#49 サヘラの選択は

「私の事なんて、なんとも思っていないと――」

『私の事なんて、なんとも思っていないと思っていた――かな?』


 被せられた言葉によって、私の声が掠れた。

 ……その通り、思っていたよ。


 私の事なんか娘と思っていないんじゃないかって、悩んでいたりもした。

 最近はもういいやと割り切っていたけどね。


 しかも、私を儀式に使う時点で愛情なんてないじゃん。


『そんな事はないよ。お母さんは彩百合ちゃんの事を大切な娘だと思っていたし、いつも見守っていた。

 いつでも迎えに行けるように準備をしていた。だって彩百合ちゃんの事、大好きだから』


「…………」


『でもね、お母さんも怖気づいちゃったのよ。だって嫌われているだろうなって思っていたから。だから彩百合ちゃんが許してくれるまではなにもできなかった。でも、消えた彩百合ちゃんを放っておく事はできなかったの。こうしてここまで飛んでくる勇気があったのは、彩百合ちゃんを誰よりも愛していたから』


「嘘だよ」


『嘘じゃないのよ、本当に。――だからごめんね、こうして死んじゃって。

 お母さんができる事は彩百合ちゃんがどうしたいのか、選択肢を与える事だけ。そこから先は、彩百合ちゃん次第よ』


 アナベルによって元の世界へと戻るか、それとも――。


『彩百合ちゃんの持つキーホルダーを持たなければ、彩百合ちゃんも他の人と同様に瞬間移動するわ。

 消えたお友達の元に行く事ができる……。彩百合ちゃんは、どうしたいの?』


 握り締めていた手を開き、思い出のキーホルダーを見る。

 お母さんと過ごしたかつての時間を思い出す。

 戻れるならば戻りたい幸せだった時間。


 昔にも今にも、お母さんにはもう二度と会えない。

 ありがとう、とも、ごめんなさい、とも、大好きだよ、とも、なにも言えない。

 

 この気持ちは一生、お母さんには伝わらないのだ。


「お母さんが残した、最後のプレゼント――」

『彩百合ちゃんが選んだのであれば、お母さんは満足だから――行ってきなさい』


 私は開いた天井の蓋から外に出て、手に持つキーホルダーを海に投げ捨てる。

 そして地面に投げ出されたロボットの左手に自分の手を重ねて、視界が歪み出した。


『もう一つ、プレゼントは届いたかな?』


 今度の声は私の心に直接、語り掛けてくる。

 アナベルの効果はもはやなんでもありだった。


『アナベルで占った結果、多分その時期に現れるだろうと予測されてたから伝えてはあったけど、きちんと迎えてくれたのかな? 

 彩百合ちゃんを守るためにいつも傍にいてくれたかな? ――彼女はお母さんの、孫なの。

 天真爛漫、無邪気でおバカさんで、でも誰からも好かれて仲間を大切にする……。

 その子は、彩百合ちゃんとは性格がまったく違うけど――』


 ちょっと待って。


 ……分かっちゃった。


 それって、つまり――。


『彩百合ちゃんの姪っ子だから、見守ってあげてね』


 ………………、た、タルト――――ッ!



 そして、歪んだ視界がピントを合わせるように明瞭になっていく。

 私も瞬間移動したのだ。


 そこは廃墟であったが、見慣れた瓦礫が積まれており、信じたくはないが、亜人街――。

 三番街の商店通りだ。


「どうなってんの、これ……ッ」

「来た、サヘラッ!」


 唐突に抱きしめられて視界が肌色に染められる。

 水着姿が普段着のタルトの肌に密着しているためだ。

 耳の傍で轟音が鳴り響き、訳も分からないままに私は押し倒されていた。


「こっちだタルト!」


「うん!」

 と私は抱えられたまま、答えたタルトによって連れて行かれる。


 まだ崩壊していない建物の陰には金髪の先輩がいた。

 地位的には私の方が上だけど、私にとってはいつまでも変わらない先輩なのだ。


 ただ先輩はそうは思えないようで、私を会長と呼んでいる。

 ……居心地が悪いのだけど。


「先輩、説明」

「あの人型機械に街が壊されてる。……ありゃなんだ、亜獣じゃねえだろ」

「あれはロボットだよ……って、こっちにはまだそんな技術はないのか」


 作ろうと思えば作れるだろう。

 人間が親切にも絶滅前に開発してくれていたのだから。


 ロボットがあるなら兵器と呼ばれる物は大抵作れている気がする。

 絶滅した理由が亜獣に対抗できる力を得て調子に乗り、亜獣に喧嘩を仕掛けた……なのだから。


 強大な力が挑む原因を作ったと思えば、あっても不思議ではない。

 あると断定してもいい。


 しかし亜人たちは見つけられなかったのか、必要性を感じなかったのか……、

 兵器も乗り物も作ろうとは思わなかったらしく、亜人街にはない。

 持ち運びやすい拳銃はさり気なく頂いてはいたが。

 武器を持ちはするが兵器は持たないのだろう。


 無意識に避けていた無知が、今のこの対処できていない状況に繋がっている。


「中には誰が乗っているの……?」

「中に……? おいおい、中に誰かいるのかよ」


 ダメだ、先輩じゃ話にならない。

 賢い三つ子はいないのか。


「あいつらは、それがな……」

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