#50 ……最後の黒幕
先輩に案内された場所は地下にある避難所だった。
負け犬通りとは違う、亜人街に危険が迫った時に使う緊急用の穴倉なのだ。
二十年前にあったらしい、亜人街に亜獣が侵入した時も、この穴倉を利用して被害は最小で済んだ。
ただ、それによって多くの死者が出たとは聞かされている。
お母さんももしかしてその時に……。
今は、お母さんの軌跡を辿っている場合じゃない。
蟻の巣のように入り組んでいる道を、先輩も覚えていないためにうろうろしてしまったが、なんとか三つ子の姿を見つけられた。
……介抱しているのはシラユキだった。
三人並んでいる三つ子は、包帯に血を滲ませながら苦痛によって呼吸が荒い。
「みんな……」
周囲には怪我をした住民が多い。
軽い傷から重い傷まで。
明かりの少ない薄暗い穴倉には苦痛に耐える呻き声、家族の姿を見て悲しむ人々の声が飛び交っている。
医者が先導して治療をしており、医者ではない人も率先して治療行為を手伝っていた。
「「「会長だ」」」
「無理しないで休んでて。私も一緒に介抱するから」
ありがとう、と三人に言われて笑顔が零れる。
シラユキの手伝いをするために身を寄せた。
「先輩、外の状況は?」
「ああ、もう安心だ。テュア隊長が戻って来てくれた」
遅い、と思ったが、瞬間移動ではなく走って戻っていたのだ、速い方だろう。
しかし、先輩の口ぶりや周囲の綻んだ顔は嫌な予感を助長させる。
気持ちは分かる。
テュア隊長ならばなんでもこなしてくれると信じさせる力がある。
人徳以上に実績があるのだから、勝ってくれると信じられるのだ。
だけど、だからこそ恐い。
もしもテュア隊長でもダメならば、一体、私たちはなにを拠り所にすればいいのか。
「あ……、マスターも介抱をしているんだね――あれ、でも向こうは外なのに……」
母親の行き先をシラユキに聞くと、一心不乱に介抱しており、私の質問など届いていないかのような反応だった。
濡らしたタオルを三つ子の額に乗せて、体の汗を別のタオルで拭く。
「ねえ、シラユキ。マスターが外に向かったけど……」
「え……、サヘラ、さん。……でも、わたしはお手伝いをしていないと……」
ただの雑談のつもりだったのだが、まるで避けるように私から離れて別の人の介抱をするシラユキ。
……こんな状況になってシラユキも普段通りにはいられないのかもしれない。
普段よりも積極的になっているのは皮肉にも感じたが。
シラユキは諦めて、先輩に三つ子を任せて私はマスターの後を追う。
穴倉の出口付近で追いついたマスターに声をかける。
「マスター……、一体どこに……?」
「ねえ、サヘラ。あの子はどんな様子だった?」
あの子とは、もちろんシラユキの事だろう。
いつもと様子がおかしい事を当然のように気づいていた。
自分でシラユキに声をかけないのは、これ以上、プレッシャーになっては困るのだと言う。
「余裕のない感じだったでしょう? 多分、自分がやらなくちゃいけないって気負ってしまっているのよ。
私が任せてしまったから……期待に応えようと頑張ってしまっている。
確かに任せた仕事を果たしてくれるのが一番なんだけど、それであの子が壊れてしまっては意味がないのよ。
あの子は今、助け合いを否定してしまっている……」
「でも、この前、重圧による恐怖は克服したはずなんじゃ……」
シラユキとマスターは和解したはずだ。
母親からの期待に無理に応えようとするシラユキではなくなったはずなのに……、
今は昔の再来と思ってしまうほど、萎縮して無理に責任を果たそうとしているように見える。
「無理に応えようとはしていないわ。あの子は自分の意思で応えようとしてしまっている。
萎縮も恐怖心もないと思うの。ただ、無理をしてしまっているだけなのよ――」
頑張り過ぎている。
……人の事ばかりを考え、自分を蔑ろにして。
――だから。
「サヘラ、あの子をお願いできるかしら?」
「いいけど……マスターは、これからどうするの?」
「久しぶりに集まった三人を見守ろうと思うの。私、一応あの三人の保護者代わりなのよ?」
私はマスターを見送り三つ子の元へ戻る。
周囲で忙しく働くシラユキの手伝いをしなければならない気がして、ずっと寄り添っていた。
シラユキが負担を感じないように意識をして介抱を手伝い、そこでふと気が付いた。
……そう言えば、タルトは?
【一方、タルトは】
穴倉から出たタルトは信じられない光景を見る。
プロロクとロワが人型機械に敗北し、倒れていた。
一人だけならば、驚きも今の半分以上は抑えられるだろう。
だが、テュアまでが力で負けるところなど初めて見た。
ロワの鱗は砕き剥がれ、プロロクの隠密は遮蔽物ごと薙ぎ払われ、テュアの爪は鉄の拳によってひび割れてしまっていた。
近くにいる、崩れた建物の壁に背中を預けるロワの元へ。
大丈夫、まだ息はある……安堵の息を吐くタルトだったが、このままここに放置をするのはまずいだろう。
だから言った。
「フルッフ、場所を変えようよ」
『そう言えば、お前が一番、邪魔ではあるんだったな……』
人型機械から聞こえる声。
中にいるのがフルッフであると、倒れている三人が確信を持つ。
信じたくはなかったのだが。
動かない証拠であるのは本人たちが一番よく分かっている。
その真実を見過ごす三人ではない。
しかし体へ蓄積されたダメージのせいで声を出すのも一苦労だった。
そんな中で唯一声を出せたのは、やはりテュアであった。
動かしただけで痛みが走るだろう手を地面について体を起こそうとするが、タルトに肩をつんっと押されて、体勢を戻されてしまう。
「タル、ト……ッ、なにをするつもりなんだ……ッ! フルッフを、お前は――」
「フルッフのしようとしていること、わたしは分かるんだ。
だから友達としてそれを止めないと。たとえ殺してでも止めるのが友達ってものなんだからね」
違う、とテュアは答えるつもりだったが、そこで気が抜けたように力が入らなくなる。
視線をタルトへ向けるのも満足にできない。
仰向けになったおかげで倒れるプロロクとロワの事を見る事ができるが……、
そこでもう一人、フラウスの姿を見た。
血だらけの手を伸ばして意思を伝える。
……タルトを、止めてくれ――。
しかしフラウスは腕を組んだままフルッフとタルト、二人の動向を見守っていた。
「フラウス、お前……」
なんで。
……あの二人の対立を見て、笑っていられる?
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