#10 事件発生
「テキトーに見繕ってきてあげたぞ――って、あれ……?」
シスターが、目利きして選んだアナベルを持って合流する。
初対面の相手にびっくりし、すかさず隠れたシラユキだったが、シスターは気配を見たかのように視線がタルトの後ろへ向かう。
タルトの背中へ首を回すと、シラユキが見つからないように反対側の死角へ移動する。
シラユキを追って反対側へ顔を回すシスター……行ったり来たりのやり取りが数回続き、遊び飽きたシスターがタルトごと抱き着いてシラユキを捕まえた。
「小さいのが増えてるなあ」
「持って来たアナベル、地面に散乱しているんだが……」
抱き着く際に全て腕からこぼしていた。
幸い壊れやすい物はなかったので傷ができても性能にまでは影響は出なさそうだ。
筆、靴、絵画、本、杖……地面に落ちているそれらをフルッフと共に拾う。
その間にもシスターはシラユキにぐいぐい迫っていた。
「お名前は?」
「し、シラユキっ、……です」
「んー、髪質と名前から……カフェのフラウスの娘ちゃんか」
「あ、シスターはマスターの事知ってるんだ」
まあねー、と頷くシスター。
シスターとマスターだからね、と言うが、関係ないだろう……それで納得するのはタルトだけだ。
「なるほど!」
「あぁ、やっぱり――で、シスター。これが全部アナベルなの?」
「うん。視たらそうだったねー。特に強い怨念が込められているのを厳選したつもり」
微弱な怨念もあったが、それらは全て省いたと言う。
だそうだけど、とフルッフに聞くと、
「こればっかりは視える人にしか分からないものだからな、信じるしかない」
「疑っていたなんて酷いなあ」
「だって私たちには確かめようがないから楽をしようと思えばできるし。シスターは一番しそうだったし」
「自分がそういう事をする人間じゃないと思いつかない発想だね」
間違ってはいないね。
私だったらする――だからシスターがする可能性もあった。
そうするだろうという前提で待っていた部分も実はある。
結局、期待はしていなかった。
「これはあれかな、仕事として認められていないわけ?」
「……払うよ。プラシーボ効果かもしれないが、なんかありそうな感じはする」
「……まあ、それはなんとなく」
熱気というか、蜃気楼というか。
もわっとしたなにかが物体から出ているようにも視える。
「サヘラは視えてるんじゃない?」
「視えてる……、アナベルが?」
シスターはあっさりと、うん、と頷いた。
「私はアナベルを見て『十』の力でそれがアナベルだと判別できる。でも実際、十だろうが一だろうが、力そのものがあれば他と違うというだけでアナベルの判断はできるわけ。中身まではどうせ分からないんだからね。正直、素質があって十の力を持っていようが、出せる結果は一の力を持つ者と一緒になるから、なんか損した感じなんだよねー」
十を持つ者ほどそれがアナベルだと確実に分かるわけではないが、私の瞳にもアナベルが映っている、と?
手に持つ物とフリーマーケットに出品されている商品を見比べる。
……誤差の範囲じゃないか、と思ってきてしまった。
微弱ではっきりとはしない。
自力で判別する事はできなさそうだが、これがアナベルだと自己申告してきた相手の嘘くらいは見抜ける精度ではあるだろう。
つまり今回、シスターは嘘を言っていない事を私が証明してしまった。
「なにか言う事があるんじゃない?」
「……すいませんでした」
大口を開けて笑うシスターは楽しそうだった。……屈辱っ。
「さて、遊び疲れ――ごほん、仕事は果たした」
「おい、前半分」
「遊び感覚で仕事をするなよ……」
私とフルッフのツッコミが炸裂。
「お堅い頭をしてるねえ。結果を出していれば構わないじゃないか。あ、そうそう、今回手伝ったんだから今度フルッフのところ利用する時、おまけしてよね」
「僕に依頼をした事なんかないじゃないか。まあ、来たなら少しはおまけしてあげるよ」
「無償の手伝いじゃなくて仕事を頼んでお金を払ってるんだから、特別扱いする必要もないのでは……?」
口を挟んだ私に、フルッフは小声で言う。
「社交辞令」
「私にも聞こえてる。いいけどね――じゃあ、私はここで解散させてもらうよ」
シスターが身を翻す。
フリーマーケットに集まる人混みの中に紛れ込もうとした。
「シスター、助かった、ありがとう」
「亜人街は助け合いだぜ? それとサヘラ――細かいところも視ておきなよ」
そう言って、人混みの中に埋もれたシスター。
もう既にどこにいるのか分からなくなった。
……最後のアドバイスの意味は、そのまま捉えるとして。
普段から観察を怠るな、という事かな?
とにかく注意深く見る事を意識しよう。
「それじゃあ、家に戻ろうか」
「回収したそれ、調べるわけ?」
アナベルを見分けられても、宿った怨念が作り出す力までを解明できる者はいない。
ここから先は予測不能。
進むも止まるも私たちの意思は関係ない。
アナベル次第だ。
そして三日が経った。
フルッフはアナベルの解析に悪戦苦闘しているらしく、ここ数日会っていない。
部屋に遊びに行くとストレスの溜まったフルッフに八つ当たりをされるのだ。
手伝おうにもフルッフの思い描く手伝いができるわけもなく、家事ができるわけではないので、つまりは役立たずなのでおとなしくしているのが一番のお手伝いであった。
タルトを抑えておくのも立派な仕事と言える。
その間、タルトと共に仕事――をしているわけでもない。
タルトが仕事を受けるのは、なにもマスターの一人からだけではないのだ。
一か所に仕事がなくとも数か所をはしごすればなにかしらの仕事は見つかる。
マスターになにかがあっても困る事はない。
だが私とタルトは仕事もせずフルッフの手伝いもせず――じゃあなにをしているのか。
知らぬ間に事態は急展開していた。
シラユキと共に、私たちはとある手がかりを探す。
時間制限は刻一刻と迫っていた。
――シラユキの母親であるマスターが、現在、容疑者として勾留中なのだ。
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