#46 さあ、反撃だ

「あ……」


 加減できるほど操作を熟知しているわけではない。

 全てが全力で行われる人型機械の攻撃は鉄の拳を振るうだけだが、鉄壁の防御殻と呼ばれる市長の鱗をいともたやすく砕き割る。


 あっさり、という表現こそ相応しい。

 そもそもこの力関係こそが正常なのだが、市長への期待が大きかったために彼女が沈められたら周囲に絶望感が漂い始める。


 剥がれた鱗の下の皮膚からは血が流れており、傷が酷い右腕を垂れ下げながら、市長は震える足で立ち上がる。

 背中の翼も元気を失くして枯れたようにだらしなく重力に負けていた。

 しかし、それでも瞳は死んでいなかった。


「……逃げるわけにはいかない。私がここを離れたら、一体誰が街を守るんだッ!」


 上がらない方とは逆の腕を広げ、


「逃げろ……っ、私を応援している暇があったら一歩でも遠くへ逃げるんだッ!」


 市長の声を合図に止まっていた足が動き出す。

 大きな人の波が遠ざかって行くのを見て人型機械が挙動を示した途端、市長は大きく空気を吸って体を逸らし、次の瞬間には吐き出した。


 極大の炎の球が人型機械の上半身を飲み込んだ。

 フルッフが見る画面には真っ赤な映像しか映されていなかった。

 ……数秒して、晴れた映像には僅かに目を見開き驚いた市長がいた。


「――無傷、とはな……破壊できるとは期待もしていなかったが、それでも全て弾かれるとは予想外だ」


 フルッフには外装を見る術はないので彼女の言葉をあてにするしかない。

 そうか、無傷なのか。

 ……鉄の装甲は市長の炎でも溶かす事はできなかったらしい。


「だが、一度耐えたからと言ってこれから続く百発を耐えられるわけではないぞ」


 百発には及ばなかったが、タルトとは比べものにならないくらいの大きさで何発もの炎の球を吐き出した市長は、遂には、かはっ、と口から血を吐き出した。


 声が掠れてしまい叫んで指示を出す事も難しい。

 これだけの代償を払っても得られたものは人型機械が頑丈だという見た目からでも推測できる情報だけだった。

 ……割に合わない。


 上半身を集中的に狙うのではなく関節を狙った方が良かったのか、と後悔をする。

 反省をしても今の市長にはもう、一発を吐き出す余力も残っていなかった。


 しかし時間稼ぎは済んだようだ。

 あれだけ騒がしかった住人はこの場にはほとんどおらず、機械の駆動音だけが聞こえるほどに静かだった。


 残されたのは自力で逃げられない怪我人だけが周囲に横たわっている。

 フルッフは操縦室の中でスーツを脱ぎ、タルトのように露出の多い姿になっていた。


 下着だけの誰にも見せられないだらしない姿だ。

 しかしこうでもしないと熱気には勝てないのだ。


 大分マシにはなったとは思うが、汗は未だに止まらない。

 このままでは脱水症状、熱中症になってしまう。

 フルッフにもあまり時間的猶予はなかった。


 焦り、熱さによる集中力のなさが、横たわる怪我人を無意識に踏もうと操作していた。


 枯れたようだった翼が一瞬だけ元気を取り戻し、市長の体を猛スピードで、上がった人型機械の足の裏まで連れて行った。

 下敷きになりかけていた怪我人を助け出し……、というところで翼の限界がきた。

 足の下の影の中で、市長は膝を崩して身動きが取れなくなる。


 だが、心苦しいが怪我人を放り投げ、なんとか市長として住民を守る義務を果たす。

 自らの命を犠牲にしても。


 人型機械の足が大地を踏みしめ、そこにいただろう市長を踏み潰した。

 感触が伝わるはずもないが。

 それ以前にフルッフが踏み潰したと認識しているかも怪しいものであった。

 汗を拭ったフルッフが映像で見たものは、抱き寄せられている市長の姿と、隣に凛として立つ黒衣を身に纏う人物であった。


「危ないところだったね。私に感謝しなよー、ロワお姉ちゃん」

「お前……プロロク、なのか……?」


 顔に巻いた布を衣擦れの音と共にはずし素顔を露わにすると、平手ではなく本気の拳が飛んできた。

 甘んじて受けた後、プロロクの胸に市長の顔が埋められる。


「バカ、バカ者が……ッ、こんな時まで一体どこでなにを……っ」


「うん、説教も積もる話も全部後で。絶体絶命のピンチを助けて、はい終わりじゃないんだから。

 これを倒すかこれから逃げるか、そこまで面倒を見てからやっと落ち着けるんだから」


 プロロクに言われた通りで返す言葉もなかった。


「市長――――ッ!」


 すると、後ろから呼ばれた声に市長が振り返る。

 役所員が逃げた先からここまで戻ってきた理由……、

 それは命よりも優先させるべきなのかと説教をしたいところだったが、その言伝は朗報だった。


 折れかけた心を支えてくれる柱になり得る。


「繋がりました……調査隊はまだ、近くの森の中にいます!」

「早く連れ戻せ、それまではここでなんとか持ちこたえる……ッ」


 無茶な要望にもプロロクは文句の一つも嫌な顔も一切しない。

 だって、一人ではない。


 いつの間にか周囲の怪我人は誰一人として横たわってはおらず、瓦礫の下にはこそこそと暗闇で動く影が見られ、その数は数え出したらきりがないほどの増幅していた。


「ロワ、休んでて。元気があり余ってる後輩がたくさんいるから、ここは任せましょうよ」


「この子たちは……」

「紅蛙会……改め、黒百合会の下っ端幹部、大集合よ」

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