#15 新展開

「はっ!」

「おはようタルト、調子はどう?」

「お腹が空いた」


 だろうと思った。

 そんなわけで既にマスターにはお願い済みだった。


 これからカフェゆきつけに行き、被害者の常連者を含めてちょっとしたパーティが開かれる事になっている。

 もちろんフルッフも混ぜて。

 市長も呼んだがさすがに今日は無理なので数日後、個人的に訪れるらしい。


 そんな約束も時間通りに守られるかどうかは怪しいとマスターは言っていたが。

 パーティに使う食材を買いに行くシラユキとタルトを外に待たせて、女の子の用事を済ませた私は遅れて病院を出る。

 その際、マスターと市長が並んで話しているのを見た。

 話もちらっと聞こえてしまったが、さすがに断片的で分からなかった。


「プロロクは未だに見つからない?」

「手がかりはなにもない。もう、十二年だ」


「市長になっても、難しいみたいね。……戻れると良いわね、仲良し三人組に」

「見つけたらまず一発、ぶん殴る。仲良しに戻れるかは、分からないがな」


「できると思うわよ。あれだけ仲良しだったんだから、絆は繋がっているものよ」

「あなたと、あの人の絆も同じようなものだがな」

「あの人との繋がりはもうないわ。シラユキを捨てるような人、二度と会いたくもない」


 そうか、と頷き、市長が私を見つけた。

 数回、言葉を交わして会話を終わらせ、マスターと別方向に別れてから、方向を変えて私の元へやって来る。


「普通は見つかったら立ち去るものだが。一歩も動かずに凝視するとは予想外だった」

「逃げたら重大な事を聞いちゃった、みたいな感じが出ちゃうじゃん。実際、断片的でなにも分からなかったし、逃げてまた冤罪になっても嫌だしね」


 私は笑い、市長はさすがに笑えないらしかった。

 というか、この人は笑うのか?


「詮索はするな。したところで面白い事はなにもない」

「手伝いはできる。それくらいは頭に入れておいてもいいのでは?」

「私を相手に交渉とはな。なにが目的だ?」


「今回で冤罪の貸しができた。でも一つの貸しじゃ少し不安だからもう少し溜めておこうと思って。この街で過ごすための保険にするつもり」

「私を利用するつもりか」

「嫌だなー、こんなの当たり前の助け合いだってば」


 はぁ、と深い溜息を吐かれた。

 すると私が遅いと待ちくたびれたタルトとシラユキが戻って来た。

 それを見て市長も仕事に戻る事にしたらしい。


「まったく、扱い辛いな、お前は」

「そうかな、現金なやつだから扱いやすいと自負しているのに」

「サヘラ――闇に飲まれるなよ」


 そう言って、市長は病院の隣に見える市役所方向へと足を進める。

 タルトとシラユキに文句を言われながら、私も市役所を後にした。


 二人に聞こえない声で呟く。

 昼間でも建物と建物の隙間の細い道は、暗く、闇だった。


「飲み込もうとする闇が、私より黒ければ、気を付けるよ」




 そろそろ私も自分の家を探さなくちゃ、と思い始めてきた。

 フルッフやタルトの家、カフェゆきつけを借りてこれまで過ごしていたが、そろそろ一人の空間も欲しい。

 居候をしていると当たり前だが同居人がおり落ち着かない。

 今日だって熟睡とは言えない目覚めの朝だった。


「嘘つけ。人の部屋でぐーすかと気持ち良さそうに寝ていたくせに」

「いやいや……、寝相の悪いタルトに蹴られては殴られての繰り返しだったし」


 目を擦らせて意識を起こす。

 亜人街で過ごしたいつもの朝だった。

 目の下に隈を作り、フルッフが椅子の上からおはようと挨拶をしてくる。


 おはよぉ、と返し、隣に寝ているタルトを見る。

 寝た時と頭の方向が真逆になっているタルトの寝相の悪さは改善されないし悪化もしない。

 行きつく所まで辿り着いたのかもしれない。


「気分悪そうだね、少し眠れば?」

「……なにも進展がないのに眠れるか。僕のプライドが許さない。それにカフェのパーティで気分転換できたんだ、しばらくは充電したエネルギーはなくならないさ」

「そう。じゃあ、フルッフの好きなように」


 私は冷蔵庫を開けて牛乳をコップに注いで飲む。

 冷蔵庫に入っている牛乳の多さについては理由は予測できるが、私もフルッフも互いになにも言わなかった。

 タルトは分かっていなさそうだし、だから誰も触れないちょっとした秘密になっている。


 私も飲ませてもらっているし、同じ志を持っているのだから傷つけ合う必要はない。

 私は別にそこまで気にしてはいないけど……目の前でタルトを見ているとさすがに少しは応えると言うか……タルトにドヤ顔をさせないためにも多少の大きさは欲しい。


 そんなわけで日課となっている一杯を飲み干し、その後、玄関に届いていた段ボール箱を見つける。

 宛名が私の名前になっていたので遠慮なく開けた。


 中身は数着のセーラー服だった。

 服の仕立て屋から完成品が届いたのだ。


 洗濯しては急いで乾かして毎日着ていたが、これで洗濯も一枚一枚余裕を持ってできるようになる。

 ハンガーにセーラー服をかけ、衣装棚を開いて棒に引っ掛けた。


 この部屋のどこになにがあるのか、もう大体把握できた。

 まるで自分の家のように。


「いいか、ここは僕の部屋だ」

「分かってる分かってる。そう言えばここ数日は一体なにを一生懸命弄ってるの? ああっ、非公式の情報屋のお仕事だっけ?」

「……おい、お前が元の世界へ戻るためのアナベルについて調べているんだろうが……」


「……あれ? そう言えば、言っていなかったっけ?」

「ちょっと待て。嫌な予感がする……、これまでの努力を否定されそうな――」

「それは大丈夫。決して無駄にはならないよ。だって、フルッフは非公式の情報屋でしょ? 情報は商売道具なんだからさ」


「確かにそうだが、素人のお前に言われたくない。それに情報は既出のものばかりだから無駄とは言わなくとも実りはないんだよ。……分かった、覚悟するからさっさと言え」

「じゃあ言うけど、私のためにアナベルを調べなくてもいいよ? 私、元の世界に戻る気なくなったから」


「なんだそんな事か――は? いや……、って、おい、ちょ――はぁっ!?」


 口を開けたまま信じられないものを見るように、私をじっと見つめるフルッフ。

 そんな私はとりあえず伝えたので良しとし、タルトを起こそうと手を伸ばす。


「いやいやっ! なにをもう伝えたからって次の場面に行こうとしているんだッ、こっちの苦労も少しは考えろ! 理由っ! 人間のお前にとってこの世界は窮屈だろ、危険だろ、元の世界があるのなら、戻りたいと思うだろ! 最初からそうだったはずだぞ!」


「考えが変わったの。――って、ちょ、いや、肩を引っ張らないで、痛い……っ」

「あ、ごめん……。っ、でもッ!」


 フルッフの勢いに私はバランスを崩して布団の上に尻もちを着く。

 支えにしようと地面に伸ばしたはずの手はタルトのお腹の上に見事に乗っかった。

 ぐぇ、というタルトの声。


 しかし私は構わずに続けた。

 私を想い言ってくれているフルッフがいるからこそ、私はこの答えを出す事ができたのだから。


 だって簡単な話だ。

 私は――、


「亜人街が、好きになったから。タルトとフルッフとこうして毎日生活をして、商店街のみんなにも受け入れてもらえて。もちろん知らない事はたくさんあるし危険だって元の世界と比べたらとても多い。けど、私はこっちに生きがいを感じた。私の人生なんだから、たとえフルッフでも、生き方を否定するのはおかしいでしょ?」


「……そう、だな。否定するのはおかしいな」

「あっ、もしかして帰ってほしかった? だったら悪いけど……」

「そうは言っていないだろ! ……こうして家を占拠しなければ、好きにすればいいだろう。僕も別に、サヘラが嫌いなわけではないし……」


 私から視線を逸らしながら言うフルッフは、その言葉に慣れていない様子だった。

 上目遣いでメガネの上の隙間から見える瞳と私の瞳が合い、フルッフが顔を赤くする。


「っ、にやけるな! その可愛いものを見たような顔をするな、理不尽だ!」

「あっはっはー、無関心を装って超友達想いなフルッフかーわいーいーっ!」


 私の胸倉を掴んでぐわんぐわん前後に首を揺するこの行動も嫌にならない。

 脳みそが揺れて気持ちは悪いけど、フルッフの反応を楽しんでいると不思議と気にならなかった。


「フルッフ、ありがと」

「今度はなんだよ……」


「私、こんなに想われた事ないからさ。だからこそ、こっちの世界の方が好きなの」

「……ああ、そう。じゃあ、また手伝うよ。サヘラがこっちで無理なく過ごせるように」


 からかい続けたらそっぽを向いてしまったフルッフを振り向かせるための言葉は効果てきめんだった。


「よろしく、フルッフ」


 んっ、とフルッフは視線は向けないが手を伸ばして私の手を握る。

 先に行く親の服の裾を指でつまむような仕草だった。

 フルッフは内心で、私の帰る方法を探しながらも嫌だったのかもしれない。

 だったらいいな、と私が勝手に想っているだけだが。


「うげぇ……、なんかお腹が痛い……でも、おはよう!」

「でもおはようって……、まあいいや、おはようタルト」


 お腹の痛みはさっき私が全体重をかけてしまったからだろう。

 よくあの時に起きなかったなと思う。

 タルト自身、寝ながら、ぐぇって呻いていたのに。

 さすが頑丈な体。


 上体を起こしたタルトは伸びをした。

 それが毎朝の儀式なのだろう。

 私とフルッフと違って寝起きからの意識覚醒までが早い。

 寝起きで重たい朝食を食べられるタイプだ。


 いつだろうといくらでも食べられるタイプであるとは知っているが……。

 なんだ、ちょっとした化物じゃん。


「なになに? なんの話?」


 タルトが興味津々に顔を覗かせるので、これまでの経緯を話してあげた。

 すると、タルトは首を傾げて疑問に思った事を素直に言った。


「え、フルッフ知らなかったの? サヘラがこっちに残る事。知っててずっと調べものをしていると思ってたよ。なんだ、じゃあ知らないから調べてただけなんだね。あーっ、やっとすっきりした!」


「おい待て。お前、僕の行動におかしいと思いながらも黙っていたのか?」


 何日も徹夜をして目の下に隈を作りながらモニターと睨めっこ。

 苦痛はフルッフにしか分からないが、予想はできる。

 必要がないと分かれば、一応声をかけたりもするが、タルトに当てはめてはいけない。


「だってフルッフ、いつもそんな感じだから邪魔しちゃ悪いかなって。それに、前に邪魔をするなってすごい怒られたしー、ぶーぶー」

「…………ああ、うん。そうだな、もう疲れた」

「寝なよ。後の事は私がやっておくから」


 ……うん、と頷いた後は早かった。

 目を閉じた瞬間に寝息を立てて体を崩したフルッフを受け止める。

 髪をほどきメガネをはずして布団に横にさせる。

 死人のような顔色に、私が与えてしまった疲労を実感する。


「頼り過ぎていたんだなあ……」


 反省しなくちゃ。

 そして私も、もっともっと前に進まなくちゃ。


「ねえ、タルト――ってうぉい、お前は牛乳飲む必要ないだろ、まだ育てるつもり!?」

「なにが? でも、骨は強くしないと。すぐ折れちゃうからね!」


 私とは別アングルでも結局栄養素の行き先は『それ』にも関係するので飲んでほしくはなかった。

 飲んでいる最中のタルトの手を引っ張り、フルッフの部屋から外に出る。


「サヘラ、どこ行くの?」

「新居探しに付き合って」

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