PAGE2 アナベル【初級編】
#7 はじめてのアルバイト
「ちょっと! わたしの時は絶対にダメって言ったのに! なんでサヘラの時はっ!」
「だって、あなたに任せたら滅茶苦茶になるって分かっているもの。確かにお客さんはたくさん呼んでくれそうだけど……それを帳消しにするくらい、いや、マイナスにするくらい問題を起こすでしょ。それにたくさんお客さんを呼んでもこのカフェはゆったり静かな空間をモットーにしているから、タルトじゃカテゴリーエラーなの」
ぐぬぬ、と言い返せないタルトは己の欠点を自覚しているのだろうか。
だとしたら成長を感じさせる。
……でも直す気はまったくないよね?
「うんっ、なら仕方ないよね。別の仕事を回してよ、マスター」
「はいはい。サヘラちゃんは? タルトについて行く?」
「じゃあ――初回だし、タルトの方で」
そうして、回された仕事は配達だった。
帰り道にタルトに街の案内も頼めるので好都合だ。
それにしても、これだけ騒がしくしても周囲のお客さんは文句を一つも言わないで食事をしている。
なんというメンタル。
思ったが、我慢しているわけではなかった。
「騒いでいるのはタルトでしょ? みんな、孫を見ている気持ちなのよ。いくら騒いでも相手がタルトなら許せる。騒がしいほど元気で楽しそうなタルトを見るのがみんなは大好きなの。仕事先で見れると思うわよ、タルトの人気」
誰からも愛されている。
……私とまるっきり真逆だった。
亜人街は五つの街に区分けされている。
全体の中でも中心に位置する二番街と三番街が商店街となっており、人も建物も密集していた。
配達物を持ち、私はタルトの背中にしがみつく。
道でない道を進むのはタルトだけではなく、建物と建物の間を飛び交う人々が多かった。
最初は驚いたが、よくよく考えればおかしい事もない。
人間である私は不可能だが、身体能力が高い亜人ならばどこを道としようとも移動を実現できてしまうのだ。
だからか、下の道は狭く店同士の間隔も狭い。
車も一台も走っていなかった。
単純に作り出せていないだけかもしれないが。
フルッフの部屋や街の様子を見ると、私のいた時代よりも少々技術進歩は遅いらしい。
車のようにまったく使われていないものもあるが、きっと私のお母さんの子供時代を想像したらこの程度の文明だろう。
亜人たちは外界にあった人間の遺物を解析し、そこから文明を抽出して再現している。
死ぬ間際に人間が到達していた技術力しか亜人たちは使う事ができないのだ。
そのため、偏ってしまうのは仕方がない。
そんな中、亜獣に喧嘩を売った人間たちの武器、兵器の技術力は、私の時代とも遜色なかった。
その技術力は色々と応用できそうだが、する前に人間たちは絶滅した。
亜人たちもどうにか自分たちなりに残された技術力を吸収し、昇華しようとしているが、人間よりも頭脳が劣るため、中々長年、上手くいっていないらしい。
特性のない人間には頭脳を。
頭脳のない亜人には特性を。
神様は都合良く二つは与えてくれないのね。
でも、正しい判断だ。
頭脳もあり特性もあり……それこそ、人間が調子に乗る。
だからと言って亜獣が支配するこの状況が変わっていたとは思えないけどね……。
「タルト、仕事は終わり?」
「うん。荷物はもう届けたよ。それで、これ。おばさんがくれた」
手渡されたのは真っ赤な果実だった。
外界にあった種を回収し育ててみたら実になったのだと言う。
さくらんぼを手の平サイズに大きくしたみたいだ。
触り心地もぷにぷにで水風船かと思ってしまう。
少し衝撃を与えたら破裂しそうで少し恐い。
タルトが齧っても破裂はしなかった。
真似して齧ると不思議な感じ……触ったぷにぷに具合から水分が多いかと思ったが、中の身がしっかりしていて歯応えがある。
手の平サイズですぐに食べ終われると思いきや、一個食べただけでもかなりお腹に溜まる満足さだ。
「月並みだけど、美味しい……!」
「ふふふ、ありがとね、ウチの自慢の一品だからね」
店の奥から店長だろうか、おばさんが顔を出した。
元々狭い店内、外に出ても道幅が狭いために、客と店員の物理的にも心理的にも距離感はぐっと近くなる。
「タルトの友達ならこっちも食べたらどうだい? 遠慮しないで試食して行きな」
「こっちも飲み物があるからね。人混みの中は暑いでしょ、疲れた時には水分補給よ!」
たくさんの声が重なる。
聖徳太子じゃないんだから、私は複数の言葉を聞き取れるわけじゃない。
途中から優先度も分からずパニックになってしまう。
とりあえず、近くのお店から寄ろうと思った。
しかし、となると何十件も寄る事になるのでは……?
しかしお店の人たちは紙袋に果実や飲み物、野菜やお肉を詰めて私に渡してくれた。
タルトと手分けして荷物を抱える。
二人でなんとか抱えられる量で、そこでみんなも気を遣って止めてくれた。
「これからよろしくね、サヘラちゃん。タルトの事をよろしく。この子は馬鹿だけど、間違いなく良い子だから」
「もうっ、友達の前で恥ずかしい事言わないでよ! サヘラの方がもっと良い子だよ!」
そんなわけないだろ!
タルトと比べなくても、私は良い方じゃない人間なんだから。
みんなと別れ、大荷物を持って商店街から出る。
しばらくは食料には困らないだろう。
タルトが常に金欠で有名でも、いつも元気である理由が分かった。
単純に生活力が鈍感なだけかもと思っていたが、頼まなくとも周囲からのお恵みがあったわけだ。
甘やかし過ぎだし、甘え過ぎだよ……。
今度それとなくみんなに伝えておこう。
タルトの人気のおかげでついでに私の名前も覚えてくれた。
既に互いの距離は近いので話しかけもしやすかった。
もはや隠していないけど、私の性格はこの世界では受け入れられやすい傾向にあるのかもしれない。
素の私を受け入れてくれるなんて、この商店街、大好き過ぎる。
中にはセーラー服が珍しいらしくて、仕立ててくれるお店も見つかった。
なんと新しくもう数枚作ってくれるらしい。
これで衣服には困らない。
常にセーラー服でいる気なのかと自問自答したけど、トレードマークになっていいのではないか。
セーラー服が制服である常識がないこの場では、私服にもなる。
奇抜だがオシャレにもなるのではないか――。
「商店街のみんな……良い人たちだね」
「でしょ! わたしの育ての親はあの商店街のみんなだから」
そこで、お母さんとお父さんは……、と聞こうとして、やめた。
薄々、感じてはいた。
タルトの生活の事を聞けば、なんとなく。
この世にはもういないんだろうなって事は、予想がつく。
「サヘラ?」
「――え?」
ぼーっとしたまま歩いていたらタルトに首根っこを掴まれ引き止められた。
タルトは抱えていた荷物を半分落としている。
そこまでして止めなくても……。
そこで気づいたが、私は人の通る一般道からはずれた細く真っ暗な道へと足を踏み入れようとしていたところだった。
怪しげな雰囲気だったが、光も届いている――危険はなさそうに見えるけど、タルトの手には必要以上の力が込められていた。
表情も口調も、いつも通りなのに。
「そっちはあんまり良くない所だから、こっちから戻ろうよ」
「……そう、だね。この狭い道から行く理由もないし」
道の先が気になった……が、後でフルッフに聞けばいいやと、気になった道をはずれて一般道を進む。
私たちが仕事をしている間にフルッフは専門家と連絡を取ってくれていたらしく、訪ねる日取りが決まった。
専門家も忙しく、今日と明日、僅かな時間を空けてくれた。
今日行くとなると今は中途半端に夕方だったので、話を聞きに行くのは翌日になった。
私とタルトはフルッフの家に押しかけ、泊まる事にした。
フルッフはしつこく私たちを追い出そうとしていたが、タルトの意地に根負けしていた。
あれは意地というか、子供の癇癪だったけど……。
そして川の字で三人、布団を敷いて眠る。
家で眠るよりも、疲れが良く取れた気がした。
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