PAGE3 対決! 紅蛙会
#19 翼を得た蛇
タルトを背負って部屋まで戻り、布団の上に寝かせる。
タオルで体の汗を拭き、氷をまとめて袋に入れ、おでこに乗せて体温を下げさせる。
背負っている時に感じたタルトの高熱は、閉じ込められて蒸されているような感覚だった。
近くにいた私でさえこうなのだから、当事者であるタルトは熱さによって身動き一つも取れないだろう。
なのにタルトは起き上がろうとする。
もしも立ち上がれても、ふらふらと平衡感覚も狂ってしまっているのに、決して諦めようとはしなかった。
呼吸は今でも落ち着かない。
全速力で走ったすぐ後のように息切れしている。
上半身を起こしたがバランスを崩す。
支えに使った腕も体を支え切れずに折り畳まれ、布団の外に体を寝かせた。
私は枕からずれたタルトの体を布団に戻し、寝かせるために殴るかどうか迷った。
このまま無謀な行為を繰り返させるわけにはいかない。
たとえ気絶させたとしても、体を休ませる事が最優先だ。
しかし気絶させるための一撃がそのままタルトへのとどめになってしまう事を考えると、躊躇う。
指先でつついただけでも今のタルトは崩れそうに、脆いのだ。
「露出狂みたいな水着衣装も、汗を拭くにはやりやすいな……」
「う、ん……、あれ? サヘラ……?」
私の呟きにタルトが反応した。
まるで今まで私の存在に気づいていなかったような反応だった。
いや――気づいていなかったのだ。
運ばれて介抱されている時も、タルトは私ではないたった一人の相手を追いかけ、体は着いて行けていなかった。
私を見ていなかったのに、今、私を見た。
それはタルトの視野が広がった事を意味する。
「ッ、フルッフ!」
「とう!」
せっかく私を見たのにすぐに別方向へと意識を向けようとするタルトのおでこへチョップを入れる。
起き上がろうとした瞬間に打ち込んだので、タルトは目をぐるぐるにさせて再び枕に頭を埋めた。
「あ、結局強めに叩いちゃったよ……とどめになっていなければいいけど」
そう思っていたらすぐに目覚めたので杞憂だった。
タルトが発する熱はまったく弱まっていなかった。
汗が止まらないため、タオルで拭き続けなければいけない。
水着の後ろ紐をはずし、すとんと落とす。
タルトは自分の胸を隠す事もしない。
それさえもできないのか、無頓着ゆえなのか。
きっと後者だろうが、私も今のタルトに注意をしようとは思わなかった。
「つ、冷たいっ」
「仕方ないでしょ。キンキンに冷やしておかないとタルトの体の熱にすぐぬるくされちゃうんだから。あと、飲む用の水もそこにあるから、飲まないと脱水症状になるよ」
うん、といつもに比べれば弱々しいタルトの返事。
用意した水はあっという間にタルトの体内へと流し込まれた。
これでいくらか楽になると良いけど……しかし、この体の熱だとすぐに汗となって流れて意味がなかったかもしれない。
「そんな事ないよ、大分スッキリした」
「そう、それなら良かった」
私はタルトの体を拭き続け、タルトは部屋を見回す。
その間、互いに言葉はなかった。
沈黙の中、時計の針の音がいつもは気にしないのに、今だけ嫌に大きく聞こえる。
「――わたし、フルッフとは幼馴染なんだ」
「ふーん、そんな気はしてたけど。出会ったのは二人が小さい頃?」
「そうかも。でもわたしって五歳より前の記憶がないんだよね。ぽっかり忘れちゃったんだ。だからもしかしたらそれよりも前に会ってるかもしれないけど、その時くらいにフルッフとは出会ったのかなー」
「それ、記憶喪失じゃないの……? でも、タルトならど忘れもあり得るか」
ど忘れで五歳よりも前の記憶をすっぽりと忘れるとは思えないけど。
本人が忘れている事を本人に聞いても得られるものはないだろうし、その事について詳しく聞こうとは思わなかった。
私の興味も、今はフルッフとタルトの幼少時代に惹かれている。
「フルッフは昔からあんな感じで理屈っぽかったの? 想像しやすいんだけど、集団からは浮いてそうなのはよく分かる」
「よく分かったね、今ほどじゃないけど、フルッフは最初っから一人にしてほっといてオーラを出してたよ。だからみんな、近づかなかったんだよね。集団からは浮いていなかったけど、まず集団の輪にいなかったの」
舞台にすら上がっていなかった。
確かに、フルッフならその場に行かない選択をしそうなものだった。
けれどタルトは『みんな』と言った。
近づかない者はみんなであり、近づく者は身近にいたのだ。
――灯台下暗しよりも灯台そのもので、タルトだけが孤立するフルッフにしつこく手を伸ばした。
「いつの間にか仲良くなってたなー。わたし、なにをどうしたんだろ? 手を取って、引っ張って行って、みんなの輪に混ぜたのかな? 分かんないけどそんなところだよ」
「うん、タルトならそんな感じだろうし、それで仲良くなるのも納得できる」
タルトならたったそれだけの理解と行動で周囲の人間を自分を通して繋げられる。
そうしてフルッフは仲間と繋げられ、今に至るまでタルトの友人をしていた。
幼馴染とも、腐れ縁とも言う。
「でも、全然知らなかった……わたしはフルッフの事を、全然理解していなかったっ!」
語気が強くなる。
体の熱も同じく増え続けるので落ち着かせようとしても、タルトは自分で自分を許せなかった。
冷やした体も再び熱を取り戻してしまう。
さっきまでは朦朧としていたタルトの意識は、しかしはっきりとしていた。
「フルッフがわたしに噛み付いた理由は、嫌いだからなんかじゃない……、理由も言えず突き放す事しかできなかった、理由があるはず――」
フルッフが噛み付いたというのは、比喩ではないだろう。
タルトの肩にはくっきりと、噛みついた跡があった。
鋭い歯で突き刺したような……。
二つの傷穴だ。
「フルッフは、蛇の亜人。わたしを苦しめるこの熱も、フルッフの特性である毒なの」
ただしかなり遅効性なのだと言う。
毒も弱く、死に至る事はない。
熱、麻痺……、相手の足を止めるには打ってつけの特性だった。
「解毒剤は?」
「フルッフが持ってる、と思うけど……。でも、うん、大分動けるようになったかも」
タルトの中には既に抗体ができていた。
仕込まれた毒もタルトの中で免疫力がつき、効果も薄まっている。
ただし薄まっているだけで完全に消えたわけではなく、タルトの意識はたまにぼーっとしている。
熱のせいでのぼせたように思考が止まってしまう事が何度もあるのだ。
「解毒剤をもらいに、どうせフルッフには会いに行かないといけない……よね」
「解毒剤だけじゃなくて、フルッフも連れ戻さないと。喧嘩したままお別れなんて、絶対に嫌だもん!」
私だって嫌だ。
タルトとフルッフ、そして私がいる、この輪がいま私が幸せだと感じる時間であり、空間なのだから。
もしもこれが崩れたら、私はなんのためにこの亜人街に残ったのか、分からなくなる。
「サヘラ、フルッフを助けに行くよ! 今すぐに!」
そんな分かり切っている事を改めて言われると、タルトから私への信頼度を少し疑ってしまう。
言われなければ私は動かないとでも思っているのだろうか。
言われなくとも、たとえタルトが行かなくとも、私は一人でも動いていた。
「タルト、それよりも先にやる事があるでしょ」
私は駆け出しそうだったタルトを引き止める。
しかしタルトは首を傾げるだけだ。
一方的に感情をぶつけただけじゃ共感を得る事はできても背景は理解できない。
タルトの言葉は、説明不足過ぎる。
「まず、なにがあったのか、全部を説明しろ」
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