#27 鉄格子の先に蛇
「――っ、なに、誰かの、声……?」
隊長が足を止めた。
止まると思っていなかった私は隊長の背中に突っ込んでしまう。
すると見えているかのような足取りで進み、鉄を叩くような音で足が止まった。
隊長の先にある物に私も手を伸ばす。
冷たく堅い。
――同時、指先が握られた感触。
「いや――ッ」
「ご、ごめんなさい、間違って触ってしまったわ……」
振り払った後で冷静になって気づいた事がある。
女の人の声だ。
幼くすれば聞き慣れた声にも聞こえるが……、
直前に聞こえた人物の名前がしっくりと答えにはまっていく感覚。
「フルッフ……に、似てる……?」
「やっぱり、あの子の知り合いなのね……でも幼い、わよね。お友達かしら?」
「フルッフの事を知っているの?」
「ええ、知っているわ。……私たちの、自慢の一人娘よ」
「娘……、え、母親?」
隊長の背中を離し、声の方に近づく。
忘れていたが冷たく堅いなにかがそこにあるのだ。
前のめりになっていた私は顔面を思い切り目の前の鉄にぶつけた。
瞬間的に顔をしかめてしまいそうな金属音が響いた。
真っ暗なのも相まって、私の目には自然な星が浮かぶ。
「い、った……っ、壁……?」
「なにしてんだまったく。これは鉄格子だよ……。昔からあまり見なかったから特に不思議にも思っていなかったが、ここでこうして捕まっていたとはな……。ふーん、そういう事か」
「なにを一人で理解して……ッ、私にもきちんと解説してよ!」
「フルッフの弱みはこれじゃん。暗くて分からないけど気配を感じるに、母親以外にもこの牢には入っているだろ。こうして牢に入り生かされているのはフルッフが紅蛙会で働いているおかげ……ってところか?」
牢の中、一瞬、呼吸音が止まった。
やがて息遣いがこれまでのように聞こえてくる。
「ええ、そうよ。私たち家族は、あの子一人の犠牲により、こうして生きられている」
つまり、フルッフがどういう形であれ、紅蛙会を裏切れば、もしくは紅蛙会が裏切ったと判断すれば、フルッフだけではなくここにいる家族も一緒に始末される事になる。
フルッフが逃げられない理由。
フルッフが助けを求められない原因。
口にも出せない。
見えない強力な鎖によって縛られている。
「あんたらか。『
市長がロワに切り替わる際、同じく裏亜人街でも公的組織が切り替わったと聞いたが、公式に引き継いだわけじゃなかったのか。
今の会長に乗っ取られたんだろ、力こそが支配者に相応しいこの世界で、あんたらは負けたんだ」
テュア隊長の言葉にはいつもよりも力が入っていた。
まるで敵に向けているようだ。
「サヘラ、勘違いするなよ。フルッフは心の優しい亜人だ。だが血縁者のこいつらは悪党だ。今この裏亜人街を支配している紅蛙会よりも力が全ての支配をしていた。潜入した時に聞き込みをして分かったよ、ここの住人は紅蛙会を信仰している者が多い。でもそれって、麻痺してるんだよ。先代があまりにも酷いから今がマシに見えるだけの話なんだ」
紅蛙会は反抗する亜人を良しとはしないが、仲間には共に寄り添い、同じ生活をし、一体感を大事にしている。
幹部が分かっているだけで少ないのも今なら理解できる。
会長が一人必要なのは仕切りやすくするためだ。
幹部が何人もいると威圧的に見えてしまう。
だから最小限にし、いても若くしたり、女にしたり、威圧的に見えないようにしている。
ここの住人への気遣いができている。
対して蛇籠会はどうだろう。
幹部は数十人おり、会長も含め権力者は身にまとう衣装が住人とは別格である。
豪華な服装、多くの宝石を身に着けている。
武器を所持し見せびらかし、威圧的に見せて逆らえない状況を作り出していた。
逆らう気力を起こせないくらいに、金を収められない違反者を見せしめに傷つけたりして……。
テュア隊長は当時は知りもしなかった裏亜人街の様子をここ数日の調査で知り、その怒りが当事者を前にして爆発しそうになっていた。
鉄格子を握り締め、壊れないはずの堅いそれを壊しそうな勢いだった。
「酷い……っ」
「当時から噂だけは聞いていたんだがな、不確かな作り話程度にしか思っていなかった。
あたしも小さかったし、サヘラくらいの年齢だったからな、どうにかする力なんてなかった」
テュア隊長は噴き上がった怒りを徐々に小さく収めていく。
鉄格子からも手を離した。
「いい気味だな、蛇籠会」
「そうね、その通りよ。老害がいない今、伝統を守る役目もない。だから紅蛙会に譲った側面もあるのだから。……私たちの子供にまで嫌な役目を押し付ける気はなかった。だけどあの子は結局、私たちを救うために嫌な役目をやっている。どう転んでも子供を不幸にしてしまう私たち一族の呪われた体質が、気持ち悪くて仕方がないッ」
「待てよ、伝統? 役目、だと? 今更あの支配は無理やりやらされていたと責任転嫁するつもりなのか?」
「そうではないわ。言い訳なんてしない。でも、あの子は関係ない。元々賢い子だったから、役目を任されないように昔から裏亜人街には来なかった。私たちとあの子の関係は、昔から希薄だったのよ。だから庇うなんて夢にも思わなかった」
「フルッフは、一体なにをして家族を守っているの?」
隣で吠えそうだったテュア隊長を手で制する。
私の腕で彼女の体を引かせた。
「情報屋として活動し、裏と表で得た情報を報告し、紅蛙会幹部として会長の言いなりになる事……。
あの子が役目を全うできなければ、私たちは始末される。そういう契約よ」
「もし、この事を市長に言ったら、フルッフを救える?」
「無理ね。いや、無理ではないでしょうけど、フルッフは少なからず悪事に手を染めてる。脅されて、命令されたとは言え、あの子の意思でやっている事よ。……罪になるわ。市長に救ってもらったとしても、その後はこれまでの悪事が清算させられる。
あなたも友達として、あの子がそうなるのは嫌なんじゃなくて?」
「そっか。結局、あなたたちも罪を清算するわけだしね……」
「裏亜人街自体が非合法の塊よ。暗黙している節もあるけど、公式に発覚すればこの裏亜人街自体が潰される可能性もある。
それは、色々な人にとって迷惑になるでしょうね」
「うーん、だよね。じゃあ無理か……」
「あの子を、助けようとしてくれているの?」
「当たり前でしょ。だからって別にあなたたちを助けようとしているわけじゃないよ」
「……ありがとう」
「――サヘラ、どうするつもりなんだよ」
「どうしようか。どうしたらいいと思う? 裏亜人街を知り尽くしたかつての支配者さん」
そうね、と鉄格子の中では逡巡するような素振りを感じた。
言いあぐねているのだろうか。
「これは、確実だけど勧めたくはないやり方なのよ。でも、これくらいしか、私たちには分からない。
支配者だからこそ、見える範囲が狭いのかもね。ただ――確実よ」
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