#44 外界へ【覚えあるおまじない】

「市長、私……外界に行くよ」


 タルトが私を訪ねて来てから再開された会議のまず第一声、私から踏み込ませてもらった。

 穏健派も過激派も色々と策を練ってこの会議に臨んでいるのだろうけど、私の一言で全てが瓦解した。

 しかし使わなかっただけで望んだ結果を得られたのだから、備えていただけで無駄な努力になったわけではない。


 周囲はこれで話がまとまり会議が終わると安堵していたが、市長だけは私の心変わりに不穏な雰囲気を感じたのだろう。

 いつもよりきつい目線で私を見る。


「どういうつもりなのか教えてほしいものだ。お前の事だ、自分の命欲しさに屈したわけではないのだろう。――なにが望みだ?」


 さすが市長、分かっている。

 そしてそこまで分かっていれば話も進めやすい。


「フルッフが私のために外界へ行ったってタルトから教えられたの。だから私の目的はフルッフを連れ戻す事。これは優先事項。それが終わればいくらでも私を利用して人間を知ればいい……これが条件よ。だから人間へ恨みを持った人たちの私への差別を制御しなくてもいいよ」


 制御が抑圧になるのならばしてくれなくてもいい。

 どうせ抑え込んだところで間接的に私へ火の粉が降りかかるのだから悪質な嫌がらせに変わるだけなのだ。


 だったら直接、襲ってきてくれた方がまだマシだ。

 いや、だからと言ってどんどん襲って来いと言っているわけではなくてね。


 本音を言えという意味であるだけだ。


「ああ、分かった。お前がそう望むのならば私たちはその条件をのもうか」


 会議室の中、見回す市長は役所員たちの目を一人ずつ見て、不満がない事を確認した。


「約束は守る。フルッフを必ず連れ戻すと約束をしよう――テュア」


「はいよ」

 と、答えたと同時に自分の席から跳躍して市長の前に着地する隊長。


 既に服装は調査のために外界へ行く時の旅服になっており、準備万端だった。

 まるで私が心変わりをして外界へ行く事を決めると分かっていたのような早さだ。


「フルッフは予想外だが、サヘラが行くと言うのは予想できてた事だぞ。ただの直感だがな」


 ……もしも理由をつけるとするのなら、


「誰かのために意見を変えるとは思った。たとえばサヘラの扱いに納得のいかないタルトの暴走を止めるために条件をのむ、とかな。今回はフルッフだったわけだが――あ、でもどっちにしてもサヘラのためを想って暴走しているのか。フルッフとは意外だったが――」


 いや、そうでもないか、と一人で納得するテュア隊長は私の頭に手を置いた。


「恐いだろうけど安心しろ、このあたし、調査隊隊長がお前を守り抜いてやる。

 そして命を懸けてフルッフを連れ戻してやる。だから心配そうな顔をすんな、笑ってろって……な?」


「……恐がって、ないし」


 頭を撫でられた事に照れて、そう素っ気なく言い返すので私は精いっぱいだった。


「……任せてもいいな、テュア」

「ああ、ロワが街を離れるわけにはいかないもんな。んじゃあ、穏健派と過激派のお二方、ついてくるかい、あたしたちの調査に」


「行かん」

「い、行きません!」


「ちぇー。ま、どうせ遺物を見つけてはサヘラに見せて記憶が戻るか試すだけだし、強くもなく遺物に詳しくもないド素人に来られても困るか」


「ちょっとっ! なんだか言葉に棘がありませんか……?」

「サヘラにばかり危険な目に遭わせて偉そうに高みの見物ですか、とムカついただけだ」

「ぐ……っ、わ、分かりましたよ行きますよ、私だってリスクを背負います!」


「来んな、邪魔で仕方ないって」

「どっちなんですかッ!」


 穏健派の彼女の決意を軽く手の甲でいなして、テュア隊長はもう一方へ視線を向け、


「あんたはおとなしく意見も変えずにそこにいるだけか。いいご身分で」


「少々鍛えていると言ってもプロには敵わん。素人のプライドほど邪魔なものはないからな。俺の専門は遺物でも外界への調査でもないもんでな、役所仕事がお似合いだし向いていると自覚している。適材適所だ、おとなしくお前に任せるとするよ」


 言葉を乱してしまった穏健派の女性は歯を噛みしめ悔しそうにしていた。

 確かに過激派の方が状況を冷静に見て正しい選択をしたように見える。

 誰もがそう思うだろう。

 だが、危険を顧みずリスクを背負うと言ってくれた彼女の印象は良くなっている。


 私は彼女の方を信用したいと思った。

 すると過激派の屈強な男が私に視線を向け、ちょうど目が合った。


「生きて帰って来い。でないとお前を解剖できないからな」

「あんた、いい加減にッ――」

「そっか、じゃあ死ねないね」


 怒ってくれた穏健派の彼女には悪いけど、言葉を被せてかき消させてもらった。

 死体でも解剖はできるだろうに。


 しかし、生きている状態を推したところに、彼なりの優しさを感じた。

 私と男を見比べて、えっ、ええっ、と頭を抱える彼女をよそに、私と男は自然と出た口元だけの笑みを見せ合い、意思疎通を成功させる。


「わ、私だって心配ですし! 本当はついて行きたいんです! 

 でも邪魔だって言うから――死なないでくださいねっ、色々と聞きたい事があるんですから!」


「そこまで言うなら着いて来てもいいけどな」

「遠慮しますけどもっ!」


 もうっ、私だけこんなに好感度下がってるの理不尽よっ、と一人で騒ぐ彼女は見てて飽きなかった。

 言葉を交わしたわけでも表情で意思疎通をしたわけではないけど、彼女の想いもしっかりと受け取った。


 死ねない。

 ……フルッフを連れ戻すまでは死ぬ気なんて毛頭ないけど。


 すると市長が近づき、自分の額を私の額にこつんと重ねた。

 周囲が市長の行動にどよめいたが、市長は知らん顔で呟いた。


「無事に帰って来れるようにっておまじないだ。よくされたんだ、昔……タルトの母親にな。所詮は迷信だ、生存率に影響しているとも思えないが、成功するという気がするのも確かだ。やって損もないだろう……」

「これ……」


「どうした? まるで見覚えがあるようなものを目の当りにした顔をして」


 おまじない。

 別に珍しくもないのだ、同じ事をしようとする人が他にいてもおかしくない。


「ううん、懐かしいなって、思っただけだよ」



「準備はいいよな?」


 おうっ、と一同声を揃える。

 調査隊、テュア隊長に六人の隊員、私、タルトの九人のメンバーで外界へと出る。


 外界へ出てまず現れた大型のカマキリの亜獣――、

 私が初めてこの世界に来た時に襲って来た亜獣と種類は同じでも別だろう。

 以前より戦い慣れしているステップを踏んでいた。


 そんな亜獣の飛びかかりながら振るわれた鎌をさらりと避けて、一人で勝利してしまったテュア隊長は、倒したカマキリの上に乗りながら私たちを手招く。


 隊員が言う。

 このあたりの亜獣ならば、隊長一人でじゅうぶんなのだ。


「さあ、先へ急ぐぞ」

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