#14 全貌を証明せよ!
「恐怖……?」
手錠の鎖の音が鳴る。
音に思わず目を向けたシラユキが掠れた声を出す。
「――逃げるなよ?」
顔を背けて逃げ出しそうだったシラユキに釘を刺しておく。
逃げはしないようだけど、顔を俯かせてしまったままシラユキの顔は上がらない。
しばらくし、停滞してしまった空気に怪訝な顔をする市長が沈黙を破った。
「人を気絶させるほどの恐怖を抱いていると言いたいのか?」
「そこまでではないでしょ。単純に、恐怖の対象と接触したら気絶するってだけ。シラユキの恐怖の対象が母親であるマスター。その恐怖がコップに注がれたコーヒーから他人へ感染し、対象と接触したら気絶した――これで、マスターを疑う要素は解決したと思うけど」
「その解釈が正解だという根拠が示されていない。そんな妄想だけで無罪にできるほど私は甘いだろうと思われていたのか。心外だ」
やっぱり、納得はしてくれないか。
無罪にできる建前に乗ってくれるとも思ったけど、本当に有罪だと思って市長は主張していたのか。
……厄介だけど、しかし証明できる根拠があれば覆せるとも言える。
根拠を示しても言葉を曲げてくれない性格だったら打つ手はなかったが、彼女は嘘は吐かない。
街の頭である時点でそれはないと予想はしていたけど。
「まだ、手札がありそうな顔をしているな」
「うん。でも、それは私じゃない。――シラユキにある」
ふとシラユキを見ると、そこには誰もいなかった。
足音はなかった。
いくら影が薄いと言ってもその場から動いて退室すれば絶対に分かるはずなのに。
「逃げるな、と言われたばかりじゃない。……そうね、シラユキ。――ごめんなさい」
「ちがっ、お母さんが、謝る事じゃないの!」
声は私の後ろからだった。
扉の横の真っ白な壁に背中をつけていたシラユキがいた。
今までそこはただの白い壁だったのに、シラユキがいきなり姿を現したように見えた。
「擬態か。母親譲りだがまだ粗い。見える違和感を消せてはいない」
亜人にしか分からない感覚なのだろうか。
私にはまったく見分けがつかなかった。
「市長……よろしいですか?」
「構わない」
扉を握り拳分開けた隙間から顔を覗かせる小柄な男。
それから、許可をもらえたので扉を開けて入室する。
五つのコップがおぼんの上に綺麗に揃えて並べられている。
「鑑定した結果、被害者五名が使用したコップでした。他の者は使用していません。指紋についても、被害者以外ですとシラユキ様のみです」
「そう。これはアナベルであると?」
「専門家に依頼しました。微弱ですが確実にアナベルであると。オーラが出ているようです」
「内容は?」
「そこまでは、さすがに専門家と言えども……」
「知っている。その質問は私のミスだ」
おぼんを台に置き、男は退室する。
市長を見ていたら向こうも視線を感じてこっちを見たらしく、目が合った。
「……ドヤ顔をやめろ。コップがアナベルだったからと言って勝ち誇るな、まだ事件は解決していない」
「さー、どうだろうね」
私と市長は後ろから眺める。
ガラス越しに言葉を交わす母親と子。
二人の本音が赤裸々に告白されていく。
途中で退室するべきかと思ったが、やはり見届けなければならない。
シラユキの中にあった隠していた恐怖を無理やり引っ張り出してしまったのは、私なのだから。
「優しい子ね、シラユキは。……よく我慢したわね、頑張ったわね。でももういいのよ、いくらでも不満を言ってもいいの、怒ってもいいの、自分の気持ちを伝えてもいいの。優しくて頑張っている子の気持ちを、誰が無視するものですか」
手錠をつけた手を伸ばす。
ガラスに指先が触れた。
母親のその指に重ねるように、シラユキもまた自分の指をガラスに伸ばす。
「お母さんの事、まだ恐い?」
首を振るシラユキ。
前髪が乱れて隠れていた瞳がよく見える。
分かりにくかった涙も今はもう隠れてはいなかった。
「そろそろ、本題に入らせてもらうが――」
「空気を読め」
母親への恐怖を克服した娘と母親の感動シーンを踏み荒らそうとした市長のゴスロリ衣装を掴んで引き止める。
ぐいっと引っ張られた事に市長は驚いたのか、目をぱちくりさせた。
「もうちょっと待とう」
「さっきからあえてなにも言わなかったが、お前は無礼過ぎないか……?」
礼儀と私の性格を受け入れる事についてはまた別なのか。
商店街の人たちが優し過ぎるのかも。
市長のこの反応が、ごく普通なのかもしれない。
私は今更、敬語を使う気も起きず、
「それよりも。仲良くなった今の二人なら、証明できると思う」
「……お前が推理した、アナベルの内容を、か?」
丁度アナベル自身であるコップもある事だし、実演は可能だった。
そして私もこれにはいくらか自信がある。
なくともあるように振る舞うつもりだが。
「いいだろう……見せてみろ」
シラユキに頼んでいつものようにコーヒーを淹れてもらう。
場所が違うし大勢の目があるために緊張していつも通りとはいかないかもしれないけど、とシラユキは気にしていたが、いつも通りの味でなくともいいだろうとは思う。
あえて言わなかったが。
シラユキには存分に緊張感の中でいつも通りを意識してもらおう。
ちょっとしたからかいだ。
手間をかけさせてくれた代金として眺めさせてもらう。
アナベルのコップに注いだコーヒーを、未だ気絶している被害者の一人に飲ませる。
ガラス越しの部屋から移動して、ここは同じ二番街の大きな病院、その病室だった。
市役所と病院は近いために、移動も時間はかからない。
今回の事件の被害者の全員がベッドの上で眠っている。
医者が言うには意識がないだけで健康状態は良好らしい。
意識がないのに健康と言うべきか疑問に思ったが、話を止めても進展はないので口を閉じる。
余計な事はできるだけ言わないようにしないと。
シラユキが恐る恐る被害者に飲ませようとした際、マスターが手を添えて手伝った。
共同作業に落ち着いたのかシラユキも手の震えが止まった。
喉の動きを見て飲み終えたと判断した医者の合図でマスターが被害者の男性に触れる。
ぱちりと目を覚ました。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
「マスター……? ここは、一体……」
ぽかんとする被害者の男性の扱いはマスターとシラユキに任せておいて、私は隣で腕を組んでいるゴスロリ市長に説明をしなければならない。
「はい、証明終了」
「解説をしろと言ったはずだ。事前説明もないまま実演され、その後も解説なしで決定を覆せとは虫の良い話だ」
「こいつ、面倒くさいな……」
「おかしな事は言っていないつもりだが……」
戸惑う市長に私はくすくすと笑いながら解説をする。
「シラユキの恐怖が混ざったコーヒーを飲んで気絶したんだから、克服したシラユキが淹れたコーヒーを飲ませて同じようにマスターに接触させれば、気絶はしない……つまり目を覚ますかなって思って。こうして無事成功したし、証明終了でしょう?」
犯人を言えばシラユキ。
でも被害者を気絶させようなんて気はなかった。
これは事件ではなく、事故なのだ。
仕方なく犯人と言ったが、今回は犯人なんて存在しない。
「シラユキについて、どう扱うかは知らないけど、少なくともマスターの冤罪は証明されたでしょ? 無罪。市長の目で見たはず。これでもまだ、有罪だと言い張るつもり?」
「……納得した。今回は、我々が間違っていたようだ」
順々に被害者の目を覚まさせるシラユキとマスター。
タルトを残して終わったところで市長が声をかけた。
「フラウス氏、シラユキ氏、今回はこちらの不備で迷惑をかけてしまい、申し訳ないと思っている」
市長が謝罪をし、頭を下げた。
シラユキはおどおどとマスターを見る。
マスターは数秒、目を瞑って沈黙をしたが、やがてふふっと笑みを作った。
「大丈夫です、こうして無罪だと認められたのなら、文句はありませんよ」
「だが、数日間拘束をしてしまって――」
「なら、うちのカフェに遊びに来てください。今のお互いの立場でも、それくらいはできるでしょう?」
「…………ああ、喜んで」
まったく喜んでいないような表情だが、マスターは嬉しそうに頷いた。
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