#48 受信する【親子愛】

 蓋を叩く音に気づいた隊員が駆けつけてくれた。

 タルトが消えてしまった経緯を話すと、隊員同士でなにやら相談事をしている。

 すると次には、分かった、と覚悟を決めた声がした。


「待って……、一体なにをしようとしてるの!?」

「そこからよく見ててくれ。チャンスは六回もある。消えてしまった原因を、サヘラちゃんが見つけるんだ」


「そんな……誰も犠牲にならないって約束したはずだよ!」

「知らなかったのかい? 男ってのは嘘を吐くんだぜ?」


 そう言って、一人がロボットの手の平に触れ、タルトと同じようにぱっと姿を消した。


「ほお、面白い現象だな」

「面白くないッ――……っ」


 勝手な事をするみんなにぶつける怒りを、私は自然と収めていた。


 ……現象。


 その言葉。


「これは、人間が残した遺物なんだ……アナベルである可能性は高い……っ」


 隊員たちはこれがアナベルであると分かって私にチャンスをくれたのだ。

 アナベルであれば、仕組みが分かれば消えたタルトたちを助ける事ができる。


 理不尽に人を消して殺す……そんなアナベルがあるわけがない。

 バランスがあるのだ。


 シスターはあの時に説明をしてくれた。

 理不尽には救済措置があるのだと。


「……みんな、続けて」


 だから視るんだ。

 みんなの厚意を無駄にしないように目をこれでもかってくらいに凝らす。


 だが、全員が消えても私が得られた答えは一つもない。

 この場からただ消えただけにしか見えなかったのだ。


 瞬きをせずに乾いた瞳を瞑って背もたれに体重を預ける。

 ……残された。


 私は外界で、しかもコックピットの中という密室に閉じ込められた。

 みんながいない今、被害を考えずに片っ端からスイッチを押せるのだが……。


 スイッチに手を伸ばしたところでノイズが聞こえた。

 通信……? 

 途切れ途切れに聞こえていた声がやがて鮮明に聞こえてくる。

 スピーカーからの声は、聞き覚えのある声だった。


「……え、あれ? お母さん……?」


『あ、この通信は一方的なメッセージだから返答できないからね。

 彩百合ちゃんがこの場にいるからこそ発動するアナベルだから、分かっているのかもしれないけどね――。

 ごめんね』


 母親が謝るという事は大半がろくでもない事なのだ。

 昔からの知恵にうんざりしていると、


『――お母さん、こっちに来て死んじゃった』

「死んっ、ちょッっと、なに言ってんの!?」


『だから、死んじゃったの』

「二回言うな!」


 というか一方的なメッセージのはずだよね? 

 なんで会話みたいになってるの。


 私の返答を予想して録音したのであれば、転がされている事に腹が立つのだけど。


「私を、私だと認識して発動するアナベル……」

『大事に持っていてくれたなんてお母さん嬉しい。大事な思い出だもんね、そのストラップ』


 私はポケットの中を探って、触れたものを取り出す。

 確かに思い出のストラップ、と言うには私もそこまで大事にはしていなかったけど……。

 確かにお母さんとの思い出はこれが最後だったかもしれない。


 これを買ってもらって、すぐにお母さんは離婚して私の元から離れたのだから。


「……私も運が良いな」


 たまたま何着もある中の一着にストラップが入っていたのだ。

 入れ直したりしない私が違うセーラー服を着ていれば、ここまで来てもアナベルは発動しなかった。

 だから私もお母さんも、運は持っているらしい。


 思い出のストラップを握り締める。


『彩百合ちゃんが儀式によって消えちゃった後ね、お母さんも同じように追いかけようと儀式をしたんだよ? 

 処女じゃないから失敗するかと思ったけど、お母さんもここに来れたんだ』


 ただ、


『お母さんが来た時は彩百合ちゃんが飛んだ時代よりももっと昔だけどね』

「失敗してるじゃん。処女じゃないからじゃないの?」


 そんなツッコミも、一方的なメッセージなので相手には伝わらない。


『来たはいいけど彩百合ちゃんはいないし元の世界にも戻れないし、だからもういいやって。

 こっちの世界で暮らす事にしたの。居心地も良いし、好きな人もできたしね』


 母親の恋愛事情を聞かされたくはない。

 私もそうだけどお母さんも強かだよね。


『で、結婚して……その人は亜人なんだけどね。それから二年くらいかな……人間が絶滅しちゃった時は驚いたよ。実際はお母さんがいるから絶滅はしていないんだけど……亜人のみんなが人間を恨んでいたから内緒にしちゃったっ。だからお母さんも亜人って事になってたの』


「私と同じ事を……でも人間が亜人だけの場に放り出されたらそうするのかな」

『そしてその後、お母さんも協力をして彩百合ちゃんが良く知る亜人街を作りましたのさ! ねえねえ、褒めてもいいんだよ?』


 どれだけ貢献したのか知らないけど、凄いとは思う、よ。

 目の前にお母さんがいれば素直に褒めていたとは思う。

 でも、いないんだから仕方ないよ。


『へへっ、ありがとね』

「……褒められたと思ってるの? 私がこんな事で見直すとでも思っているのかな」


『そんなことより! アナベルについて説明しなくちゃね。

 びっくりしているかもしれないけど、多分お友達かな……が消えちゃったと思うけど、違うからね。ただの瞬間移動なの』


「そんなことよりって……勝手に喋ったくせに。……ええっと、瞬間移動?」


 理不尽に消えて殺されたのでなければなんでもいいけど。


『彩百合ちゃんが乗っているそのロボットがもう一機あるはずなんだけど……、

 そっちに瞬間移動するようになっているの。彩百合ちゃん以外は』


「以外……? え、私は?」


 一方的なメッセージでも、私の問いかけと返答のタイミングはばっちりだった。


『彩百合ちゃんの場合は瞬間移動でも、元の世界へと戻れます』


 お母さんは言った。


『お母さんが死ぬ間際に思った事は、やっぱり彩百合ちゃんの心配だったからね』

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