#13 名探偵、初挑戦!

「……………………あぁ、見つけた」


 見つけた、見つけた見つけた見つけたッッ!

 私は市長に思わず飛びつき、抱きしめていた。


「分かった、分かったのっ!」

「……一体、なにがだ」


 嫌がる素振りを見せないが目を細めて私を見る市長へ、解答を見せつける。

 アナベルの正体は、フリーマーケットでシラユキが買っていた、コップだ。



「コップ……? それが、彼女が無罪である証拠であると?」


 大男に首根っこを掴まれ、抱き着いた市長から剥ぎ取られた私。

 優しく地面に足を着かせてくれた大男にどうもと頭を下げながら、


「そう。シラユキが三日前にフリーマーケットで買っていたコップが、アナベルなの」

「アナベル、か……。では、根拠は?」


 市長は厳しい目つきだった。

 こうしておとなしく聞いてくれている事自体が、奇跡に近い。

 素人の思いつきに付き合う時間も義理もない。

 判決を下してすぐにでも処理をすべきだ、市長ならばそれは尚更。


 しかし聞いてくれているのは少なくとも彼女の興味を惹いたのだろう。

 ここでしくじるわけにはいかない。

 必要とされるのは強気のプレゼンだ。


「シラユキ、フリーマーケットで買った五つセットのコップ、覚えてる? 花柄のデザインが描かれていたやつなんだけど」

「う、うん……覚えて、る……」

「まさか被害者とセットのコップの数が一緒だから――そんな陳腐な理由であると?」

「惜しい。いや、ほぼ正解だけど……でも理由はもうちょっと踏み込んでるよ」


 続けて、と市長が手で促す。

 彼女の興味を惹き続けるのが続行条件なのは変わりない。


「コップを買って、次の日にはお店で利用していた。事件が起きたのが二日前……コップが使われ始めた日と被害者が出た日は同じ日になってる。気絶した人がゆきつけの常連でその後にマスターに出会ったのが条件だとしたら、もう少し被害者はいそうなものだけど、結局、被害者は五人で収まった。あ、そこのタルトは別にしてね」


 後ろで気絶しているタルトは、大男にお姫様抱っこされている。

 地面に置きっぱなしではなかった事に安心して、私は続ける。


「被害者五人の選別が、そのコップであるかそうでないかで決められる。客が少ない割にお店にコップの数が多いのはシラユキの趣味も混ざっているからだよね」


 気に入ったらついつい買ってしまうシラユキは家でも多い食器類をお店の方へ回している。

 お店なのだから多くて困る事はない。

 使わなければ食器棚でなくともしまっておけばいいのだから。


 あり得るか分からないけど、繁盛して食器が足りなくなった時に使えばいい。

 蓄えておいて損はない。

 とは言え、収納に限度はあるが、まだまだ先の話だろう。


 シラユキは趣味をばらされて顔を赤くしているが、恥ずかしい事でもない。

 年齢の割には大人っぽい趣味だし、……まあ、可愛いのでは?


「ともかく、異様に食器が多いカフェだからね、使い終わった食器を洗って乾いたからと言ってすぐに出す必要もなく、食器棚の食器を使うわけで、洗い終わった五つの新しいコップが再び客に出される事はほとんどない。一日経っても、出るかどうかは分からないんじゃないかな……。そこのところはどうなの?」


「洗い終わったら、奥にしまって、奥にあったのを手前に出して使うから……次にあのコップを使うのは、数日先だと思う……」


 シラユキからの言質を取った。


「つまり、原因のコップを使って飲んだ客は一日に限らず現在五人って事になる。ゆきつけでコーヒーを飲み、その後気絶した……被害者の五人を調べれば分かるはずなんじゃないの?」


「調べさせよう」


 市長の一言で扉の外が騒がしくなった。

 本当に役所員を動かしたらしい。

 という事は、私のプレゼンは聞くに値するものだと認められている?


 でも――ここからだ。

 ただコーヒーを飲んだだけでは証拠にはならない。

 先に言ってしまうと犯人はこの中にいる。

 でも、そこに悪意がない事を証明しなければならないんだけど、それがかなり難しい。


 涼しい顔を崩さないように。

 呼吸もゆっくり。

 ギリギリの綱渡りをしていると彼女に勘付かれてはならない。


「アナベルであるコップでコーヒーを飲んだのは理解した。では、気絶した理由は? その場にフラウスがいた事はどう説明する。アナベルにより仕込まれたスイッチを彼女が押したとなれば、それこそ犯人になるが」

「作為的ではない、とすればどう?」


 ここから先は正直に言って確信のない推測だ。

 どうとでも解釈できてしまう。

 都合良く捻じ曲げて、私自身がそうであったらいいなと思っている願望かもしれない。

 だが立ち止まる事は許されない。


「タルトが気絶する前、ほんのついさっきの話。カフェでシラユキと話して分かった事なんだけど……」


 敏感なシラユキが反応して私を見る。

 私の説明を止めようと口を開きかけてすぐに閉じた。

 ここで止めたら、自分にも母親にも疑いが強く向けられる。

 シラユキに選択肢はなかった。


「いつもお店でコーヒーを淹れているのはシラユキだって、市長さんは知ってた?」

「いいや。この店にはあまり寄らないものでな」


「美味しいのに。あの五つのコップにコーヒーを淹れたのも、シラユキだよね?」

「……うん。新しいのを使いたかったから、積極的に選んで使って、て……」


「あー、シラユキごめん、ちょっと話戻るけど、なんでそのコップをフリーマーケットで選んだの? 花柄が好きだから選んだの?」

「デザインが、好きだったし……なんだかビビッときた、からかな……」


 惹きつけられた、魅了された――人間の怨念がシラユキを誘った。

 アナベルが視える人がいるように、アナベルに魅せられる人もいるのだ。


 選ぶ物全てがアナベル、とまで酷くはないが、シラユキは一般的に、人生の内に二度三度あるだろう確率で今回、アナベルを引いてしまっただけだ。


 だからシラユキが特別というわけでもない。

 一般的な不運から起きた事件。


「あのコップって外界の物だってお店の人に言われたりした?」

「そういう事は……、喋らなかったし、でも、あの五つのコップだけ形が違うから気になったのかも、とは思う……よ」


 そう、形だ。

 筒のようなコップが多い中で、金魚鉢のような丸みを帯びたコップがあった。


 大きさは同じ。

 作り手が違う、と言うより、そんな発想などなかったかのような形。


 あまり作られていない形、とでも言うのか。

 だから亜人街製ではないと思った。


 人間が持つ感性で作り出された物なのではないかと。

 お店の人はそれを分からずに売っていた。

 コップなんて中身が飲めれば変わらないし、意識しない人は気にもしないのだろう。

 そのため平然と店内に並んでいたのだ。


「そのコップがアナベルであるという根拠は分かった。もういい。なら肝心の気絶理由についてはどうなっている。アナベルが作り出した条件下空間について、だ」

「気絶条件。それはシラユキが淹れたコーヒーじゃないといけない。これはシラユキを基準にしたアナベルだから」

「え……?」


 視線が集まったからではない。

 自分が原因だと言われ、シラユキが驚きの声を上げる。


「母親への恐怖を、コーヒーに込めて相手に飲ませる事で感染させる事ができる。気絶の引き金はマスターとの接触じゃないかな」

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