#8 占いと教会・黒シスターの瞳

 朝、目が覚めたらフルッフが既に起きていた。

 早起きなのか眠れなかったのか分からないが目の下が黒く、疲れが逆に蓄積されているように見える。


 ふと、隣を見る。

 敷いた布団の二つを占領しているのは寝相の悪いタルトだ。

 気づけば私も自分の布団から押し出されて硬い床で横になっていた。


 錆びたロボットのように腰が回り辛いと感じるのはタルトに腰を蹴られたからだろう。

 私が寝ていたであろう場所にタルトの足が伸びている。


 私も寝起きなので頭はぼさぼさ、身だしなみは最悪。

 意識もまだ朦朧としている。

 文句はたくさんあったが、私にしては一つも口から出なかった。


 椅子に座るやいなや、


「お腹空いた」

「僕に言ってはいどうぞと出ると思うのか?」


 出ないねえ。

 だってフルッフってば栄養しか取らないんだもの。

 サプリメント各種。

 今も時間が勿体ないからと言って液体ゼリーを十秒くらいで飲み干していた。


「お腹に溜まらないでしょ、それ」


「食事を娯楽と捉えていないからな。食事を凝るのは必要な栄養素を取った上でさらに美味しいという快楽を得たいからしているのだろう? なら、快楽を求めない僕が料理をして美味しくする必要はないんだ、面倒なだけだし」


 気持ちは分かる。

 いざ自分でやるとなると、手間を考えて簡単なもの……フルッフのようにサプリメントでもいいかな、と考えてしまう。

 家にいれば自然と美味しい料理が出てくるあの環境に慣れ過ぎているんだな……私もタルトの事を言えない。


 甘え過ぎ。

 ――そんなわけで、あまりしない料理をしてみようか。


「材料なんてないぞ」

「出鼻を挫かれたぁ」


 ――いや。


「昨日、タルトが商店街の人から貰ってた材料がある。中には完成品もあるし……確かフルッフの冷蔵庫に入れておいたはずだけど……」


 冷蔵庫を見てみると、なんだ、ちゃんと入れた材料、全てがあった。

 あるのにもかかわらず、フルッフはサプリメントをチョイスしたらしい。


「僕の家だぞ。タルトもサヘラも、遠慮がなさ過ぎやしないか……?」


 まぁまぁ、と相槌を打って、赤色のスープをキッチンのコンロで温める。


「いいじゃん、私とフルッフの仲でしょ」


「構わないが……、それを言うほど親しい仲でもないと思うがな。それにしてもタルトの影響を受け過ぎてやしないか? 人の領域に軽々と足を踏み入れて行く恐い者知らずのその感じ、タルトそのまんまだ」


 タルトに似ている、ねえ……複雑な気持ちだ。

 演技をしていた時の私は距離感を測るのに四苦八苦していて、結局足踏みをしてしまっていたけど、素の私が出せるこの世界でそういう評価であれば、元々の素質だと思う。


 タルトの影響とか関係ない。

 私のらしさがやっと遺憾なく発揮されている証拠だ。


「――いい匂い」


 大の字から、がばっと上体を起こしたタルトが眠気眼から一瞬で覚醒した。

 くわっ、と目を見開く。

 そしてスプーンを置いておいたテーブルの真ん前にある椅子に座って、温めているスープを待っている。


 そこ、私の席だっつうの。

 鍋で貰ったものだから結局取り分けるので、一人分も二人分も変わらないけど……。


「フルッフはどうする? 一緒に飲むなら用意するけど?」

「……いらない、もうサプリメント食べたし」


 そ。

 私は頷き、二つの皿を用意してスープをよそう。

 タルトと向き合って飲んでいるとフルッフがそわそわしているのを視界の端で捉え、あえてなにも言わなかった。


 結局、タルトがおかわりをして残り僅かになったところでフルッフもスープを飲んだ。


「美味しい……。な、なんだ、にやけた顔をするな!」

「べつにぃー?」


「たまには、こういう朝食も悪くないと、そう思っただけだ。それでも僕はサプリメント生活をやめないけどな」

「なにも言っていないんだけど……好きにすればぁー?」


 ぐっ……、と歯噛みするフルッフは、一人でなにと戦っているのだろうか。

 ともかく、理論詰め詰めのフルッフの意地を崩せただけで私はお腹一杯だ。



 フルッフを先頭にして三番街の商店通りを進む。

 ちなみにフルッフの家も三番街にあるため、訪ねようとしている専門家の居場所までは遠くないらしい。


 亜人街が区分けされているように、商店街も細かく区分けされており、昨日タルトと行った場所は主に食品系を扱うお店が多かった。

 中には服屋もあったりするが、その通りでは珍しい方だと言う。


 今いるこの場所は主にサービス系のお店が多く、表に商品が陳列されているわけではないので人は少なかった。

 三番街の中でも端っこになる。


 繁盛しているのかどうかも分からない密室ばかりの商売。

 怪しげな雰囲気は昼間のおかげで軽減はされているが、隠し切れてはいない。

 夜中だったら足を踏み入れたくない場所だ。


 フルッフが足を止める。

 複数のお店が入っている、縦に長い建物だ。


 表の看板には癒しマッサージと書かれているが、フロア案内を見ると最上階には小さく『占いと教会』という怪しさ満点の名前が書かれている。

 フルッフはそれを指差した。


「……胡散臭いなあ」

「目的は占いでも神への祈りでも懺悔でもないさ。そっち方面で期待をしない方がいいぞ……本当に腕はない」


 じゃあなんでそんな商売をしているんだと疑問が出るよ。


「僕たちの目的は、手がかりになる【アナベル】について。彼女は『視る』力は持っているんだ。本業じゃない方が優秀なんだよ……そもそも視る事自体は趣味でやっているようなもので仕事ではないがな。元々可能性は少ないんだ、空振りで当たり前と思っておけ」


 すると、案内板を見ていたタルトが私を呼んだ。


「三階が『女王様の部屋』だって」

「特殊な人しか行かないから。とにかく、タルトが行く所じゃないよ」


 ふーん、と言いながらも興味津々なタルトを引っ張り、外に剥き出しの階段を上がる。

 足音の響く鉄の板で作られた階段は壊れそうでひやひやした。

 やがて最上階、六階へ。


 重たい鉄の扉をフルッフが全力で力を入れて開ける。

 でないとびくともしないのだ。


 開いて覗いた中は真っ暗だった。

 気配がしない……留守?


「アポイントメントは取ったから、いないはずはないんだが……」


 扉の中へ足を踏み入れた瞬間、フルッフの姿が闇に引き込まれた。

 咄嗟に手を伸ばすが閉じた手は空気を掴む。

 ……フルッフの悲鳴さえない。


 残された私とタルト……。

 放心は数秒にも満たない。


「次、わたしが行ってくる」

「待ってよっ、私を一人にするのっ!?」


 引き止めたが間に合わず、足を踏み入れたタルト、と、その手を掴む私。

 連結した私たちをすぐさま引っ張る闇の中の住人。


 体が宙に浮いた際、抗えない力で口を塞がれた。

 そしてふかふかで柔らかいクッション的ななにかに投げ入れられた。


 瞬発的に出してしまいそうだった悲鳴を口を塞がれた事で止められた後は、落ち着きを取り戻したからか悲鳴も出ない。

 今は思っていたよりも状況は悪くない事だけが分かる。


 隣にはタルトがいる。

 背中合わせにフルッフもいる。

 そして私たち以外の人の気配。


 さっきまで感じられなかった気配が、今は当たり前のように目の前にある。

 カチッカチッという二度の音と共に急激な光――、目の前には黒いシスターがいた。


「驚かさないでよ、敵かと思ったじゃない」


 黒いワンピースの内側で擦れ合った金属の音を、私はしっかりとこの耳で捉えていた。



 ナイフかなあ……、刃の音だったもんなあ……。

 ふかふかベッドの上で私たち三人は並んで座る。


 目の前のシスターは忘れていたベールを被った。

 片目を隠す長めの髪型のさらに上から被っているのでより表情が隠れている。

 私たちの目の前、椅子を用意し、シスターが座った。

 私たちを見回し、蠱惑的な唇が歪む。


「ようこそ、占いと教会へ」

『そっちじゃないです』


 目の前で手を左右に振って、私たち三人の声が重なった。

 同時に襲われた今、三人の気持ちは一心同体になっている。

 今なら質問に同じ答えを返せそうだ。


「じゃあ帰れ」

「いやいや、前もって連絡しただろう」


「あー、そういえば、寝惚けながら電話を受け取った気がするな。正直覚えてないけど、まあいいや。可愛い三人組だし、みんなのお願いを叶えてあげよう。神である私がね」


 あんたは神じゃないよ、シスターだよ。

 ……シスターかも怪しいところだ。


 本題を単刀直入に、フルッフが言う。

 遠回りをしない話し運びは助かった。


 これがタルトだったら脱線しまくりだし、私でも上手く話せる自信がない。

 曖昧な事ばかりを言いそうで。

 なによりも言ってはならない事を言いそうで恐い。


 取り返しがつかない事が混ざっているのであれば私は話さない方がいい……、

 となると適任であり、唯一の語り口はフルッフしかいないわけだった。


 電話でアポイントメントを取っているフルッフが、この場合では有力だろう。


「アナベルについて……。ちょっと訳ありでね。珍しい力を持っている『物』を、その瞳で見てもらいたいんだ」

「――訳あり、ね」


 聞きたそうなシスターの視線に、目を逸らすフルッフ。

 事情を説明すると私が人間である事がばれてしまうため、言えないのだ。


 この際、一人だけになら言ってしまってもいいとは思うが、そういう例外を作るとこれから先何度も使ってしまいそうだ。

 一度破ると自制が利かなくなるのは私もフルッフも理解していた。


「その訳は言えない。虫の良い話だと思ってる――だが、そこをなんとかお願いしたい」

「別に知りたいわけでもないし、いいんだけどさ。嘘を吐かれるのが嫌だっただけ。事情があるなら聞かないよ、ただし依頼料は上乗せしてもいいよね?」


 フルッフは頷いた。

 ……依頼料。

 この請求は私にくるのだろうか。

 まずいよ、タルトと同じで無一文に近いんだけど……。


「構わないさ、これくらい。僕が言い出した事だ、サヘラは気にしなくていい」

「それもそうだね」

「……おい、ちょっとは食い下がれよ」


 おかしな話だ。

 フルッフが一番そのやり取りを時間の無駄だと言いそうなのに。


 私の意見にぐうの音も出なかったフルッフは、そうだな、と切り替えた。

 ちょっと、その面倒だから見捨てた感を出すのやめてくれるかな。


 そういえば、さっきから静かだったタルトは――小窓を開けて外の景色を眺めている。

 遠くにいつもよりも集中している人混みを見つけ、手で日傘を使って観察していた。


「今日ってお祭りだっけ?」

「予定はないと思うが……ああ、フリーマーケットだ。商店を経営していない人も簡易的なお店を出しているんだ、だから人混みができているんだろう。お祭りなら音もするだろうが、それがないって事は確実にそれだろうな」


「行ってみたいなー」

「じゃあ行こうか」


 と言ったのは黒色シスターだ。

 元々そのつもりだったらしい。


 多く物が集まり商品として売りに出すには曰く付きの品もかなりの数、出品されている。

 アナベルを集める奇特な者たち、『コレクター』に言わせればそこはアナベルの宝庫らしい。


「私の瞳で見てあげる。でもそこから先は責任を持たないからね」

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