#26 分かれ道【サヘラの先】

 タルトと二手に分かれてフルッフを追うが、周囲に気配の一つも感じられない。


 短い階段を下りては上り、低い塀を越え、そもそもフルッフの居場所どころか自分たちのいる場所さえもどこなのか分かっていない状況だ。

 テュア隊長も役に立たないし。


「道なんて覚えないからなー。前に進んでいればいいだろ、戻りたかったらその時になって戻れる道をまた新しく見つければいいわけだし。来た道を辿れたらそれに越した事はないけど」


 後先考えず今だけを全力で考えるところは本当にもう一人のタルトがいるみたいだった。

 私は歩きながら、


「隊長はなんの亜人なの?」

「隊長言うな、ここではプロロクと――まあ、いいか。あたしら二人だけだし」


 すると鼻から上を隠していたマスクを取り、被っていたフードもはずした。

 久しぶりに見たテュア隊長の素顔。


「あたしは獅子の亜人だよ。獅子って分かるか、がおーっ、てやつだ」


 両手を猫手にして八重歯を見せつける。

 獅子くらい、私でも知っている。


「……あれ? そうなるとタルトとは違うんだ。確かタルトは竜の亜人だったような……」


「ああ、まあな。けど、珍しい事でもないぞ、たとえば竜と獅子の亜人が生殖行為を行えば生まれてくる子供はどちらかの種族となり、対応した特性が発現する。ただし竜の亜人になって獅子の特性を発現させる事はできないがな。獅子が竜の特性を持ち炎を吐くのは生物構造的に不可能だからな……無理なものは無理って意味だと思うぞ」


 でも稀に前例のない特性を持つ者もいたか……、と独り言を呟き始めてしまう。


 そんな会話をしていると地下へ続く階段を見つけた。

 重く長い丸太が集められ、重なり合った向こう側にある。

 見つけにくい場所にあるのが、誰かの『見つかりたくない』意思を感じる。


「タルトが言っていたけど、記憶喪失らしいって……」

「お前ら仲良いな、タルトがそんな事を言うなんて……いや、珍しくもないか。

 あいつは記憶がない事を不幸だとか欠点だとか思っちゃいないからな」


 前を向いて、今だけを全力で生きているからこその考え方だ。

 後ろを振り向き、戻ろうとはしない。


 タルトにとっては思い出せなくてもいい過去なのだろう。


 進もうとしたら地面が丸太で覆われてしまっている。

 山なりに階段のようになっている丸太を踏んで、地下階段が隠されている場所まで移動した。


「想像通り、あたしとタルトは姉妹じゃない。血は繋がっていない。タルトはあたしの師匠の子なんだ。――あの子が五歳の時に託された。だから、あたしが保護者役をやっているんだ」


 階段の先も道中も外とは違って燭台がない。

 一段一段、ゆっくりと足を降ろして行く。


「いいよ、あたしが先に行く。サヘラは後ろから着いて来い」

「わお、なんて頼れる背中なの……っ」

「一応、一つの部隊を任されてる隊長だからな、頼りにならなくちゃ話にならないよ」


 両手を伸ばせば、両側の壁に手の平が触れるほどに階段は狭かった。

 隊長の姿も下に降りるごとに闇に紛れて見えにくくなる。

 後ろを振り向き入口も見えなくなったら、テュア隊長の姿は完全に闇に溶けて見えなくなった。


 手を伸ばし、隊長の黒マントを指でつまむ。

 そこにいるという安心感が欲しかった。


「保護者代わりはあたしと、ご存じ今の市長のロワ。で、あたしが探している行方不明のプロロクだ」

「プロロクって……隊長が使ってた偽名だったんじゃ……」


「行方不明の親友の名前を偽名で使ってたんだよ。広めてくれって頼んだだろ? もしも紅蛙会の中にプロロクがいれば、自分の名が別の者につけられ広まっていると知れば、気にせずにはいられないだろうしな。なにか動きがあるかなと思ったんだ。未だに収穫はないけど」


 おっ、階段が終わったぞ、と言葉の後に空間の広がりを感じた。

 話し声が反響している。

 遠くまで聞こえ、小さな生物を呼び寄せてしまいそうだ。

 真っ暗なので未だに服をつまんだまま、隊長に先導してもらう。


「あたしは、家族に血の繋がりなんて関係ないと思ってる。だってあたしは赤ん坊の頃に親を亡くしているからな。姉妹同然のロワもプロロクも同じようにさ。

 そこからタルトの両親……あたしの師匠だな……に引き取られ、タルトが生まれると同時にフラウスに一時的に引き取られる。

 今ではタルトを引き取って、一緒にはいないにしても親と子として生活をしてる。

 タルトが小さい時はちゃんとあたしもお世話をしたんだぞ? 誰もまともにあたしが育てたって信じないのが不満なんだけどな……」


 嘘だとは思えないが、でも、育てたとは思えない周りの人の気持ちは分かる。

 タルトは育てられたんじゃなくて、親を見て、育ったんだと思う。

 テュア隊長の良いところも悪いところも全部含めて見よう見真似で。


「だからさ、似てないだとか血が繋がっていないからとか関係ないよな。――長く一緒にいれば家族みたいなものじゃんか」


 私にも家族がいる。

 二つあるけど、両方とも、隊長とタルトの仲には絶対に勝てない。

 私の家族は本当の家族なのに、家族ごっこみたいだったのだから。


「タルトにとっては、だからフルッフも家族みたいなものなんだ。

 幼馴染、腐れ縁、親友。色々呼び名はあるけど、家族や姉妹って言い方が一番しっくりくる。タルトは絶対に、諦めないだろうな」


 どんな目に遭っても。

 それは私も良く知っている。


「サヘラは覚悟があるのか? 亜人でもないお前に」


 人間なんだろう? とは隊長も言わなかった。

 ……同じようなものだったが。


「……表の亜人街は市長のロワのおかげで外界とはまったく違うが、この裏亜人街は違う……外界と一緒なんだ」


 弱い者は強い者に食われる。

 善悪の関係ないルールだった。

 テュア隊長は言う。


 お前に、


「命を懸ける、覚悟があるのか?」

「今更だなあ」


 だってそもそも、亜人の世界に飛び込んだ最弱の種族と呼ばれる人間が、この私なのだ。

 どこにいようとも私は常に命を懸けているようなものである。


「二人のためならもちろん。あ、でも隊長のためには懸けないからね」

「にひひっ、いいよー別に。というかいらないっつの。お前は、それでいいよ」


 敵には容赦なくて、仲間には優しくて、知り合いには毒を吐く、そんな良いとも言えず、だからと言って悪いと断言もできないそんなグレーゾーンなお前が、タルトには必要なのだと。


 だから変わるな、と言われた。

 ……褒められてるのか? 

 それもグレーゾーンだ。




「今、フルッフと、そう言ったの……?」

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