PAGE4 アナベル【EXPERT編】
#38 インタビュー
フルッフが作ってくれた朝食……もう昼食って感じだけど、パンに目玉焼きと野菜とお肉を挟んだハンバーガーを向かい合わせで食べる。
机を挟んで目の前、市役所の報道部に所属する新米記者、と名乗っていたが、なぜ彼女まで一緒に食べているのだろうか……。
「フルッフ、これ美味しいじゃん、料理の腕いつの間に上げたの?」
「うるさい、仕事じゃないのかよ」
「今からするじゃーん。腹が減っては戦はできぬ。
インタビューも記者にとっては仕事であり戦なの。……情報屋フルッフの手作りハンバーガー記事もいいかも」
「需要がないだろ。というか非公式なんだから勝手に記事に使うな」
亜人街では成人年齢が十六歳になっている。
彼女は一年先輩の十七歳だ。
裕福な家庭の生まれできちんとした学業機関を卒業し、市役所に務めたのだと言う。
「ほら、インタビュアーは身元不明の怪しい人物だとダメじゃない? だからこっちの事を知ってもらって信頼させ、本音をぼろぼろと零させるために自己紹介をするのがテクニックだって先輩が言っていたのよ。そうだねえ、とっておきの秘密としてわたしの性癖知りたい?」
「知りたくもないわそんなもん。テクニックというかそれは当たり前の礼儀だ。あと、食うか喋るかどっちかにしろよ。まったく年上に見えないし……頭と体どっちも」
「なっ、年下のくせに生意気!」
ハンバーガーのソースを口の端につけながら怒っているところは、子供っぽい。
見た目は確かに年上には見えなかった。
……身長が低いためにスーツに着られている感が満載だった。
ネクタイの結び方も多分違う……。
なにより後ろ髪をまとめるアクセサリーがリボン、ってところがもうとどめだった。
裕福な家庭で甘やかされて育ったんだろうなあ、と容易に想像できる。
フルッフとは知り合いらしい……友達未満とは言っていたけど、やり取りを聞いていると友達以上に親しそうに見える。
……ちょっと嫉妬。
少なくなったハンバーガーを食べ終わり、口を拭って相手が食べ終わるのを待つ。
「あっ、ごめんなさいねすぐ食べ終わるので――ごほっ、うげぇ、飲み物ッ、詰まる!」
「あーはいはい、手間がかかるなあもう」
水道から注いだ水をコップ一杯飲み干して落ち着きを取り戻した彼女は、気を取り直してハンバーガーを食べ終わり、礼儀正しくごちそうさまでしたと両手を合わせる。
「それじゃあ早速、インタビューしていきますよー」
私の隣に椅子を近づけ、フルッフが接近する。
こそこそと耳打ちをされた。
「(打ち合わせはしたが万が一の事を考えてフォローをする用意はある。まずいと思ったら机の下で僕の太ももを叩け、なんとかする)」
了解、とやり取りをしている間、なにを聞くべきか悩んでいたインタビュアー。
そういうのは事前に決めておく事なのでは? と思ったが、人によってやり方はそれぞれか。
「いや、こいつは間違ってるからな。ダメダメな部類のインタビュアーだから」
「ダメダメじゃないっつの! いいわ、なら本題からいきましょうか」
彼女が手に持つ録音機器のスイッチを入れる。
……ちょっと緊張してきたかもしれない。
「……では、始めさせていただきます」
本題、巷で噂になっているサヘラさんが人間であるという情報は本当なのですか?
私は首を振る。
「人間じゃあ、ないですね」
「市役所に住民登録をしていないようですが、その理由は?」
「タイミング的な事もあって……後は私が面倒くさがりなので。まずはまとまったお金を稼ぐ事にしようとしたんです」
「では、生まれはどこなのですか?」
「裏亜人街らしいです。
子供の頃の記憶がないので遠い親戚のフルッフにこうして匿……というのは違くて、生活を手助けしてもらっている形です」
「なるほど、という事はサヘラさんは蛇の亜人なのですか?」
「ええ、そうらしいです。ただ記憶がないので特性が発現しているかも分からなくて……」
「病院に行って記憶の事を聞いてみたりはしたのですか?」
「病院は苦手なので行ってはないです。信頼しているお医者さんをフルッフが知っているらしいので症状だけは伝えてありますが、記憶を取り戻す方法は残念ながらまだ……」
「ふむふむ。では人間ではない、と発言した上で聞きますが、人間をどう思っていますか。
もしも噂通りに人間がサヘラさんでなくとも実在していたとして、です」
「受け入れてもいいのでは、と思います。人間が絶滅したのは自業自得でありますが、その影響により亜人も目の敵にされ、大切な人を失くした人が多いのも分かっています。ですが人間という種を恨んでも今いる人間の個人を恨むのは違うと思います。親を恨んで子供に復讐をするというのは理不尽だと思っていますから」
「ですか。わたしもそれには同意見です。人間を恨むべき、という風潮が許せませんね。人間がもしもいれば、この街も技術もこれまでの歴史も明かされ進歩するというのに――あ、いえちょっと独り言です。えー、おほん。どうもです。じゃあ後は軽く流しますか」
インタビュアーが肩の力を抜いて私も肩の力を抜く。
気を遣うのとはまた別の神経を使ったので疲れがどっと出た。
全てフルッフに即興で覚えさせられた口調だったので思い出しながら喋るのが意外ときつい……録音されてるんだよね、変な風になっていないかなと心配になる。
「よくできてたよ」
フルッフに労われる。
……ここ数日、フルッフが妙に優しい。
本人は家族を救ってくれたお礼と言うが、本当にそれだけだろうか。
「助かりましたよーサヘラさん。いやー噂の中心になっている例の人物のインタビューってだけで大きなネタになりますからね。内容はどうでも良くても。軽く流しで聞いたインタビューも使わせてもらいますけどいいですよね」
「好きな食べ物とか好きな遊び場とかそういう部分なら別に……テキトーだし」
「テキトーなんかいっ! ええいいですよー、報道記事なんてほとんど嘘まみれですしね! 先輩も取材しなくちゃいけないのに忘れてて記事の一つ分を嘘で固めた事ありますし。まあ、当然ばれてたくさん頭を下げる事になりましたが……今回、わたし関係ないですしっ」
「……報道部ってこんなんでいいの?」
「真面目報道よりもこいつのチームはエンターテインメント趣向が強いからなあ。
これはこれでジャンルとしていいんだとは思うよ。それに、それは報道部が決める事だし」
インタビューも終わり、軽い雑談を交えた後は、報道部に戻って今日の取材を編集して記事にするらしい。
いつ報道されるかは分からないらしいが、噂が盛り上がっている間に出すとの事で、そうなると明日か明後日には記事として世に出ると予想できる。
「楽しみにしててくださいねー、サヘラさん」
「期待しないで待ってるよー。誤字と誤植気を付けてね」
「な、なぜわたしの弱点を知っているんですかエスパーですか!」
言葉を交わせば誰だってそれくらいは見抜けるよ。
「うぅ、気を付けますよー。あ、それと、個人的な質問していいですか?」
荷物をまとめて玄関に進みながら軽いインタビュー。
彼女にとっては重要視しない事なのだろう。
メモ帳とペンを持ちもしなかった。
間を埋めるただの雑談と捉えていいだろう。
私とフルッフは彼女を見送るために玄関までついて行く。
靴を履きながら彼女は言う。
「二人は付き合ってます? 仲良し、というよりラブラブ、みたいだったので」
「ち、違うに決まっているだろ! 女同士なんだし!」
「それ、関係あるの? 女同士でも付き合っている人同士はいるし。結婚できない、子を産めないってだけで一生を添い遂げるパートナーに同性を選ぶ事をおかしいとは思わないけど……否定するなら追及はしないかなー。もしも付き合っているなら次の記事にしようと思ったけど、別の知り合いに当たってみるかねー。そんじゃフルッフとサヘラさん、ほんとありがとー助かったよ、ばいばーい!」
元気があり余っているインタビュアーは建物の廊下を走って行く。
階段を下る音が扉を閉めた部屋の中まで響いていた。
……その後、数秒の間、私たちは動けなかった。
彼女の言葉はなにも突き刺さってはいないのだが、言われた事で意識し合ってしまう。
「へ、変な事を言う奴だな、まったく。友達同士で付き合うわけがないだろうにっ」
「あの子は百合好きだったりするの?」
「いや、健全に男好きだった気がするが……、男を捕まえてもロリコン扱いされるからとフラれ続けて文句を垂れ流していたとも聞いた事がある。それが勢い余って女の子に趣向を変えた……とか、ありそうな気もするが……?」
「そんなプライベートな情報って、一体誰が……?」
「あいつが自分で記事にしてたぞ」
自分自身をネタにするとは……。
身を削るエンターテイナーだった。
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