#2 案内人・タルト

 黒焦げになった私たちはとぼとぼ歩いてタルトの案内通りに森の出口へ。


 さっきまで元気だったタルトは今はしゅんと肩を落として落ち込んでいる。

 これが私を巻き込んでしまったあの炎の球の事ならば可愛いのに、獲物のピラニアを黒焦げにして食べられなくなった事で落ち込んでいた。


 あれを食べる気だったの……食べられるの? 


 さあ? と、タルトは首を傾げる。


 あれだけ死にもの狂いで、もしもこんがり焼く事に成功していたとして、食べられなかった時どうするのだろう……とか、この子は考えないのか。


 考えなさそうな性格をしていそうだ。

 ……把握した。


 タルトはなるほど、バカなんだ。


「今日は珍しいんだよ。ほら、見て見て!」


 タルトは両手を広げて自分の体を私に見せつける。


 水着。

 私と比べて、大きな胸。


 引き締まったお腹周り、スタイル良し、程よく筋肉もついており、健康的な若い女の子。


 比べて私。

 不健康な色白、寄せないとあるか分からない胸、運動不足でついたちょこっと指でつまめるお腹周りのお肉、チビ。


 ……んー、喧嘩を売っているのだろうか?


「ほらっ、怪我してない!」


 黒焦げで煤だらけなのは――怪我ではないか。

 火傷もしていないし。


 だからぼろぼろの見た目をしていても無傷と言える。

 それが、珍しい? 

 つまり普段はこれ以上に、怪我もしている事になる。


「うん。だって亜獣あじゅうと出会ったらほとんど生きて帰る事はできないし。今日はたまたま、亜獣が集中していたからみんなが喧嘩していて助かったけど……いつもなら助ける暇なんてなかったよー」


「そう、なんだ……」


 口から出たのはそんな相槌。

 言いたい事は色々あれど、上手く言葉にできない。


 胸中だと溢れるほどに言葉が流れ出てくるのに。

 常識の範疇を越えた状況だから……、と言い訳をしても結局、私はいつだってこんな調子だった。


「私もいつもは浅い所にしか行かないんだけどね。じゃないと、亜獣に出くわした時に戻れなくなっちゃうし」


 戻れなくなる。

 丁度今、タルトの言う『戻る場所』に向かっている最中だった。


「今日はさっきの……ピラニアだっけ? に引っ張られちゃって。あんな深くまで潜ったの初めてだったから、すっごい焦ったよ。死ぬかと思った……!」


 こんなタルトでも、危機感は感じるんだ、と失礼な事を考えた。


 私を助けてくれた発端が、危ないという危機感だから、あるのは当たり前か。

 タルトだって人間なんだから、そりゃ当たり前だけど。


 ……でも、人間が炎を吐くのかな。


「おっ、あったあった。こんな所まで飛ばされてたんだね」


 大木の根元に駆け寄り、落ちていた服を拾い、タルトが水着の上から羽織る。

 次にショートパンツを穿き、露出は大分減った。


 しかし上着の前が開けっ放しのため、服らんだ胸が常に見える状態だった。

 ……やっぱり喧嘩を売っていると思うんだけど……。


「揉んでやろうかな」

「恐っ、やだよ! 全部持って行かれそうな気がするもん!」


 胸を隠すタルトが警戒した目で私を見る。

 冗談だよ、と誤解を解いておく。


 あながち冗談でもなかったのだけど、ここは嘘でもそう言うべきだ。


 ん? 今、自然とタルトと話せていたような……。

 気を遣わずにぽろっと本音を言っちゃっていたけど、いいのかな? 


 ちらっとタルトを見ると、気にした様子もない。


 数秒前の会話さえも忘れているかのようなのん気さだった。


 ……タルトを基準にするのは間違いかもしれない。

 タルトが特別で、異常なだけなのかもしれないし。


「着いたよ。それにしても、よく今まで生きて来れたね。わたしと会ったのが、初めての人だって言うし。街も知らないなんて……独自の避難場所でもあるの?」


 私は首を振る。

 記憶喪失って事にしておこう。

 首を突っ込まれるのも色々と厄介だ。


「へえ、記憶が喪失したんだね」


 なんてバカに聞こえる返事なんだ。


「でも安心してよ、今からはわたしがいるし、それに――ここなら安全だよ」


 タルトと共に、亜獣と呼ばれる巨大生物が入れない小さな穴を進んで行く。

 しばらく暗い視界が続き、やがて光が見えた。


 トンネルを抜けると、見えるのは外と変わらない森の景色。

 だが木々の隙間からは家が見える。


 ガラクタを寄せ集めて作ったような地味な色ばかりだったが、人は住めそうだった。


「ここは……?」



亜人街あじんがいだよ。亜人が作り、ここまで発展させたの。人間の遺物を利用して、ね」



 亜人が作り上げた街――亜人街。


 この世界に、『人間』は私を除いて一人もいない。

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