#54 大好きな世界【エピローグ】
言葉の擬態。
……それがマスターこと、フラウスの特性だったらしい。
指定した言葉を周囲の言葉に埋もれさせて意識させないようにしたり。
その言葉自体を良い意味だと捉えさせられたり。
常識だと印象付けたり……、つまり洗脳なのだと思う。
汎用性が高く、効果も大きい。
使う人間が違えばもっと大きな事もできただろう。
じゅうぶんフラウスが使っても大事にはなっていたのだけど……。
フルッフもタルトも、洗脳によって暴走していたので、お咎めなしとはいかないまでも、交換条件を飲むことでフラウスのように牢獄行きにはならなかった。
しかも驚くべき事に、怪我人は大勢いるが、幸いにも死者は一人もいなかったのだ。
もしも死者が出ていれば、フルッフは牢獄行きになっていたかもしれない……。
現在タルトは街の復興を手伝うための力仕事を、フルッフは人型機械の解体、技術の回収の指揮を取っている。
破壊された三番街が完全に復活するまではまだしばらくはかかりそうだ。
フラウスが捕まって事件が終息してから三日が経ち、タルトとフルッフとも長い時間は一緒にいられていない。
それは仕方ないと割り切って、復興するまでは我慢しよう。
新しいマスターとカウンターテーブルを挟んで向き合い、何杯目か分からないコーヒーを飲んだ。
裏方作業だけではなく、だいぶ接客の方も慣れてきたのではないかな、と思う。
シラユキをマスターと呼ぶのは、やっぱりまだ違和感があったけど。
「サヘラさんから聞いたのに……ずっと上の空はひどいよ……」
「――え、ああ、ごめんごめん。……なんだっけ?」
「お父さんの事……。
あんまり記憶はないんだけど、どうしていなくなっちゃったのか、本人から聞いたから……その事を教えたのに……」
そう言えばそうだった。
元紅蛙会会長のグンがフラウスの元夫であるのならば、シラユキの元父親という事になる。
元、と言っているから当たり前に離婚していると思っていたけど、戸籍上はまだ夫婦らしい。
フラウスは怒っているけど、帰ってきたらよりを戻す気は満々だったのかもしれない。
「毎日面会に行って、時間内全部、十二年前の事情説明をしてるんだっけ?」
「うん……、聞いてたの?」
「耳に入ってるよ。でも詳細までは頭の中には入っていなかったかも」
人の家の事情など知りたいわけでもなかったし。
グンにもそうしなければならなかった理由があったのだろう。
あの時、私との丁半ゲームの時もあっさり負けを認めたのは、自分が裏亜人街から身を引くための理由が欲しかったから――なのかもしれない。
とにかく早く戻りたかった、という思いはフラウスへの好意を見ればよく分かった。
結局、私の代わりに会長代理をしている今、そうとは限らないかもしれないけど、熱心に金髪の先輩に色々と教えているところを見ると、後続を育てる意味合いが強いのかな、と思う。
最初から分かっていた事だけど、グンは別に根っこからの悪ではないのだ。
蒸発したのだって、フラウスを危険から遠ざけるため。そこだけは私も理解している。
「おかわり」
「飲み過ぎだよ……?」
いいじゃん、ストレスが溜まっているんだから。
タルトともフルッフとも、全然会えていないからやけ飲みしたくもなる。
コーヒーだけど。
「……寂しいな」
酔ってもいないのに私はテーブルに突っ伏して、いつの間にか眠っていた。
はっとして顔を上げると、コーヒーを注いだシラユキがおり、私の両隣の席へカップを置いた。
起きた私に気づいて、おはようございます、と微笑んでくれる。
ふと気づけば、右隣りにはタルトがいて、左隣にはフルッフがいて――。
「あ……」
「サヘラッ――! んー、充電充電……もうーっ、疲れたよぉ」
「あ! おい、いきなり抱き着くなバカッ! なんでお前だけっ!」
タルトだけでなくフルッフからも抱き着かれ、人肌が熱い……。
背中に当たる周囲の微笑ましいものを見るような視線が、今更になって少し恥ずかしかったけど……私の笑みは決して崩れたりしなかった。
みんなからの敵意はもうない。
フルッフの暴走により出た被害を献身的に手伝っていたら、みんな、私の事を見直してくれたのだ。
今では以前のように、私が街を歩けば挨拶を交わしてくれるまでに戻っている。
中には敵意を見せる人たちもいるのだけど、それは仕方ないだろう。
好き嫌いがあるのだからそこまでの贅沢は言わない。
私に少なくても味方がいるだけで、じゅうぶんなのだから。
タルトとフルッフと私の三人の輪。
顔を寄せ合って、三人でくっついて。
私は――、
私を必要としてくれている、この世界が。
とってもとっても、大好きだっ!
セーラー服と亜人街 渡貫とゐち @josho
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