんじゃないの?」ジャネットが様子を見に来たか。
「おっさんに祭りの曲を弾かせてるんだけどダメダメでさ」
「そんな無茶させたら駄目でしょ!」
「ジャネット、いいんだ。吟遊詩人の誇りにかけても、このぐらいこなすさ」
「でも――」
「いいんだ」
ニコラに一泡吹かせないと気が済みそうもない。見ろ、ニコラの顔を。口に出さなくてもわかる。やれるものならやってみろ、だろう? ああ、やってやるさ。
「わかったけど、今日はここまでにして。みんな、ご飯の準備するわ。手伝ってね」
大勢で集まる夕食というのは新鮮だ。あちこちで会話が飛び交い、突然話題を振られ、話し終えた矢先に違う方向から別の話が飛んでくる。活気があるのはいいがこれでは戦場だ。戦場に立ったことはないが。
会話の隙を探り、聞き出した話からすると聖女はジャネットで間違いない。彼女は度重なる不運に絶望していた町に現れ、手を貸してくれているのだという。
彼女のおかげで前向きになれた。老婦人はそう言った。
なるほど、実に聖女らしい。俺に矢を向けていなければ。あれのせいで俺の中の聖女像が崩れそうだ。
当の本人に目を向けると、いない。
さっきまでそこにいたはずだが。
老婦人に聞くと子供たちを寝かせに行ったそうだ。なぜ余所者の彼女が? 孤児の面倒をみているとは聞いたが、本来はこの町の者がする事だろう。ただ懐かれているだけとは思えない。
詳しく聞いてみたかったが、仕事だ。吟遊詩人としての仕事。昼間の雪辱を果たせるとはありがたい。
要望はみんなが楽しくなれる曲。
「では『竜殺しの英雄王』はいかがでしょう」
この国に住む者ならば誰もが知っている。簡単な旋律の繰り返しと一度聴けば覚えられる詩。
肩を組み、床を踏み鳴らし、歌い、盛り上がってくれた。
次は『忙しない狩人』。ゆったりした踊れる曲。徐々に速度を上げていくのがお約束で、立っている者がいなくなるまで続ける。年寄りが多いから、ほんの少しづつ速くすればいい。
最後まで残ったのは老婦人だった。そして勝者が次の曲を決める権利を得る。
「やったわ! 私の勝ちね! どうしようかしら。そうだわ! パトリックが一番好きな曲をお願い。出来れば落ち着いて聴けるのがいいわ」
それは好都合。『忙しない狩人』は演奏する俺も疲れる。
では、とっておきを。この『妬み令嬢』には自信があった。演奏にも、歌にも。
弦を一本一本丁寧に弾いた。
――ある娘がいた
娘は全てを持っていた
地位を 宝石を 広い屋敷を
ある娘は妬んだ
男も 女も
美しい自分より美しいものを
娘は全てのものを妬んだ
ある時 呪い師が 訪れた
呪い師の美しさに狂気した
呪い師は言った
哀れな娘 愚かな娘 妬む娘
全てから解き放ってあげよう
娘は全てを失った
居場所 財産 そして美貌
娘は全てを失った
そして娘もいなくなった――
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