#16 これからの生活

「新居って、フルッフの家じゃダメなのー?」

「タルトは家が一応あるでしょ。でも私は家なしなの。こっちで住む事を決めたなら一つくらい自分の住み家が欲しいわけ」


 そんなわけで三番街の商店街へ。

 こういう事を相談する時はやっぱり私の保護者代わりであるマスターかなーと思ったが、タルトがうーんとさっきから考え込んでいる。

 珍しい。

 あのタルトが頭を使うなんて!


「失礼な評価をされてる! わたしもちょっとは考えたりするよ。今はサヘラに合いそうな空き家があったかな、って思い出そうとしてただけ」

「心当たりがあるの?」

「だってわたしの家の周辺は空き家ばっかりだし」


 空き家とは言うが、人が住めるように改装されていない捨てられた廃墟だった。

 私が外界から小さな穴を通り最初に見た景色。

 商店街の建物はカラフルだったが、元々は廃墟である建物と同じ色合いだった。

 住民が清潔感を意識して塗り替えたのだ。


 そういう気遣いのない、ここ四番街の建物群はそもそもで人があまり住んでいないか、清潔感を意識する必要もないのか、見た目はお世辞にも綺麗とは言えず、見たまま廃墟だ。

 すぐ隣には工場やらゴミ集積所があり、騒がしく匂いも風に乗るときつい。

 しかし家賃は存在せず、そこに住んでいれば周囲からは住民だと認識される。


 市役所に正式に登録をすれば多少は改装をしてくれるが、そうなると毎月の支払いが発生してしまうので一長一短だった。

 ちなみにタルトは登録していないらしく、廃墟のままの自宅だった。


 外界と森に近いために木の枝やつるが廃墟に絡みついている。

 虫の心配はあったが、これはこれで緑を見れるメリットは大きいかもしれない。

 周囲はぱっとしない色だらけだ。

 緑も貴重な色で、心の安定には必要だろう。


「わたしの部屋の真下が空き家だよ。右の建物もそうだね。住んでる人に挨拶すれば住んでも大丈夫。みんな優しいから」

「ここ、タルトの部屋……? ほとんどなにもないよね?」


「ハンモックがあるよ」

「それしかないよね!?」


 二つの大きな塞がれていない窓、入り口は固まって扉は開かない。

 天井が欠けていないのがせめてもの救いだった。

 雨風を凌げるのも怪しいくらいの屋外感がある。


 これは、家か……?


 これならフルッフの部屋に入り浸るのも納得だった。

 むしろフルッフの部屋がタルトの部屋になっている気もする。

 ここは家というよりも子供の作る秘密基地だった。


「食材は……? 冷蔵庫とか」

「保存しないもん」


「お金とか……」

「大体手元にあるものしか持ってないね」


「服……」

「フルッフの部屋にあるかなー。フルッフのを借りるかフルッフの部屋にあるかだね」

「頼り過ぎだよっ!」


 私もタルトも、甘え過ぎている。

 これじゃあ、いつフルッフが倒れてもおかしくないし、もしも倒れた場合、私たちはなにもできなくなる。


 思っていたよりもずっとまずい状況に私も焦ってきた。

 そんな事は気にしないとばかりにタルトは無関係な顔をしている。


 タルトはでも一人でも強かに生きていけそうだ。

 最初に出会った時、外界にいたのだから、亜獣に囲まれてもなんだかんだと生きていそうなしぶとさだ。


 しかし、だからと言って野放しにしておく理由にはならない。

 これでも私の命の恩人だ。

 そんな義理を抜きにしても、どうにかしたいと思うのは友達として当然だ。


「タルト、ちゃんとした家を探して住むよ、一緒に!」


 フルッフに頼り過ぎる癖をまず失くそう。

 私とタルトで、生活力を鍛えないと。


 つまりこれからするのは私の世界では徐々に浸透していたシェアハウスだ。

 嫌がると思いきや、タルトは目を輝かせて私を見つめる。

 瞳を覗けば奥は星のマークになっていた。


「サヘラと二人……っ、面白そう!」


 私は絶対、すっごい苦労するとは思うから笑えないんだよね……。



「フルッフー?」


 まだ眠っているだろうと思っていたが、部屋にフルッフの姿は既になかった。

 書き置きを探してみたがどこにもない。

 ただの外出だろうと思って、長居もせずに部屋を出る。


 フルッフに、遠くない日にこの部屋から出る事を伝えておこうと思ったが、今でなくともいいか。

 まだ新居を見つけてさえもいないし。

 それに、引っ越すにしてもまた力を借りるだろうと思う。


「あれ? フルッフは?」

「鍵がかかっていたから、自分で外出したんだと思うよ」


 合鍵を元の隠し場所に隠して建物を後にする。

 向かった先は困った時にはまずは相談でお馴染みのカフェゆきつけだった。

 私が頼れる知り合いと言えばマスターか市長であり、市長は多忙であるため消去法で考えてマスターしかいないのだった。


「頼ってくれるのは嬉しいけど。そうは言うけどね、私も暇人でもないのよー?」


 お昼前だからか、まだ店内に客は少なかった。

 暇人ではない……か。


 後ろでシラユキが一生懸命働いている姿を見せられた上で言われても……。

 マスターはカウンター席の向こう側で頬杖をついて微笑んでいるだけに見える。


「安心を提供するのが私の役目。シラユキにはできないでしょう? 逆にシラユキはハラハラドキドキしちゃうのよ。見てて初々しく、愛でたいのはあの子の圧勝になるのよ」


 シラユキが運ぶ、重なったお皿は少ない枚数でもカタカタと揺れている。

 思わず任せて、と手伝いたくなってしまうような危なっかしさがある。

 以前はここまで分かりやすく不器用でもなかったはずだけど……。


「私を克服して緊張感がなくなったのか、ドジも多くなってね。笑顔が増えたし、お客さんとも話をするようになったからいいんだけど……それでももう少し集中してほしいわ」

「わわっ」


 なにもないところで躓き、シラユキがどてっと地面にこけた。

 顔面を強打していたが持っていたお皿は咄嗟に真上に上げてなんとか落としてはいなかった。


 おぉー、と周囲の客の歓声が上がり、シラユキはへへっと笑って立ち上がり、仕事を続ける。

 強くなったなー、と小さな子供の成長を見守った保護者の気分。

 年齢なんて三歳の差でしかないんだけどさ。


「あ、サヘラさん、とタルトお姉ちゃん」


 仕事を一段落させたシラユキもマスターの隣に顔を出した。

 カウンター席に親子が並ぶ。

 いま気づいたが、シラユキの前髪の量が、少し減っている。

 隠れていた瞳が以前よりも見えやすくなっているのだ。


「な、なに……、なんですか……?」

「いっその事、前髪全部、上げちゃえばいいのに」


 おでこを出してもシラユキは可愛いと思うけど。

 するとマスターも乗り、そうしようか、と娘に手を伸ばすが、思い切り拒否されていた。

 手でおでこを押さえて以前のように目元を前髪で隠してしまう。


「冗談よ、いきなりそんな事しないわよ」

「ほ、本当……?」


 疑うシラユキは中々手を離さなかったが、私たちがなにもしないと信用できたらしく、安心して手を離した。

 前髪の隙間から見える瞳が私を見た。

 目が合って、いつもならすぐに逸らすはずのシラユキはその後もじっと私を見て、


「コーヒー、飲みますか?」

「うん、じゃあ貰おうかな。アナベル以外のコップでね」

「あれはもうないです……でも、気を付けます」


 シラユキがコーヒーを淹れてくれている間に本題だ。

 マスターに新居の事を話す。


「そうねえ、二番、三番街は家賃が高いわよ? 一番、四番、五番街は比較的安いけど、商店街付近の中心に向かう事でどんどん高くなっていくから、おすすめは端の方。でも、今タルトが住んでいる周辺だとサヘラが嫌なのよね?」

「タルトのは家じゃないからね。もう少し家らしい所がいいなって」

「わたしの家は家だよ!」


 タルトからすればね。

 あんなの外にいるのとあまり変わらない気がする。


「じゃあ大事な事を聞くけど、お金はあるの? 当然、継続的に家賃を払ってくれる人じゃないと大家さんも部屋を貸してくれないわよ?」

「マスターなに言ってんのー? マスターの仕事があるじゃん!」


「そうそう稼げる仕事をいつもいつも回せるはずないでしょ。他にも伝手があるんでしょうけど……。タルトの平均的な稼ぎを目安にしても二番、三番街は無理でしょうね……サヘラも仕事は……なさそうね」


 タルトと同じく。

 というかタルトに着いて行くようなものだ。


 こうして話してみると、新居の前に必要なものがあった事に気づいた。

 亜人街で暮らすとなると住居の前にまず定期的な仕事を得なければならない。


 タルトのようなその日その日を生きるのにギリギリになるような仕事ではなく、一か月を給料でやりくりして生活できるような仕事だ。


「そうなると、市役所が先だったのかな……」


「そうね、仕事の紹介もしてくれるわよ? 街の警護をしているから警戒が強くてちょっと行き辛い雰囲気もあるけど、基本的に困った住民を助けるための機関でもあるから、遠慮なく入れば誰かしら構ってくれるわよ。サヘラなら市長を呼んでも飛んで来てくれるかもね」


 それはそうだろう。

 市長には貸しがある。

 

 しかしそれをここで使うのは……。

 どうにもならなくなったら使うのも仕方ないかな、と割り切るしかない。

 温存してても使う前に後戻りできない状況になっても遅いし。


「お、お待たせしましたっ」


 二つのコップを持って私たちの前に置いてくれるシラユキ。

 なんとなく、被害者を増やしたいと私は誘ってみる事にした。


「シラユキ、私とタルトと、一緒に住んでみる?」


 えっ、と驚いたシラユキがちらっとタルトを見た。

 その一瞬の視線の移動は、私にしか分からなかったようで、タルトはのん気にミルク多めのコーヒーを飲んでいる。


 長い思考をする傾向のあるシラユキは、しかしこの質問には即答だった。


「いや、やめておきます」

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