#43 フルッフの本音

「いた――――ッ! 見つけたよフルッフ! 置いて帰るなんてこの薄情者ぉ!」


 店の前には急ブレーキをかけて止まったばかりのタルトがいた。

 脇には買い物に行ったばかりのシラユキがおり、目を回してぐったりしている。


 こちらの声も届かないくらいに、タルトに付き合わされて気絶中だった。


「思ったよりも早く起きたんだな。疲れてるんだからずっと寝てても良かったのに」

「起きた時にフルッフがいなかったけど、気にしないで二度寝しようと思ったよっ。でも、サヘラが頑張っている今、見守らないフルッフはきっと危険な事をしでかすんじゃないかって背筋がぞわってしたから、こうやって探しに来たんだよ!」


 市役所を出てフルッフの家に向かう途中にシラユキと出くわし、フルッフがカフェにいると教えてもらったタルトはシラユキを抱えて今この場に辿り着いた。


 シラユキはなんとなく手近にいたから捕まえてしまったが、正直、意味はなかった気がする。

 タルトを見て、フルッフは頭を抱えたくなる。

 ……またこうして、厄介なのに捕まった。


 ……理屈を考えない直感、か。


 危険な事をしでかすかもしれない、その予想は的中している。

 危険な事をするかどうかはともかくとして、危険な場所には向かおうとしているのだから。


「僕は今から外界へ行こうと思う。

 このままサヘラの処遇が決まるのを待つのは耐えられないし、他人をあてにもできない。

 ……僕がサヘラを救ってみせる」


「それは、サヘラに助けてもらったから……? 貸しを返す意味で言っているの?」

「貸し? たったそれだけのために僕が命を張るわけないだろ。仲間だからに決まってる」


 フルッフは今、一つの嘘を吐いた。

 疎いタルトには気づかれない些細な言い方の違いだ。


「そっか。……でも行かせるわけにはいかないね。外界がどれだけ危険なのかフルッフは分かっていないんだよっ」


「分かっているさ。

 ――亜獣は危険な存在だという認識も、そう言えば亜人たちが勝手に抱いたイメージであり、常識化されているんだよな……目の当りにできる証拠がある以上はこれを覆すのは無理そうだが。

 それに比べたら人間が悪である常識を覆すのは絶望的でもない」


「分かってないよっ! フルッフは対策をすればいいと思っているのかもしれないけど、そんなの意味なんかないの。

 全部を力技で跳ね返される! 調査隊でさえ森の奥から先へは行けていないんだから!」


 店の入り口での言い合いは店内へも聞こえている。

 フルッフの後ろに忍び寄ったのは声に引き寄せられたマスターだった。


「あら、やけに詳しいわねタルト。まるで普段から外に出ているような口ぶり」

「あ……、いや、噂だよ噂! それに亜獣については本にいっぱい書かれているから!」


「咎める気はないわよ? 私は市長でもあなたの保護者役でもないのだし。

 そういう教育は隊長さんがやるでしょうしね。だから言い訳なんてしなくていいのよ」


「ま、まあ、数回程度は出たかな……」


 指先同士をつんつんとさせながら目を逸らして告白するタルト。

 脇に抱えるシラユキは無自覚に地面に落としていたが、それでも目を覚ます事はなかった。


「いいからダメったらダメっ! わたしならともかくフルッフが無事でいられるわけないんだから、絶対に行かせないよ! 

 ……フルッフは自分勝手だよ! わたしだってフルッフの仲間なんだから勝手にいなくならないでよ!」


 ……まさか、タルトに自分勝手と言われるとはな。


 事情を説明してタルトも一緒に連れて行くのがここを通るための最適手段だろう。

 頑なに外界へ出る事を拒むタルトの説得は難しそうだが、サヘラの命を天秤に乗せれば簡単に傾くだろう。

 命は言い過ぎかもしれないが、役に立たなくなるまで使い潰されるのは殺されるのと同じ事ではないだろうか。


 言葉を探すフルッフはらしくはないと思いながらもその行動をやめた。

 計算による説得でタルトを頷かせられるわけがない。

 感情優先の自然と湧き出る言葉で。


 しかし二人の収まりつつあった喧嘩を仲裁したのはマスターだった。

 それは建前で、フルッフとタルトの和解をさせないように妨害したようにも思えた。


 タイミングが悪く、そう見えてしまったのかもしれない。

 考え過ぎているフルッフだけが推測している。

 タルトはマスターに疑いの目など向けもしない。


「フルッフ、行きなさい。ここは貸しにしてあげる」

「……普通は、止めるべきだとは思うがな。外界へ行く馬鹿な子供の自殺行為を見逃すなんて……マスターらしくもない」


「そうかしら。……らしい、ね。先入観って中々変えられないわよね。だからこそフルッフはこうして苦しんでいるのだから」


 いつものマスターとは違うがそれはフルッフたちが思い描く理想象であり、本音のマスターはもっと醜い姿なのかもしれない。

 マスターはなぜ見逃してくれるのか、フルッフが気になる点はただそれ一つだった。


「さっきの質問には結局答えてはくれなかったけど、だからこそ分かったのよ。

 行くべきよ、サヘラを幸せにするために行動するべきよ。ここで行動しなかったらフルッフはきっと一生後悔する事になる。

 もしも行き先が外界でなくとも止めはしなかったわ。どこだろうと、ね。だって、私はあなたを応援しているのだから」


 フルッフは背中を押されて、タルトの横を通り過ぎる。

 タルトはすれ違うフルッフを見もしなかった。

 まるで見えていないかのように。


「ねえタルト、お店のお手伝いをしてくれる約束、いつ守ってくれるの?」


「――あれ? フルッフは……? ――え、う、うん! 

 じゃあ今やろっかな。なんだか他のことを全部忘れてマスターのお手伝いをしなくちゃいけない気がしたんだよね」


「ふふっ、嬉しい。直感ってやつなのかしら。なによりも優先してくれるなんてタルトには甘いスイーツ作ってあげる」


 わぁー! と嬉しさで騒ぐタルトの声を背中に聞きながら、フルッフは街を出る。




 ――外界へ行き、夜が明けて。

 フルッフは地中に埋まる鉄の塊を発見した。


 服は傷だらけで体は砂だらけで、体を洗い流したい不快感だが、それよりも。

 目の前には未知と言える興味の対象がある。


「――これ、は……なんだこの機械仕掛けは。何一つ理解できない」


 見えるのはたくさんのスイッチ、二つのレバー、ブラックアウトしている画面。

 鉄の外殻が蓋のように上へ開いたと思えば、中は劣化していない小さな個室だった。


 人が一人入ってもう限界だった。

 元々、一人用なのかもしれない。


 椅子が一つくっついている。

 フルッフは見た目に促されるまま椅子に座り、あちこちのスイッチを片っ端から触っていく。

 やがて高い音と共にブラックアウトしていた画面に光が戻る。


「なんだっ!?」


 上に開いていた蓋が閉まり、外と完全に切り離される。

 閉じ込められたと焦るが、光を取り戻した画面が見た事のある景色を映し出した。


「外の、景色……。そうか、僕はこの個室から外を見ているんだ……」


 外界に足を踏み入れてすぐの森。

 ――途中、小さな穴から転げ落ちたフルッフは気を失い、気づけばこの鉄の塊がある場所で目を覚ましていた。

 ここがどこかも分からないし、戻れないと諦めるほど、原因の穴は高い天井に見えている。


 調査隊の調査エリア内だが、まだここが見つかっていないのは秘密の抜け道から行ける特殊な場所だからなのかもしれない。

 では、抜け穴から通じる場所にあったこの遺物は、一体……。


「人間め……こんなものを隠し持っていたなんてな……。これで僕は――」


 サヘラを救える。


 ――考えていた言葉とは違う言葉が、次に口から出ていた。


「サヘラを手に入れる事ができる――……え?」

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