#32 家族『ごっこ』

 正体は二つ。


 テュア隊長、市長ロワの幼馴染であり、姉妹家族同然のプロロクという少女。


 もう一つ、フルッフが分かった正体は、胡散臭い商売に手を染める商店街の『占いと教会』の店主であるシスター。

 そんな彼女のもう一つの正体が――紅蛙会幹部であっただけなのだ。


 プロロクは、あーあ……、と諦めた様子で残り半分の顔を覆っていた被り物をはずす。

 テュアとプロロクが相対する。

 だが、両者共に動かなかった。


 一瞬の間をあけ、テュアは視線をはずし、


「タルト、お前、覚えているのか……? だって、プロロクはお前が記憶を失う以前に姿を消したんだぞ……?」

「うーん、頭では覚えてないよ。でも、体が覚えていたんじゃないかなー。反射的に、見たら名前が出ただけなんだもん」


 なんとなく、見覚えがあるような、ないような……。

 見知った顔を忘れないタルトにとっては不思議な感覚だった。


「でもさ、覚えてないけど……暖かくて、好きな人だよ」

「だってさ、プロロク」


「知ーらない。私はもう紅蛙会幹部で、会長の子供みたいなものだし。そりゃあみんなとの過去を忘れて切り捨てる事はしないけど、もう関係ないよ。私はこっちの道を選んだ時点で、みんなとは会わないつもりだったんだから。合わせる顔がないし、ね……」


「なんだよ、負い目があったのか。いきなり姿を消してごめんの一言であたしもロワも納得するんだけどな。仕方ない事情があったんだろ?」

「そうだけど……ロワは許してくれないでしょ。あんなガチガチに堅い頭ちゃんは」

「にひひ、そりゃそうだ。ロワに会えば抱き着かれて、数時間のお説教だな」


 探るような会話。

 昔のように言葉を交わしても昔のようには収束しない。


 重ねた年齢と離れた絆が、二人の中に言葉だけでは解決しないと答えを出させた。

 一歩、先にテュアが切り込んだ。


「私情で言うが、戻って来る気はないか? 裏亜人街ではなく表の亜人街で、市役所でもあたしの隊でもいい、また昔のように三人一緒に、この街を守らないか? あの人たちに憧れた時のように――」


「私の憧れは会長だけだから。テュアとは違う。ロワともね。道はそれぞれ別れたはずよ」


 プロロクは決別の言葉を選んだ。

 あの頃には戻れない、と。

 テュアの理想を否定した。


「戻ったらダメでしょうよ。あの頃はまだ子供で、力がないからこそ一緒にいた。でも今は違う。力を得た私たちはいつまでも一緒に仲良しごっこをしているわけにはいかない。いつまでも子供なのはテュアだけね」


「あたしの我儘だからな。そうか、子供か。あたしたちは姉妹同然みたいなもんだけどな」

「姉妹だからずっと一緒にいる、そんなわけないでしょ。それに同然であって、姉妹じゃない」


 家族を失った孤児が集まって家族ごっこをしていただけ、とプロロクが口に出した瞬間、

 プロロクの目の前、脚力で跳ね、接近したテュアが空中で右腕を振り下ろす。

 指先の鋭い爪が五つの刃となり、プロロクの防御した腕を容赦なく切り裂いた。


「家族ごっこ、だと? ――お前はあたしたちを、ごっこと言うのか!」

「ごっこでしょ。血の繋がらないただの集まりだったでしょうが!」


 プロロクの姿が煙のように散り始めた。

 ――テュアの後ろ、首裏の死角に現れ、手刀を突き刺そうと腕を射出する。

 テュアは見えないはずのその手刀を体を回転させ、肘で弾く。


 左手の五つの爪とプロロクの足の指先が激突し、力が拮抗した。


「同情で組み上げられた関係だった……。

 親を失った子供だからって、割れやすい骨董品を扱うようにされたらこっちの息が詰まるのよ!」


「プロロク、お前……っ」


「それに比べて会長は違う。私を親のいない哀れな子供だとは見なかった。普通の子供のように、普通の子供よりも悪ガキを叱るように、私を壊す勢いで扱ってくれた。だから私の家族は会長だけよ。体も未来もあの人に捧げると誓ったのよ!」


 プロロクは、だからッ、と宣言をした。


「たとえテュアでも、その子たちでも、あの人の邪魔をするなら、殺すッ」



「――フルッフ、二人を解毒して先に行け。お前の家族はもう救い出した、お前を縛る鎖は、もうほどけているはずだ」


 いつの間に……、と。

 問う暇もなく、早く行けと怒鳴られ、フルッフはタルトとサヘラの首元にもう一度噛みついて解毒し、この場を離れようとする。

 ……だが、


「タルト、早く行くぞ!」

「ううん、わたしもここに残る」


「残るって……僕の解毒も遅効性なんだ、まともに戦えるわけないだろ!」

「戦わないよ」


 タルトは少し離れた場所から、自分の姉であり、保護者同然の二人を見つめる。


「見届けなくちゃいけないの」

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