#18 その先にはなにがある?
「外界はどうだった? どんな亜獣がいた? お土産はあるの!?」
「毎回のように聞いてくるな……ゆっくり話してやるから――おっと、悪いなタルト。どうやらうちのボスがお呼びになってる」
「誰がボスだ。私の役職は市長だ、誤解を招くような言い方をするな、テュア」
へいへーい、と調査隊隊長はテキトーな返事をし、手を頭の後ろで組んでいた。
市長に手招きをされ、彼女の足は市役所の奥へ向かう。
最後にタルトの頭に手をぽんっと置き、別れの挨拶を済ませた隊長はふと、近くの私の姿に気づいた。
「ん? タルトの友達か?」
「そうだよ! サヘラって言うの!」
「なんでタルトが嬉々として言うのよ……」
へえ、と隊長さんは目を細めて私を値踏みするように見た。
嘘を吐けば一発で見破られていただろう。
私の状態から嘘だと見破る市長のような観察眼ではなく、多分、本能と呼ばれる理屈ではない見破り方に思えた。
つまり誤魔化すための技術は全て通用しない事になる。
だからこそ、ここで質問をされなかったのは幸いだった。
いや、質問をしなくとも今の私を見て嘘を見破ったのかもしれない。
口に出さなくともどういう嘘であるかも見抜き、正体を見破った――。
「そうか、じゃあサヘラ、タルトの事をよろしく頼むな」
勝ち誇った表情は全てを把握したゆえ、なのだろうか。
そしてさり気なく、タルトの事を任された……苦労が見え透いているが、頼もしい口調に背中を押されて、私もちょっとは頑張ってみようって気になった。
彼女のために結果を残したいと思える、そんな人望の厚さが彼女にはあるのだろう。
調査隊隊長は市役所市長と共に、奥の部屋へ消えて行った。
「調査隊が帰ってきたんだ……っ。早く、わたしも調査隊に入ってテュアお姉ちゃんと一緒に……!」
「それよりもまずは私生活を改めないと。自己管理ができないのに外界で万全の状態で過ごせるわけもないでしょ」
タルトは言い返さなかった。
自分でも痛く自覚しているところだったらしい。
亜獣が棲息する外界から帰還した調査隊隊長の服には一切の切り傷がなかった。
汚れは多少あったものの、生活をしていれば否応なくついてしまう汚れであろう。
どれだけの期間、調査に行っていたのかは分からないが、旅服は乱れもせず綺麗なものだった。
怪我をした様子もない。
それほどの実力者だという事を物語っていた。
それに比べて外界で出会った時のタルトを見れば違いは明らかだ。
いま外界に出れば運が良くとも最終的には生きていられないだろう。
たとえ万全の状態でも。
重なり続ける幸運が継続しなければ帰還は難しい。
不調があった日はいくらタルトでもあっさりと力尽きると言える自信がある。
タルトの事だから、たとえ実力が足りていなくとも次の調査には勝手に着いて行くと言い出しかねない。
きっと言うだろう、そう確信を持って言えるくらいには、タルトの人間性を分かっているつもりだ。
タルトの保護者として、彼女が私に頼んだのはそういう事も含まれているのだと思う。
勝手な行動をさせるな、と私に釘を刺したのだ。
そしてあの、私を値踏みした視線……観察眼。
あの人は気づいている。
私が人間だという事に。
それを脅しとして使い、タルトの抑止力にした。
どれだけタルトの事が好きで大事なんだって話よ。
そのくせ、自分はいつ死んでもおかしくないような外界へ行くなんて。
矛盾もいいところだった。
「……行くよ、タルト。フルッフとちょっと話をしたい事がある」
「あ、じゃあ先に行っててよ。わたしは帰ってきた調査隊の人たちにも挨拶してくる」
隊長が保護者であるため、隊員ともタルトは面識があるらしい。
隊長とは不意に会ってしまったので仕方がないが、面識もないのに私がタルトと一緒に調査隊に顔を出すのもおかしな話だ。
それについさっき私の正体がばれかけたばかりだ、集団の中に混ざればばれる可能性も上がってしまう。
たとえば行くとしても、フルッフと口裏を合わせてからだろう。
「そういう事なら、じゃあフルッフの部屋に帰って来なよ、あまり遅くならないように」
「はーい」
まるで親と子の会話のように。
タルトは道ではなく建物の壁から屋根に上がって、跳躍を繰り返してあっという間に姿が見えなくなった。
残された私はそんな芸当はできないので、素直に狭い道を歩いて戻る。
部屋に、外出していたフルッフが戻っていればいいのだけど。
深夜。
帰って来ない二人を待っているのも馬鹿らしいと感じてきたので、一旦マスターの所へ行き、夕食を一緒に食べた。
二人の不在をよくある事だとマスターは言うが、さすがに私にとっては初めての経験なので不安で仕方がなかった。
しかし二人の性格、仕事を考えれば、珍しい事でもないのかもしれない。
これまで一緒にいられたのが珍しいだけで。
カフェから部屋に戻っても、やはり部屋に気配はなかった。
入れ違いになった形跡もない。
本当に、私一人だけがこの部屋に帰って来ている。
初めて一人で眠る夜になる。
布団に潜って目を閉じる。
次に目を開けた時にはそこに寝相の悪いタルトがいるのだろうと期待をして。
だが目はすぐに覚める。
眠れなかった。
起き上がって冷蔵庫にある飲み物をコップ一杯飲み干し、気づけば私は靴を履いて外に出ていた。
深夜でも営業しているお店はあるので静かではなかった。
だが昼間のような騒がしい雰囲気は商店街にはもうない。
こんなに広かったかな、と思うくらい、狭い道はお店が閉まっているために解放的に感じた。
街頭があるために足元が暗くて見えにくい場所は少ない。
しかし建物と建物の隙間は覗くとまったく明かりがなく、当たり前だが昼間よりもさらに暗い。
完全な闇と言えた。
市長の言う闇とはこの先の事なのか。
タルトが引き止めたこの闇の先にはなにがあるのか。
二人はこの先に広がる世界にいるのではないか。
そんな誘惑が私の足を動かす。
先の見えない闇へ、体を斜めにして入ろうとしたところで私のおでこに力が加わり、私の体は真後ろに転ばされた。
とんっ、という優しい音と力だったが、何度も後転するくらいには力が込められていたらしい。
闇に弾かれた――そんな錯覚を覚えたが、そんなはずもなく、私のおでこを足裏で押した人物がいた。
……まったく見えないが。
黒の中に僅かに見える違う色の黒。
断片的な動きを広い視野で見れば人の形だと予想できる。
そこに誰かいる。
「……誰?」
しかし、気配が消えた。
結局、正体は見破れなかった。
「一体、なんなのよ……? ……え――」
今まさに私が入ろうとした建物と建物の間の隙間から顔を覗かせたのは、全身が汗でびしょ濡れになっていたタルトだった。
目は開いているが、どこを見ているのか焦点が合っていないように見える。
私が駆け寄っても私だと認識できていない。
「タルトッ、大丈夫っ!?」
「はぁ、はぁ、なんで……なにしてるの……?」
私への問いかけではなかった。
動かない手はタルトの中では、親友の背に伸びている。
声に出すのもやっとの体調で、タルトはその名を口にした。
「行かないで、フルッフ……ッ」
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