#53 囮の裏にある作戦
「……シラユキ、いつから、そこに……」
「お母さん、全部、聞いてたよ……っ」
シラユキの登場に動揺したフラウスは一歩身を引いた……無意識だった。
後ろにかけた体重をすぐに別の方向へ移動させるには時間がかかる。
その隙を作ったのはサヘラだ。
動揺したフラウスを見てこちらに駆け寄ってくるサヘラ。
……シラユキを利用し、私の隙を作って奇襲を仕掛ける……。
「浅知恵ね」
「そうか?」
背後からの声にフラウスは振り向いた。
眉間に突きつけられたのは銃口だった。
そして目の前にいる男は……、
かつての恋人。
今はなき紅蛙会会長である、グンであった。
「シラユキを囮にサヘラが動く、それさえも囮にして俺が登場するシナリオだ。どうだ?」
「……よくもまあ、私の前に姿を現す事ができたわね……この裏切り者」
「そうだな、そう思われても仕方ねえもんな。俺はお前の事、今も変わらず好きなんだぜ?」
「じゃあ、あなたが私を撃つ事なんてできないじゃないの……脅しに意味はないわね――」
しかしそこでフラウスが見てしまったのは、引き金にかかる細い糸だった。
糸の先を辿れば、駆けてフラウスを通り過ぎたサヘラの指に繋がっている。
その糸の存在をグンは知らない。
ここから先はサヘラだけで考えた独壇場になる。
糸を手繰り寄せれば引き金は引かれ、拳銃はグンの意思とは関係なく弾を撃ち出す。
銃口は未だに眉間に突き付けられたままだった。
このまま、引かれたら――、
ぴんっと張った糸を見てフラウスの背筋が冷たくなる。
……振り向いたサヘラの瞳は本気だった。
糸の回収など簡単にできる。
事故と言い張れるし、加害者の役目をグンに押し付ける事もできる。
サヘラの位置はあまりにも安全地帯であった。
タルトとフルッフのために、誰かを殺す事ができるのがサヘラという『人間』。
フラウスの敗因は、サヘラという人間を読み違えた事だった。
「サヘラっ、待って――」
「くいっとなっ」
引かれた糸が引き金を作動させる。
……撃ち出されたのは、空砲であった。
ぎゅっと目を瞑っていたフラウスは恐る恐る目を開ける。
温かいと感じた時にはグンに抱きしめられていたと気づいた。
「……なにを、しているのよ……」
「なあに、十年ぶりだからな。ずっと、こうしたかったんだ」
「十二年よ。あなたが蒸発してから」
そうか、そうよ。
そんなやり取りをしながらも、グンはフラウスの後ろ手に手錠をかける。
「はぁ。仕方ないわよね、これ……私はこれで牢獄行きかしら」
「間接的にしろ、計画の首謀者だからな。……恐らくは、そうだろうなあ。でも安心しろ、俺は毎日、面会に行ってやるからよ」
「あなたも一緒に入りなさいよ。女を捨てた罪は重いのよ?」
「入ってやりてえが、俺にも役目がある。それをこなしたら、いつでも付き合ってやるさ」
抱き着かれた至近距離、囁くように、馬鹿な男、とフラウスは呟いた。
「十二年でこんなに変わった私にまだ執着するなんて……」
「変わってねえよ。俺には分かるさ、幼馴染じゃねえか。
それに十二年、お前と離れても、お前以上に良い女はいなかったよ」
フラウスの口元は緩んでいた。
自分勝手に蒸発した元夫を前に怒りがあっても、やはり再会できた嬉しさは当然あるのだ。
それを隠し切れないからもう諦めて、笑顔を作る。
その笑顔のまま言われた一言は、やましい事はないがそれでもグンをぞっとさせた。
「色々と聞かせてもらうわよ。この十二年と、蒸発した理由をね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます