#51 毒に濡れた言葉の刃
フルッフと対面する前、タルトはフラウスに呼ばれて二人きりで話をしていた。
明かされた真実は信じられないようなものだったが、その理由にタルトは納得できた。
「あの人型機械の中にはフルッフがいるわ……。今はあの子の意思で、破壊活動を行っているの。
……理由? フルッフがこうまでするのはサヘラのためでしょうね。
かなりやり過ぎだけど……、もうあの子自身、止めようがないのかもしれないわ……」
「どうしたらフルッフを止められるの?」
「フルッフを倒すしかない。あの機械を破壊すればこれ以上は誰も傷つく事はないし、まともではないフルッフを気絶させてしまえば、あの子が暴走する事もないわ。最悪、殺してでも止めないと。物騒な言葉だけどね……、友達だからこそやるべきなのよ」
「殺してでも、止めるの……?」
「殺せ、とは言っていないわ。殺す気概でいきなさい。でないとタルトは手加減をしてしまうでしょう? それがフルッフの付け入る隙になるの。止めるどころかこちらがやられてしまうわ……言ったでしょ、今のフルッフは、サヘラ以外は見えていないの」
たとえ幼馴染のタルトでさえ、見えていないほどに。
「サヘラがいなくなれば、フルッフはタルトだけを見るかもしれないわね」
「それはダメだよ、意味がないもん。サヘラがいてフルッフがいて――わたしがいるの」
この輪は崩したくないの、とタルトは力強く言った。
フラウスは頷いた。
そうよね、と相槌を打ち、
「なら尚更、タルトが止めるべきよ。
自らを滅ぼす危険性のあるフルッフを、暴走する機械の二次災害によってサヘラを、失わないために。
フルッフを逃がさないようにずっと捕まえていたのはタルトなんだから、人の道をはずしそうなフルッフの手を掴むのも、またタルトであるべきなのよ」
フラウスがタルトの頭をぽんっと撫でる。
んふぅ、と気持ち良さそうに顔を綻ばせるタルトは、自分の手の平を見つめ、握る。
「サヘラ、フルッフ……、みんなのために、殺してでも止めるのよ」
「うんっ、殺してでもフルッフとみんなを助けるよ!」
タルトは違和感を抱かなかった。
言葉の綾であるものが自然と方法とすり替えられていても気づかなかった。
目的と方法が矛盾している事に疑問を持たずに足を踏み出す。
小さくなる背中を見送りながら、フラウスは呟いた。
近くに誰もいない事を確信して。
確信していただけで確定ではないのだが――、
「……やっぱり嫉妬を利用するのは無理でも、誰かのためになるなら……、扱いやすいわね」
自然と出る笑みに自覚はなかった。
「最高は共倒れ……どちらか一方が残っても、私なら誰でも丸め込めるでしょうね」
それから、タルトの背中を追うフラウス。
彼女は後ろの背景の一部に二人が紛れている事に、気が付かなかった。
透明でも隠密でもない、母親に比べれば粗の多い景色の綻びは見れば分かってしまう。
だが、そもそもでこちらを見ていなければ、ばれようのない特性だった。
イカの亜人が得意とするその特性の名を、『擬態』と言う。
住民はみな避難し終わったため、どこに行こうと誰もおらず、戦うに支障はない。
商店通りからは離れたが、まだ三番街。
包囲壁に近い端っこの方だ。
歩みの遅い人型機械を待っていたタルトが、建物の屋上へ上がってフルッフが乗り込んでいる頭に目線を合わせる。
試合ではないのだ、合図など鳴らされない。
鉄の拳がタルトがいる建物を破壊する。
タルトはその時には既に伸ばされた腕を疾走しており、肩のところで跳躍。
両手を組んでハンマーのように機械の頭を、ゴォン、と響くように打ち付ける。
しかし打った意味などないようなものだ。
テュアで破壊できない装甲をタルトで破壊できるはずもなく、軽く振るわれた機械の腕に触れて、地面に勢いよく叩きつけられた。
その操作もタルトがコックピットを襲った事による衝撃で起こった操作ミスであり、そのためタルトのダメージは自業自得と言えるのだが。
人の形をした穴の中から這い出てきたタルトはぴんぴんしている。
昔から、頑丈さが取り柄なのだ。
「ねえねえ、わたしが一番邪魔なの?」
さっきのフルッフの言葉を疑問に感じ、改めて質問してみる。
『……ああ。お前が厄介事を持ってきて、僕とサヘラの仲を邪魔するんだろうが』
「でも、二人が出会えたのはわたしのおかげなんだけどなー」
タルトがサヘラを救い、フルッフへ紹介したからである。
フルッフは言い返せなかった。
まさにその通りであるからだ。
「うんうん、良かったよ。ほんとに、良かったね、フルッフ」
『なにを、子供の成長を見るような目で……ッ』
「だってそうだよ、昔はわたしが手を引かなくちゃ誰にも心を開こうとしなかったフルッフが今、サヘラ一人のために戦ってる。
大好き大好きって叫んでいるみたいな行動をしてるって自覚はもしかしてなかったの?」
コックピットの中で顔を真っ赤にして言葉を失っているだろうと直感で分かった。
動きが止まった今を狙って、タルトは人型機械の片足を重点的に叩き、バランスを崩したところで今度は頭を思い切り後ろへ押す。
人型機械は背中から倒れた。
装甲にひびを入れられなくとも中にいるフルッフを個室の中でシェイクさせる事ができる。
なにも鉄の塊を砕く必要はない。
操っている人がいるのならば、当人を戦闘不能にしてしまえばいいだけなのだから。
タルトはそれを直感で得たのだ。
『こんのッ……タルトぉッ!』
「へへっ、ここまでおいでーだっ」
幼い頃、最初はしつこく誘うタルトとそれを嫌がるフルッフだった。
やがて煽るタルトと怒って追いかけるフルッフの二人を街でよく見かけるようになった。
蛇籠会により一人を好んだフルッフを見捨てなかったのは、タルトただ一人だけだった。
それはつまり、意固地になっているフルッフにしつこくして諦めなかったのも、タルト一人だけだったという意味にもなる。
今回もそうだ。
フルッフの暴走についていけるのは結局、タルトだけなのだった。
しかしそれは、記憶を失う以前の話。
過去に消えたタルトとフルッフの思い出だ。
……記憶を失ってすぐ、不安だったわたしといつもと同じように接してくれたのはフルッフだけだった。
記憶喪失? 知らないよって。
なんでそんな事言うかなー、と思ったけど、逆に親しい感じで遠慮がなくて、わたしは嬉しかったんだ。
みんなが気を遣う中、フルッフだけが記憶のない私も同じ私として見てくれた。
……救われたのは、わたしの方なんだよ?
支え合っていたからここまで来れた。
タルトもフルッフも、お互いが必要なのだ。
『……なんで、タルトまで排除しようとしているんだ、僕は……』
「――大切なフルッフを、わたしはなんで殺そうとしていたの……?」
二人の動きが疑問で止まる。
知らない、あるはずのない常識が頭の中にいつの間にか挿入されたような気持ち悪さ。
いつからおかしかった?
殺す、なんて言葉は普段使わないタルト。
サヘラを独占しようだなんて気もフルッフにはなかった。
なぜそんな言葉が頭にあったのか。
「「自分から言っていないなら、じゃあ、誰かから聞かされ、言わされた……?」」
まるで周囲の言葉と馴染むように、凶暴性のある言葉が溶け込むように。
それもまた、『擬態』するように……――。
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