#9 鏡映し
アナベルを見抜く者には第六感が備わっていると言われている。
それはもう技術云々は関係なく、鍛える事も発現させる事もできない、種ではなく個としての特性と言えるだろう。
私たち三人は素質がなかった。
シスターには生まれながら素質があった、ただそれだけの違いだ。
ただしアナベルかどうかを見抜けるだけで、その先はない。
アナベルの対処の仕方はそれぞれ個人の頭脳にかかっている。
「……対処? アナベルって危険なものなの?」
「ん? 説明していなかったか……。人間が死に間際に放った後悔や怒り、心が強い怨念となって近くの物体に宿ったものを、アナベルと呼ぶんだ。つまり呪いの道具になる」
フリーマーケット会場に辿り着いた私たちはテキトーにぶらついていた。
強い怨念が込められている道具をシスターに選んでもらっている最中、邪魔をしないように別行動をしている。
そこで、ふと、アナベルの事をなにも知らないなと疑問に思ったのだ。
呪い……、良いイメージがまったくない。
そんなアナベルが私を元の世界へ戻してくれるとも思えないのだが……。
「アナベル次第だろ。強い怨念は常識を捻じ曲げ特殊な条件下の空間を作り出す。もしかしたら、サヘラがいた世界へ繋がるアナベルがあるかもしれない……最初から一パーセント以下の可能性だから期待はするなと言ったぞ」
分かってはいてもやはり内心では期待してしまう。
だから落胆も大きいのだ。
シスターには悪いけど、フリーマーケットを純粋に楽しむとしよう。
先導して色々と物色しているタルトが、
あ! と声を上げた。
地面に敷かれているデザインの違うシートが並んだ素人のお店。
人も多く、はぐれたらすぐには合流できそうもない密集度だった。
そんな中でタルトは知り合いを見つけていた――シラユキだ。
カフェのマスターの一人娘。
シラユキは大きな宝石がついたネックレスを羨ましそうに見ていた。
母親は耳に首に指とアクセサリーをつけている。
それを真似ようとしているのかもしれない。
「シラユキ、おひさっ」
タルトがシラユキの背中から、がばっと抱き着いた。
「わぁっ、わっ!? ……タルト、お姉ちゃん?」
お姉ちゃん?
タルトの方が子供っぽく見えるけどね。
「なに言ってるのサヘラってば。わたしのこの胸が子供に見える!?」
「だってさ、フルッフ」
「僕を見るなよ。お前も同じようなものじゃないか」
「AとAAには越えられない壁があるんだよ」
私とフルッフが睨み合っていると、タルトはいつもの光景に笑い、シラユキはおろおろと行き場を失っていた。
小さく縮まってしまう。
元々小さいのにさらに小さく見える。
人見知りで恥ずかしがり屋。
自分の意見があっても中々言えず、最終的に流されたまま厄介事を押し付けられたりする。
……昔の自分を見ているみたいだった。
引きこもる前、まだ私が周囲に馴染もうとしていた時。
これが社会に適合するためのまず最初のステップだとお父さんから教えられた事。
流れと空気を読む。
自分の意見など押し殺せ。
ストレスだけが溜まっていく不毛な活動だったと今にして思う。
間違いではないのだろうけど、私には合わなかっただけだ。
シラユキは、さて、今の立場に満足しているのだろうか……。
自分を見ているみたいだから、イライラして、だから放ってもおけないのだ。
「そんなおどおどしてさー。自信持ちなよ、シラユキには誇れるものがあるじゃん」
自分を語れるものだってある。
シラユキが手に持つ紙袋の中にはお店で使うためのコップが入っていた。
五つセットで花がプリントされた可愛いデザインだ。
シラユキはインテリアが好きで、お店のコップのほとんどがシラユキが選んだのだとマスターから聞いた。
客と接する事はできなくとも、料理の下ごしらえをしたり掃除をしたり、人を助ける得意分野をきちんと持っている。
適材適所で働けているのだから、自分を卑下する必要はない。
まだ十三歳……自信を持てばもっと世界が広がるはず。
「って、引きこもりの私がなに言ってんだって話だけどね……」
世界は狭いよ、部屋の中だよ。
今は、タルトと出会って外に出る事が多いけどさ。
「はい……努力、してっ、み、ますっ」
目を合わせてくれないが、誰にでもそうなので気にしない。
シラユキは人と視線を合わせないので、じゃあその視線はどこに行っているのかと言えば、フリーマットの商品に向いていた。
中でもやはりネックレスが気になっていた。
「ネックレス、欲しいの?」
「……でも、わたし、には、似合わないので……」
「そんなことないけどね。たとえばだけど、どれが気になってる?」
シラユキはなぜか遠慮していたが、選ぶだけだからと説明したらすぐに指を差した。
迷う素振りなく示したのは雪の結晶がデザインされたネックレスだった。
取り上げてつけてあげる……首元にある雪の結晶、うん、似合ってる。
「おじさん、これちょーだい」
あいよ、とお店の人から返事をもらい、そのままフルッフへバトンタッチ。
「おい、会計は僕になるのか」
「可愛い後輩へプレゼント。シラユキのためだからね」
まったく、と言いながらも払ってくれるフルッフは良い子だ。
だけど誰かに同じように利用されないかすごく心配。
「いや、ちょっ、サヘラ、さん……貰えない、で、す……っ!」
「もうお金払っちゃったから無理。それはシラユキの物だから、後は捨てるなりあげるなり保管するなり好きにしていいよ。どう扱うべきかは、シラユキなら分かりそうなものだけど?」
誘導するような言葉でシラユキの動きを制限する。
こうでもしないと、シラユキは遠慮ばかりで受け取ってくれない。
これを理由に、勇気を出そうと思ってくれればいいんだけど。
荒療治で化ける人もいるけど、シラユキはゆっくりと背中を押さないと進めないタイプだ。
後は、自分の中で大きな変化があれば、後はとんとん拍子に成長すると思う。
してやられた、と頬を膨らませてムスッとするシラユキ。
……そんな表情もするんだ、新鮮だ。
「勝手ですよ、もうっ……でも――」
「でも?」
首を傾げる私に、シラユキは珍しく動揺せずに微笑んだ。
「内緒、です」
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