#12 手札は揃う
「そっちは順調?」
『さっぱりだね』
じゃあなんで電話してきたんだ。
からかうならもう切るけど?
『難航していそうなサヘラたちを手伝う事でこっちの気分転換になればいいかなって』
そんな魂胆が。
まあ、ウィンウィンになるのなら構わない。
――それで?
『こっちはうんともすんとも言わない物ばかり。でもそっちのはなんともアナベルっぽい状況じゃないかい?』
――アナベルっぽい?
『たった一日で五人も気絶するかい? しないだろう。いや、可能ではあるが、決定的な証拠が見つかりそうなものだ。なのに犯人を特定する物的証拠が一つもなく、しかし犯人はこの人しかいないという消去法ではあるが状況証拠だけがあり、それがある一人をはめるような形になっている――ほうら、アナベルっぽい』
「あのさ、酔ってる? テンションがいつもより高めだよね」
『徹夜してるからおかしいんだ、頭が』
「ふーん、そう」
『ん? もしかして邪魔をしてしまったか?』
「いいや。ナイスタイミング。ありがとう、フルッフ」
受話器を置き、一方的に電話を切る。
アナベル……呪いの道具。
二日前のマスターの変化を調べるのも含め、もう一つ――、シラユキにも用がある。
「は、はいっ」
「フリーマーケットで買ってあげたネックレス、ちょっとよく見せて」
びびっと来た感じがしたのだけど、見せてもらったネックレスをよく視てもそれがアナベルなのかは分からなかった。
たとえばこれがアナベルだとしても、怨念が微弱であれば私には視えないらしいし……。
シスターを呼ぶのは……、手段の中には入れておこう。
進んだと思えば停滞する、時間も刻々と過ぎていく。
もどかしい現状だ。
「二日前のお母さん……。なんだろう……、いつも通りだったけど……」
いつも通り、ね。
でもアナベルの可能性を考えれば、その日もしくは直近で新しく得た物を探すべきだ。
「食材なら毎日届く、から――」
それらを全て確認するのは骨が折れるが、しないわけにもいかないだろう……。
「いや、でも――うーん。アナベルって、でも、その場にあるからこそ特殊な条件下空間が発動するんだよね?」
と声に出して言うが、シラユキもタルトもなにも返してくれない。
そうか、こういう知識をフルッフから得たのは私だけなのか。
まずいな……私一人だけじゃさすがにアナベルの解読なんてできない。
「……え、あの」
「シラユキ、一緒に考えて」
というか、自分の母親を助けるためなんだから同じ労力を使うべきでしょ。
時間のない中、一から説明するのはあまりしたくはないが、これからの効率を考えれば説明しておいた方が後々役に立つ。
立ってもらわなければ。
そんなわけで私が知っているアナベルについて、全てをシラユキに叩き込んだ。
アナベルを知っている者は限られるために、当然シラユキは存在を知らなかった。
改めて、シラユキを含めてアナベル探しをするが、凡人のシラユキには見分けがつかないらしい。
だからシラユキは数日前の周囲の変化を思い出す事に集中してもらい、
「タルト、今の話、聞いてた!?」
「聞いてたけど、アナベルとかさっぱり!」
良し!
ではないが、余計な考えをされるよりもタルトには肉体労働だ。
「被害者五人が気絶した場所に連れて行って! 全速力で! もう時間がない!」
残り時間を考えると、現場に行き、調べて、答えを導き出す――間に合うかどうかっ。
「うん! じゃあシラユキ! 行く前にコーヒーを一杯!」
「いいから行くっつってんの! 急いでるって今言ったじゃん!」
落ち着きを取り戻すために二人で飲んだけど。
コップの大きさの違いになぜか興味津々のタルトはマジで今の状況を考えろ。
現場にアナベルは視えなかった。
今になって思うが、アナベルとは人間の怨念が込められた物体である。
亜人たちが独自で作り上げた物には宿っているわけがない。
アナベルを素材にして新しい物を作った場合は可能性があるかもしれないが、五つの現場にはそれらしき物もなかった。
外界から得た物となると、限定される気がする……それは一歩前進にも感じるが――、
「時間だ」
私とタルトの背後から声がかかった。
振り向けば、シラユキがとある女性の後ろに立っていた。
彼女は黒色のドレス、輝く銀髪、左右の瞳の色が違う、まるで人形のような女性。
少女ではない。
身長の高い成人女性だ。
しかしそのファッションに違和感がない。
ゆっくりと近づいてくる女性に、私たちは見下ろされる。
「初めまして、ですか。亜人街亜木内市市役所――市長のロワ、と言います」
……市長。
亜人街の、頭となる女性。
「ではご同行を。容疑者フラウスの娘であるこの子があなた達の同行を願っていましたので」
咄嗟に時計を探す。
――もう夕方の四時を過ぎていた。
間に合わなかった……っ。
もう少し。
もう少し時間があれば、無罪を証明できたかもしれないのに……っ。
「最初に言っておきますが」
市長が背を向け、歩き進めながら私たちに忠告をする。
同行をしながら、私たちは逆転の目を潰されたと実感する。
「決定的な証拠がなければ、覆りませんので」
それから先導され、市役所の中に足を踏み入れる。
場所は二番街、商店街とは違うが声は多い。
騒がしいとは違い、無駄のない指示同士が交差しているために重なって聞こえ、うるさいとは感じない。
一人一人の声がよく聞こえて内容が判別できる。
商店街の声は誰がなにを喋っているのかなど分かったものではない。
人数の差はあるが、簡潔に分かりやすくを意識しているため、そりゃ分かりやすいようにはなっているだろう。
「彼女は?」
「部屋に待機してもらっています」
そう、と頷き、合流したスーツ姿の大男と共にとある部屋の前に辿り着いた。
「結論を言い渡すだけですので、あなた方が着いて来る必要性はありませんが、そういうわけにもいきませんか。身内の有罪を、目の前で受け止めなさい」
有罪なんかじゃないッ!
そう誰もが言いたかったが、確かな証拠がない以上は口を出す事ができない。
シラユキが私の手を握る。
私はタルトの手を握った。
握り返してくる感触。みんな不安なんだ。
扉が開いた。
ガラスの向こう側には、両手に手錠をかけられたマスターの姿があった。
「お母さ――」
駆け寄ろうとしたシラユキを止める――私に意思はなかった。
左手が引っ張られ、体が持っていかれる。
そのため、右手がシラユキを引っ張った形になったのだ。
急に重くなった左手は、タルトの手を握り、握り返されていたはずだ。
「…………タルト?」
糸の切れた操り人形のように、タルトの体重が私にかかっている。
ぐったりと地面に倒れるタルトを呼びかけても、頬を叩いても、まったく反応しない。
まるで、死んでいるみたいに……違う、そうじゃない。
「気絶、していますね」
その場を動かず視線だけを向けてそう判断する市長。
被害者である五人とまったく同じ様子だと言う。
「五回も六回も、変わらないですか、フラウス」
六回目の犯行?
これが?
ガラスの向こう側で手錠を両手にはめられたマスターに一体なにができると言うのか。
事前に仕込んでいた?
無差別に誰でも良かったから、たまたまタルトに当たっただけなのか?
――直前にタルトはカフェに寄っている。
シラユキが淹れたコーヒーを飲んでいた。
気絶するための状況は綺麗に揃ってはいるが……。
「じゃあ、どうして、私は気絶をしていないんだろう……?」
人間だから。
それを言われてしまえばぐうの音も出ないが……。
――――。
そこで。
一日に五人の被害者。
五つワンセット。
私とタルトが飲んだコーヒーの違い。
数々の手がかりが、繋がる。
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