#11 冤罪から守れ!
亜人街――とは別に、
生活するにあたって
亜人街の中での最高機関になるのだ。
そのため市役所の頭である市長がそのまま亜人街の頭になる。
まだ、当人と私は会った事も見た事もなかった。
噂では、最年少市長と言われている……、すれ違う時に会話を盗み聞きした。
性格もきつく感情によって決定を覆さないタイプなので信頼できる反面扱い辛いとも周囲は思っているらしく、少なからずの不満はあった。
だが、彼女以外は考えられない、不安になるという意見も多く、なるべくしてなった人材なのだろう。
人気投票だからこその人選となった。
味方には優しく敵には容赦がない。
自分の立ち位置によってがらりと印象が変わる。
そして敵には容赦ないを言い換えれば、濡れ衣だとしても容赦がない。
今、マスターにとってはかなり苦しい状況だった。
――市役所務めの公務員がカフェにやって来たのは、昨日の事だった。
二日前、街の中で無差別に人が気絶するという事件が起きていた。
思われていた――という修正点がある。
無差別だと思われていたのだ。
彼らに特筆するべき共通点はないと早計のまま放置していたが、共通点に気がついた者がいた。
気絶した成人男性は全員、カフェゆきつけの常連客だった。
全員が気絶する直前にカフェに寄っており、そして気絶する被害者の第一発見者が全て、マスターだった。
正確には複数いる第一発見者の内の一人に、マスターが数えられる。
偶然だった?
しかし必然性と因果関係を考えるのが市役所の専門家だった。
直前にカフェを訪れ、気絶する直前にマスターがその場にいなければならない事を考えると、気絶する原因にマスターが第一候補になるのは当たり前だった。
市役所は騒ぎの鎮静化のためか、マスターを犯人にして解決する策で進めようとしているらしい。
いくら鎮静化のためでも人一人を犯人扱いするなんて……だが公務に罪悪感も同情もない。
なぜなら状況を調べれば、マスターにしか手を下せないのだ。
決定的な証拠よりも消去法により残ったマスターを犯人と決め付けた。
手錠をはめられる際、マスターはもちろん無罪を主張した。
しかし当然、受け入れてはもらえなかった。
マスターの言葉に力はない。
だからマスターは身を任せた。
半ば諦めるような様子で顔を俯かせた。
そんな顔を上げさせたのは、シラユキだった。
――待っ、て……待ってください!
シラユキは震えながらも大きな声で叫んだ。
頭の勢いは良いが最後の声はやがて萎んで聞こえ辛い。
だが、聞こえなくとも言わんとしている事は誰もが分かった。
シラユキは宣言した。
――お母さんが、犯人じゃない証拠、見つけ、ます……っ。
毎日、事件も少ないわけではない。
与えられた猶予は二日。
――つまり、今日まで。
マスターの人生が私たちの結果にかかっている。
時間制限は夕方の四時まで。
現在は昼を回り一時になりかけている。
残りは三時間……できれば二時間と少しで手がかりの先、無罪の証拠を見つけたい。
だが手詰まりだった。
昨日、シラユキに助けを求められ、できる限り私とタルトで奔走をしてはいるけど、結果は芳しくない。
半日を費やしても手がかりの一つも見つからない。
そして今日も同じだ。
私たち三人は臨時休業でがらんとしているお店のカウンターにだらんと体を突っ伏す。
焦りばかりが増えて頭が回っても考えが合っているのか……。
「被害者は五人……ゆきつけの常連客で、お店を出た後、マスターがいた場所か、その近くで気絶している……。お店を出た後で、気絶する時間までの五人の共通点はないし……うーん」
証拠を見つけるにあたって役所員の人に聞いた情報をまとめた紙を、何百回と見たがまたいつものように上から読み直す。
情報――これこそフルッフの出番だろうが、アナベルだけでも見て分かるほどに疲れているのに、とどめを刺すような真似はしたくなかった。
それでも最悪は、フルッフにも助けを求めるつもりではいるが。
だが、まだ、大丈夫。
いや、時間的にもぎりぎりだから大丈夫ではないが、挽回できる猶予はまだある。
カウンターの向こう側、シラユキが立ち上がる。
「被害者の方が、たおれていた場所、また見てきます……っ」
「何度も行った。それでも見つからない手がかりなら、そこにはない。それか、見ている私たちに足りないものがあるんだと思う」
手がかりも証拠も、現場にあっても、ただ私たちが見過ごしているだけかもしれない。
何回も現場を見て観察しても、それは決して得られない。
見る私たちも一歩前に進み、変わらなければならないのだ。
「じゃあ、どうすれば――っ」
「なんで急に気絶したのかな? 二日前でしょ? マスターになにか変化があったの?」
タルトが言った。
考えもしなかった視点がこのタイミングで出された。
目的のために切り捨てていた、切り捨てるべきだからこそ見ていなかった点を、タルトはごく普通に疑問に思っていたらしい。
マスターを冤罪から守るためなのだからマスターが犯人である可能性を考えない。
でも、マスターが犯人だった場合を前提に考えたらすんなりと答えが出るかもしれない。
「こういう時、違う思考回路を持っている人がいると助かる……」
できれば馬鹿の方が。
理解力のない者は最初の場面で足踏みをしている。
だからこそ思考の迷宮から逃れられなくなった時に引き戻してくれる。
初心の心を思い出させてくれる。
タルトの意見に、しかし今度はシラユキが不満を見せた。
母親の有罪無罪がかかっていると、シラユキも口が回るようになっていた。
「お母さんを、疑っているの……? 犯人なのに、違うって、嘘を吐いているって!」
カウンターをばんっ、と両手で叩く。
ふーっ、ふーっ、と息を荒くし歯を噛みしめる。
「ごめんねシラユキ、そういう事じゃなくて――」
「そうだよ疑ってる」
サヘラッ! というタルトの常識的な意見も今は聞き捨てる。
マスターは無罪だと前提で動いているけど、今更思う――なぜ冤罪だと決めつけた?
正直、共に過ごした日々は浅い。
マスターの意見を信じるには、私の信頼は少ない。
嘘を吐いていると思うのが普通だと思うけど……親子でもなければね。
「マスターが無罪である証拠を見つけられない理由を言えば、有罪だからじゃないの?」
「違う! そんなはずないよ! お母さんは、だって優しくて、誰かを傷つけるような事は絶対にしない……っ」
「本当に? シラユキ自身がマスターに傷つけられていないと、言える?」
シラユキが目を伏せた。
一応出した、……うん、という頷きも声が小さい。
「仲の良い親子に見えるけどさ、たまにちょっとピリッとするよね。マスターに自覚はないんだろうけど。シラユキの方が過剰に反応しちゃっている感じ」
怯えたシラユキに反応して、マスターも無意識にむっとしている時がある。
怯えは伝播する。
勝手に加害者にされればイラッとする事もあるだろう。
表には決して出さない優しいマスターだからこそ、漏れ出た時の破壊力が強いのだ。
タルトは首を傾げている。
……だろうね、鈍感なタルトじゃ分からない。
繊細な部分の話だから。
それに直感ではあるけど、シラユキには私に似ていると第一印象を持った。
その理由は人に合わせてしまう癖があるから。
話の流れに沿う、空気を読む――人の期待に応えようとする。
でないと相手を不愉快にしてしまう……そんな脅迫観念からシラユキは『しなければならない』マスターの要求に怯えるようになった。
その気持ちはよく分かる。
まあ、私は嫌になって全部投げ出してきたんだけど。
シラユキはかつての私の状態をそのままを今もなお続けているようなものだ。
「そんなことはない? 違うならそう言ってくれればいいよ。私の推測だし」
シラユキは否定しない。
椅子にとすんと腰を下ろし、ぼそっと呟いた。
「わたしのせい……、で、お母さんは、あんな事を……?」
「いや、なんでそうなる」
おい、娘が母親の有罪を認めるな。
無罪を疑ってはいたけど有罪を信じてはいない。
「じゃあ、どうしてこんな話を……?」
「無意識だった場合はどうするのかなって」
「あっ、そっか。マスターが犯人でもわざとじゃなかったらどうしようもないもんね」
タルトが冴えていた。
マスターが無意識にシラユキを怯えさせてしまっているように、今回の事件もマスターの意思とは関係なく相手を気絶させてしまっているとしたら――。
「わっ!?」
と、三人で驚いた。
――店の電話が鳴り響く。
慣れた手つきで電話を取るシラユキが、はい、はいと頷き、それから私を手招いた。
私は立ち上がって受話器を受け取り、耳に当てる。
『僕が悪戦苦闘している間に厄介な問題に顔を突っ込んでいるらしいね』
フルッフだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます