#28 負け犬通りの作戦会議
「勧めたくないものを言い出したところでなんとなく分かっていたけど。
……どうすればいい? 私たちにできる事だったらいいけど――」
「できるわ。力が全てのこの街だからこそ、力で支配者を頂点の椅子から引きずり下ろしてあげればいい」
つまり、紅蛙会との全面戦争。
「フルッフのお友達……あなたのお名前は?」
「サヘラだけど」
「そう、サヘラ。あなたが、裏亜人街の新しい支配者になるの」
――負け犬通り。
地下水路の事を裏亜人街の住人はそう呼んでいる。
曰く、亜人街に居場所がなく裏亜人街から弾かれた負け犬はみな地下水路へ逃げ込む事からそう通称されるようになったらしい。
フルッフの家族が閉じ込められた牢から戻っていると、私の腰に抱き着いた者がいた。
フードをはずしている彼女は、獣のような耳をぴんっ、と立ててぴくぴくと動かす。
「……こいつだけじゃないな」
「見つけた」
「あの子が、目を覚まさないの」
燭台に照らされる位置に出て来た二人は同じ顔をしていた。
腰に抱き着くこの子も同じく。
「一緒に来て」
この子たち三人は、さっきまで一緒にいた三つ子なのだ。
そして三人に先導されると、金髪の先輩が遠くで手を振って私たちを手招く。
「ったく、お前らどこに行ってたんだよ。――仲間が大変なんだ、お前らも来い!」
「えと、ここって――」
地面に設置された丸く重い金属板をはずすと、穴の下へ続く梯子が見えた。
「知らないか、この先は負け犬通り。ちょっと匂うが、そんなもん気にしないだろ」
先輩の後に着いて行き、梯子を下りる。
確かに下水の匂いがほんのりとするが……思っていたよりは大分匂いは抑えられていた。
負け犬『通り』と呼ばれるくらいなのだから、使う人たちが利用しやすいように工夫したのだろう。
梯子を下りたら流れる下水が見える。
横の通路を歩いて行くと、遠くに人だかりが見えた。
そこだけ燭台がいくつもあり、道中に比べて明るい。
薄い布を敷いたその上に、目を瞑ったタルトが横になっている。
周囲にはタルトを看病している人たちがたくさんいた。
ボロボロで穴が開いたり先っぽが破れていたりする黒マントが忙しく動いている。
たった一人を救いたいがために、みんなが協力していたのだ。
「いいなあ、こういう光景。私、好きだよ」
「タルト!」
テュア隊長がタルトの元に駆け出す。
目を覚まさないタルトの体に触れ、専門的なやり方で体を観察していた。
「……眠っているだけか……。いや、首元の――締め落とされたのか」
「おい、あんた――」
「濡れたタオルはあるか? 体を拭いて清潔にする。あたしはこの子の保護者だ、手伝ってくれるのならあたしの言う事を聞いてほしい」
「あ、ああ、分かったよ」
隊長の瞳に気圧された男が言われた通りに濡れたタオルを用意する。
もちろん清潔だ。
貴重な材料も惜しげなく使う。
それを誰も不満には思っていない。
周囲を見て観察しても、この状況に非協力的な人は誰一人として存在していなかった。
「どうして、みんなタルトのために協力しているの?」
「いつもこうじゃないよ」
「面倒だって端っこにいる人もいる」
「でも今日はみんな一緒」
私が再び、どうしてタルトの時はこうなの? と聞くと、三つ子は声を揃えた。
『この子だから。放っておけなかったの』
「おぉ……、タルトってば一方的に初対面でも友達を作るのか……もはや魔法だな」
「俺たちゃあ元々は負け犬通りでも裏亜人街でもねえ、普通の亜人街に住んでいたんだ、この子の素性くらい知っているんだよ」
通る黒マントの一人が言った。
彼はかつて商店街でお店を開いていた過去があるらしい。
「小さかったこの子の成長を見ていたかったが、ちと失敗しちまってな、ここまで堕ちたってわけだ。あれから何年経ったかね、こうして記憶に残る女の子の成長した姿が目を覚まさないでいるじゃねえか。なら、助けたいと思うのは普通だろう。ほとんどがそうさ。この子には、無邪気な笑顔に救われた。何度も、何度もな――」
誰もがうんうん、と頷いた。
「俺はこいつとはさっきが初対面だったが、同じ気持ちだ。
なんだろうな、そういう不思議な感覚があるんだよな。放っておけないって、力を貸したいって言うさ」
「――先輩、ちょっと相談があるんだけど」
私の隣にいてくれる先輩へ、一つのお願い事をする。
「先輩。下っ端のままじゃいられない、幹部にでも登り詰めて格好良い男になりたいって言ってたよね?」
「ああ、俺の目標だぜ?」
握り拳を真上に突き上げる先輩。
その腕にくっつけるように、私も腕を伸ばした。
「格好良い男になりたいのであって、格好良い今の会長に心酔しているわけじゃないよね?」
「今の会長も憧れてるが、確かに心酔ってほどでもないが……なんだよ、なにが言いたい?」
「私に付き合ってよ、先輩」
「……後輩の頼みなら、仕方ねえな。できる限りで付き合ってはやるぜ」
「三つ子ちゃん――話、聞いてた?」
隣にいた三つ子は同時に頷いた。
目を覚まさないタルトを利用するのは本人に許可を取っていない今、人道に反するかもしれないけど、全てはフルッフを助けるためだと説明すればタルトは絶対に怒ったりはしない。
だから遠慮なく使わせてもらおう。
忙しそうにしている今、負け犬通りの人たちには後で伝えるとして、まずはこの四人に伝えるとしよう。
三つ子と先輩の視線が私に集中している今、私はあっさりと四人に言った。
「紅蛙会を潰そうと思うから、私の作った組織に入ってよ」
「――なに言ってんだ、お前は」
「……勝算、あるの?」
三つ子は話が早い。
私の言葉を疑わず、その先の疑問をまず解消しようとしている。
先輩は話にならないね。
「俺も、気になってるぜ、勝算がなきゃ手伝えねえって」
「勝算。正直、相手の情報が少ないし、あるとは言えないけど、こっちにも頼りになる人となにもかもが未知数な人もいるから、五分五分の戦いができそうだなとは思ってるよ」
「勝算は分かった」
「じゃあ肝心の部分だよ」
「なんのために?」
「お前に王的意識があるとは思わねえぞ。上に立ちたい意思はありそうでも取りまとめられないだろ、面倒に思いそうなタイプだ」
先輩に読み当てられるとかなり癪に感じるが、目を瞑ろう。
実際その通りだし。
「正直、紅蛙会を潰した後の事は考えてないんだ。
裏亜人街をまとめる人がいなくなっちゃうかもしれない。
でも、方法がこれしかないんだよね。私とタルトの友達を、助けたいから」
『乗った』
三つ子が声を揃えて言った。
「そういう事情なら早く言え。格好悪い部分を見せちまってたじゃねえか」
いつもは格好悪い先輩の表情が変わった。
そして鋭い勘を見せる。
「で、ここの面子を仲間に引き入れるわけか。いいんじゃねえの、紅蛙会に反抗意識を持っている奴らが集まったのが負け犬通りだ。仕方なく従っている奴も多い紅蛙会の下っ端には数は劣るが、やる気だけは越えてると思うぜ」
それに、黒を白に変える事もできる。
――先輩の作戦は期待できそうだった。
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