#33 紅蛙式・対面ゲーム【丁か半】

 タルトを置いて先へ進むフルッフとサヘラは、肩を組み、なんとか目的地に辿り着く。

 燭台によって闇に浮かび上がる三階建ての建物。

 ゆっくりと扉を開けた。

 部屋で待っていたのは、赤色のスーツを着た、紅蛙会、会長だ。


「フルッフ、よくも裏切ったな……」


 嬉しそうに会長が言った。

 口角も上がっており、まるで望んだ通りだとでも言いたげだ。


「ええ、元々僕は忠誠を誓ってはいませんし、人質がいない今、裏切るのは必然では?」

「いや、お前は計算ができるはずだ。俺たちはどこまでも追うだろう、とな」


「しますか? あなたが。善人を救い悪人を殺すあなたは、僕たち家族が完全な悪人ではないと見抜いているはずだ。どんな因縁があろうとも、あなたの復讐は僕の親ではなく、祖父祖母に向いているはずだ。そして復讐は遂げられた。執拗に追いかけ回す理由はないはずだ」


「恐いねえ、それがお前の情報収集能力か」

「鍛えられましたからね、あなたに」


 教えられたのは最初の一歩目であり、そこから先はフルッフのセンスなのだが。

 能力があると思わせたくないフルッフは、全てを相手のおかげとした。


「くっくっく、良しとしようか。さて、座れ。外と同じく特性を使って戦っても大人と子供なんだ、差が出て仕方ねえだろう。公平なゲームでもして勝負をつけようじゃないか。お前らがゲームに勝てば、力に屈したとこの地位を譲ろう。それでいいだろう、黒百合会、会長さん」


 フルッフは組んだ肩の動きに反応して隣を見る。

 ……黙ったままのサヘラが顔を上げた。


「いいよ、やろっか」



 落ち着いた色の家具で統一された部屋だった。

 広くはない。

 真ん中には、向かい合って座る位置に椅子があり、机を間に挟む。


 机の上には互いの物だと主張するように、五つずつ並べられた拳銃があった。

 椅子に腰を落ち着けたのはサヘラだ。

 ふらふらとした足取りで、半ば転びかけていた。


「いや待て、なぜお前が座る。遅効性の毒が、少々早い気もするがお前の体に回ったんじゃないのか?」

「さて、なんの事やら」


「なにを強がっているんだ。先に注入した毒がお前を苦しめるのは自明の理だろ。しばらくすれば解毒される。それまでは今の苦痛が続くのに、そんな状態でゲームなんてできるわけがないんだ」

「ご指名は私だよ。それに、フルッフじゃあ多分勝てないし」


「おいおい、自分だったら勝てる、とでも言いたげじゃあねえか」

「そう言ったつもりだけど? あれ? よく見れば誰に似ているかと思えば、シラユキだ」


 会長の眉が少し動いた気がした。

 しかし関連性が見えないと判断し、サヘラの揺さぶりだろうかと判断する。

 揺さぶるにしても、もっと見合った言葉があった気もするが……。


「シラユキ、……表の商店街にあるカフェの一人娘がそんな名前だった気がするな……フルッフの情報でちらっと見た気がするぜ」


 嘘ではない。

 フルッフは表亜人街の情報も裏亜人街の情報も漏れがなく教えていたのだ。


「似ている、ねえ。大人と子供、男と女を比べて似ているってのは、その子に失礼じゃないかい?」


「そうだね、失礼だったね。ごめんシラユキ。

 ――はいっ、じゃあやろうよ、会長さんがやりたがっているゲーム。

 殴り合いよりこういったルール上の勝負の方が私は好みだし」


「好みなのは腹の探り合いが……だろ?」

「そうとも言うね」


 フルッフは驚いていた。

 ……会長が、楽しそうだったのだ。


 見た事はないが夜遅くに女性と密会している声を聞いた事はあったが……いま思えば、プロロクと体を重ねていたと思えなくもない。

 ……のだが、確証はない。

 情報屋としては暴けなかった事で傷ついたプライドもあったが、しかし、こうして勝負を見届ける事ができるのは好都合だ。


 ……歴史が変わる瞬間に立ち会える。

 紅蛙会。

 黒百合会。

 勝者がこの闇の街の支配者となる。


 外野の勝者は正直に言って意味はなかった。

 プロロクが、テュアが、先輩や三つ子たちが勝っても負けても、小さな戦歴の黒星白星は大局的に意味はない。


 これは、サヘラと会長の一騎打ち。

 机の真ん中にはサイコロが二つあった。

 表も裏も関係なく広まっている簡単なゲームだ。


「サイコロを筒に入れて回し、伏せたまま出た目の総数が偶数か奇数かを当てるゲームなんだが……。

 やった事がなければ何度か練習でやろうか?」


「いや、知ってるからいらない」

「そうかい。じゃあ、五回勝負だ。五回で一つのセットと考えればいい。運が良ければ次のセットへ続く」


 セット……? 

 運が良ければ……? 

 声に出さないフルッフが疑問を繰り返す。


「五回、互いに出た目の数を丁か半かで賭ける。丁が偶数、半が奇数になる。黒星の数だけ、目の前の五つの拳銃に一つの弾を込める。

 五回勝負をした後、五つの中の一丁を選び、自分の頭へ向けて引き金を引く――死ぬか生きるかのチキンレースだ」


「ちょっと待て!」


 フルッフが思わず割り込んだ。


「もしも選んだ拳銃に弾が入っていたら、一発で即死になるぞ!」

「これはそういうゲームだろう? 慌てるなフルッフ、なにも俺は、降参を禁止しているわけじゃあねえ」


 フルッフは悟る。

 それが狙いなのだ。


 勝負として負けるのではなく、サヘラに自ら負けを認めさせる。

 恐怖で心を折り、自分を支配者として印象付けさせる……。


 運が絡んでいる、運が全てと言ってもいいこのゲームを提案したのは確実に、会長側には勝算があるからだろう。

 ――イカサマだ。


 しかし見破れていない以上、指摘する事はできない。

 前もって禁止をしていようとも、ゲームにおいてイカサマはもちろん禁止されている。

 見つからないように行うからこそ、イカサマなのだ。


 サヘラを見る。

 さっきから机に肘をついている。

 後ろから見る彼女の肩は、右側が下に若干傾いているのだ。

 座っているから目に見えて不調であるとは分からないが、サヘラは現在進行形で毒により苦しんでいる。


 それでもサヘラは勝負を受けた。


 ……勝算が? 

 いや……。


 心配をするフルッフ。

 だが、不敵な笑みを見せるサヘラが考えなしだとは思えない。


「なるほど、ルールは分かったよ」

「じゃあ、早速始めるとしようか」


「ぼ、僕がサイコロを振るってもいいか? 一応、イカサマの心配がある……」


 最初から疑ってかかるのは失礼な気もしたが、会長は快く承諾した。


「構わねえぜ、そのつもりだったしな」


 イカサマの一手を封じ込めた、と思っても勝ち誇れない。

 そうだ、数ある一手を塞いだだけなのだ。

 会長にはまだ無数のイカサマの手が残っている。


 その全てをフルッフ一人で妨害できるはずもない。


 ――やがて、勝負が始まってしまう。


「それにしても、このゲームは外界の遺物から得たものなんだが、面白いゲームを考えやがるな。

 やっぱり特性がない分、新しく生み出そうとする活力と発想力は根本から違うのかね」


 フルッフが筒にサイコロを入れ、中で転がしながら机に置く。

 中のサイコロが見えないように筒が塞いでいる。

 置いた机の板が強くないため、優しく置かなければならず、フルッフも意外と神経を使うのだ。

 そのため、イカサマを見抜く目を向ける隙がない。


 ……だから、こういう仕様にして……っ。


「なんとなく、丁」

 とサヘラ。


「じゃあ半だな」

 と会長。


 するとルールの追加が言い渡された。


「意見が分かれなくとも勝負は成立する。両者共にはずれれば互いに弾を込めるようにしようぜ。

 向こうが半だから俺は丁だ、なんて決め方は、宣言の先着順になっちまうからな。自分の意見を優先させるとしよう」


 頷いたサヘラ。

 互いの宣言も終わったところで、フルッフが息を飲んで筒を上げる。

 サイコロの総数は偶数だった。


「あーちゃちゃ、俺の負けか。仕方ねえ、一丁、弾を込めるとするかね」


 用意された拳銃に用意された弾を込める。


 そして、二回目の勝負が始まった。

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