#31 暗闇に潜む幹部

 確か、シラユキも同じ特性を持っていた。

 しかし未熟なシラユキの場合は違和感を目で見る事ができていた。

 成熟すればこうも分からなくなるのだろうか。

 タルトの中では答えが決まりかけていたが、スッキリしない感情に従い、違うだろうと思い始める。


「擬態は、だって目を騙すだけで、気配を消す事はできないはずだもん。でも、気配さえもまったくなかった……」

「タルト、頬に傷がついてる……っ」

「サヘラ、いいから後ろ見張っててよ、いつどうやって襲われるか分かったもんじゃ」


 言葉の途中でタルトはサヘラを押し倒す。

 サヘラの首があった場所に、ナイフが横切った。


「よく気づいたね!」

「また! やっぱり擬態じゃない――気配とか存在感を消せるんだ!」


 答え合わせを取り合わない黒尽くめは、手に持つナイフを真下へ下ろす。

 刃がサヘラを庇うタルトの肩へ。

 だが刃はタルトの皮膚に弾かれた。


 刃が根元から折れる。

 宙を舞う刃よりも、意識がタルトの肩へ向く。


「竜の鱗……新たな特性……を、今っ!」


 緑色の鱗が肩から首元にかけて薄っすらと変化していた。

 タルトに自覚はない。

 刃を通さない鱗を得たタルトは再び炎を吐こうとするが、さっきよりも致命的に喉を痛める。

 恐らく中で切れたのか、咳き込んだタルトは血を吐いていた。


「外は鱗でも、中は丈夫じゃないみたいだね」


 ナイフを失った黒尽くめはしかし、得物を失くしただけで己の武器を失ったわけではない。

 鱗ではない部分を狙って蹴りを入れる。

 タルトが飛ばされ、庇われていたサヘラが露わになる。

 仰向けのサヘラの左肩へつま先を当て、力を入れる。

 かこん、という音を誰もが想像した。


「――ッ、……ひぃ、ぐっ」

「肩を外しただけ……。ああっ、いけない。私ってばやっぱり甘くなってる。いつもなら即殺すのに……」

「サヘラ……っ」


 蹴り飛ばされた場所から這い、サヘラの元へ向かうタルト。

 蹴られた場所はサヘラと同じく、肩ははずれていないが腕が痺れて使い物にならない。


 そんなタルトの後ろに、忍び寄る影があった。

 タルトの鱗もやがて薄くなり、元の皮膚へ戻る。

 狙い澄まして、首元へ歯が突き刺さる。


「えっ……、フルッ、フ……」

「二度目だ、タルト。毒を注入されたお前はもう、まともには歩けなくなるぞ」


 忍び寄っていた、フルッフの特性。

 一度目の毒で本人が気づかない程度に運動能力を麻痺させる。

 動きが鈍くなっていると自覚をさせない。


 そして二度目の毒で麻痺させた運動能力を死滅させる。

 これも遅効性、しかも一度目よりも長い期間が必要だが、確実に身体機能を失わせる。


 一度目の毒が効力を発揮し、解毒されていない状態で毒を注入する事で二段階目へ到達する。

 今はまだ無事だが、やがてタルトの肉体は活動を停止させるだろう。

 死にはしないが、タルトの『らしさ』の大半が失われるはずだ。


 フルッフは用済みのタルトを跨ぎ、サヘラへも同じように首元へ歯を立てる。

 肩の痛みに悶えるサヘラは汗を流し、フルッフが傍にいる事も噛まれた事にも意識を向けられていない。


 両者に毒を注入した。

 戦力を無力化できたとフルッフは黒尽くめに証明したかったのだ。


「もう反乱する意思も力もなくなった。殺す必要はないはずだが」

「……見る限り、そう思える」


 返答にほっとしたのも束の間だった。

 フルッフは自分の考えの甘さを悔みたくなった。


「でも殺す。万が一にも復活した時、また同じように反乱をされても困るから、念のため」


 会長のため。

 忘れていた――紅蛙会の幹部は、黒尽くめの彼女、一人だけなのだ。



 まずい。

 そう思ったのはフルッフだ。


 ――このままじゃ、タルトとサヘラが、殺される……ッ。


 しかし助けに動けば自分も敵と見なされ、自分だけではなく捕らわれている家族も一緒に殺される事になる。

 ……家族か、友人か、フルッフは選択を迫られていた。


「殺すけど、どう殺そうか……ナイフは折れたし、楽に殺すには――ああっ、首を砕こう」


 フルッフが気づけば、既にサヘラの傍で足を振り上げていた黒尽くめが見えた。

 足の指一本でサヘラをどうとでもできる、凶器の足がサヘラの首元へ差し込まれる瞬間、


 フルッフの手が邪魔をしていた。


「あ……っ」


 フルッフの中にあるのは驚きだった。

 だが戸惑いはなく、予想外の行動に納得できた。


 自分自身はこっちを選んだのだ。

 家族よりも、友達を。

 ここまで来れば、肝も据わる。


「どういうつもり?」

「……あんたは瀕死のタルトの捨て身の炎で戦死した――そういうシナリオは好みか?」


 裏切ったとばれなければ家族は殺されない。


 つまり、


 この場で目撃者を始末すれば、フルッフの裏切りは露見しない。


 覚悟を決めた敵対宣言と、同時だった。

 フルッフの手の平が黒尽くめの指先に破壊される寸前、横槍が黒尽くめを吹き飛ばす。


 黒尽くめの衣装が切り裂かれ、黒い切れ端が紙吹雪のように舞う。

 見える皮膚からは血が流れていた。

 ……隠れていた顔半分が露出し、瞳がこちらを――襲撃者をじっと見つめていた。


 加勢にやって来た味方ではなく、正体を現した敵に目を奪われた。

 見えた半分の素顔には見覚えがあったのだ。


「よくやった、フルッフ。いい時間稼ぎだった。こっからはあたしに任せろ」


 横槍を入れた金色に見える助っ人は、鼻から上を隠していたマスクを空へ投げ捨てた。


 マスクの落下音が、タルトの意識を覚醒させ、自身の登場をタルトに知らせる。


「テュア、お姉、ちゃん……」


 そして。


「プロロク、お姉ちゃん……?」

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