#17 調査隊、隊長の凱旋
ゆきつけを出て市役所に向かった私とタルトは、多忙な市長を捕まえる事に成功した。
市役所内で二人で叫び続けていたら市長が怒りの形相で顔を出してくれたのだ。
いちいち面倒な手続きを踏んでから断られるよりも、こうした方が早い。
効率の良さを選んだだけなのだが、効率重視の市長には好ましくは思われなかったようだ。
「当たり前だ。前提として誰にも迷惑をかけるな」
「はいはーい」
「はーい」
と、私とタルトの返事は重ならなかった。
溜息を吐いた市長はしかし、問答無用で追い出そうとはしなかった。
知り合いであるマスターを状況証拠で有罪にしようとした冷たい印象だったが、こうして面倒を見てくれる優しい一面もあるらしい。
「帰れと言って帰るのか? 帰らないだろ。さっきみたいに暴れられても困るから、少しスケジュールをいじってでも面倒を見た方が時間も取られないだろうと思っただけだ」
それで用件はなんだ? と早速本題を促してくる。
市役所の一番目立つ受付カウンターに市長がいるものだから、訪れる者がみんな私たちに注目をしている。
驚いただけで、首を突っ込んで来るような野次馬はさすがにいなかったが。
「お願いじゃなくて相談事だから、貸一は減らないよね?」
「いいから早く話せ。そんな小さい事を気にする器だと思うのか?」
そう言うので、マスターに話した通りに同じく説明をする。
「仕事の紹介は確かにできるが……そもそも、タルトは分かるがサヘラ……お前は住民として登録していないだろ。私も、お前を見たのはこの前が初めてだったわけだしな」
「……あ、そうかも」
「市長として住民は全員把握しておきたい。サヘラの住民登録の手続きから済ませるか」
そして腰を上げた市長が近くの書類を取り、私の目の前へ。
書面を見て――私は忘れていた事を思い出す。
カフェゆきつけや商店街で私を受け入れてもらえた時には、フルッフとタルトが力技で私の自己紹介をした。
細かい事を突っ込ませない勢いで、タルトの性格の癖も強く、私が霞んでしまうくらいだったのだ。
あの時は私が街にいてもなにも問題はなかった。
だからこそ私はこの街で生活できるのだと思っていたが、しかしここで市役所に訪れ、相談したのが裏目に出た。
誤魔化す機会がなかったから考えてはいなかったが、私の正体は人間で、亜人ではない。
けれどこの街で住むには、私は亜人でいなければならない。
書面に書かれた項目を見る――『出生』、『亜人』の欄の空白。
さて、どう書くべきなのか。
裏を取られても、私が人間だとばれない根回しがまだ済んでいない。
隣にいるのがタルトなのが間違いだ。
ここにはフルッフがいるべきだったのに。
嫌な汗をかく。
ペンを取ろうとしない私に訝しむ市長が代わりにペンを握った。
「手続きはすぐに終わる。ささっと口頭で言ってくれればいい。後で変更もできるしな」
サヘラ? と呼ばれ、私はうん、と頷く。
……まずい。
怪しまれないような嘘で今すぐここから離脱しないと、最悪、私がこの場で人間だとばれる羽目になる。
冷や汗と共に呼吸が荒くなる。
市長も私の異変に気づいているだろう。
私はだって、恐いんだ。
この街で得た関係を、私が人間だからと言って全てを失う事が――。
「サヘラ。そう言えば一度も特性を見せていないな。お前は一体、なんの亜人なんだ?」
市長の窺う視線に私の口は閉じ続ける事を許さなかった。
無意識に開き、私は偽り切れない即興の嘘で自身のプロフィールを語り始める。
その時、タルトは振り返っていた。
私と市長の会話に飽きたわけではない。
興味の対象が後ろに移っただけだった。
市役所の扉を開けて入って来たのは、砂色の旅服に身を包む人物だった。
赤茶色のマフラーを首に巻き、口元は隠れ、大きめのターバンで頭を覆い、そのため目元しか分からなかった。
その目は威圧するような攻撃的な目だった。
肌を見せないマントのような旅服の内側から手を出して、ターバンを掴んでほどく。
ブロンド色の髪が見え、手入れのされていない乱雑なスタイルはまるでタルトのようだった。
「テュアお姉ちゃん……っ」
お姉ちゃん……、
じゃあ、女性、なのか。
あっついなぁ、と文句を言いながらマフラーを取っ払って見えた口元は、化粧などしていないが女性的だった。
攻撃的な目は自信の表れ。
口角を上げ、いっひっひ、と満面の笑みを作る彼女はタルトを見つけ、驚きながらも両手を広げる。
「ただいま、タルト!」
おかえり! とタルトのタックルのような抱擁を受け、女性も抱きしめ返す。
姉妹……?
性格から見た目まで似ているけど、纏う雰囲気は違う気がする……。
どれだけ似ていても、それは一方が真似をしただけのようなハリボテ感が消えない。
二人に注目していたら、カウンターでは市長が書類の片づけを始めていた。
「サヘラ、悪いが用件は別日へ持ち越しだ。このタイミングで帰ってくるとは思わなかったからな。テュアの方を優先させてもらう。少々厄介な件もあるものでな」
私は全然構わない、というかそうしてほしいが、口には出さなかった。
代わりに私は、いま帰って来たばかりの彼女について聞いてみた。
「亜人街の選りすぐりのメンバーで構成させた外界への調査隊――その隊長だ」
そして、タルトの保護者役である。
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