#30 会長とフルッフ

「負け犬通りの負け犬共が暴れてるじゃねえか、一網打尽にする作戦が漏れたか? ……どう思う、フルッフ」

「単純に、僕たちが待っている間に向こうが動き出しただけでは? 情報漏れはないですよ」


「あの負け犬共が、自分たちの意思で、こうして俺の首を取りに来るとでも? ……ないな、それはねえよ。いつかは勝ち犬になりたいよなと夢見るだけで満足している奴らには実際に動く気力も覚悟もねえはずだ。だから、火を点けた奴がいるだろう……」


 紅蛙会、会長がフルッフを見る。

 心を見透かそうとする目にフルッフは視線を逸らす。


「お前が負け犬通りへ落とした友達じゃねえのか?」

「は? しかしあいつを落――いえ、あり得ます」


 内心、落としてはいないはずだ、と否定しかけたが、置き去りにしたタルトが目覚めておとなしく帰るはずもない。

 方法はなんであれ、負け犬通りに辿り着く可能性は高い。


 実際は手を滑らせ負け犬通りに落ちただけなのだが、フルッフは知りようもなかった。


「なんだ、やっぱり友達だったんじゃねえか」

「いえ、あの――そう、です」

「ならそう言えばいいじゃねえか。友達で、始末したくなかったら、言ってくれればそんな役目をお前に任せるはずもなかったろうしな」


 甘い言葉だ。

 フルッフに手を下させなくとも別の手を使い殺していたはずだ。


 フルッフが嘘を吐いたのは手段ではなく結果を変えるためである。

 だが、おとなしく帰ればいいものをこうして負け犬通りの住人を連れて特攻を仕掛けてくれば、せっかく変えた結果が会長の思い描く通りに戻されてしまう。


 ――バカ、バカタルト……っ。


「フルッフ、これ、あいつに持って行ってやれ。こっちに向かっている二人組と合流するように向かえば渡せるだろう」

「これは……」

「あいつの大好物だ。コーヒーもありゃあ最高だが、さすがに用意はできなくてな」


 フルッフは受け取ったそれを見つめがら戸惑う。

 どういう意図なのか、分かりかねた。


「なにしてんだ、会長命令だぞ?」

「あ、はいっ、今すぐに!」



 フルッフが持ち場を離れ、会長は自室で一人きりになった。

 十丁の拳銃を用意する。

 木造の机に並べ、彼はここへ来る者を迎える準備を開始した。



 そしてほぼ同時刻、先行して駆けるタルトが直感のみで体を引いた瞬間、前髪が散った。

 急に止まったタルトにサヘラが突撃し、二人で絡まって地面に転ぶ。

 見えなかった二撃目を避けられたのは、仕掛けた本人以外は知りえなかった。


 あったはずの燭台が消えている。

 完全な闇の中、タルトは危険を察知して前の地面に口から炎を吐く。

 炎の球体が直線で進み、地面と触れた瞬間、真っ赤な大爆発を引き起こした。


 二人は吹き飛ばされ、後退する。

 が、幸いにも怪我はなかった。


「た、タルト……ッ、なにしてんのよ!」

「サヘラ、後ろ見てて――なにかいるから!」


 地面や壁に残る炎が光となり、周囲は明るい。

 だから見えない存在も見えるようになる。

 黒尽くめの、女性的なスタイルを持つ人物が目の前にいた。

 手にはナイフを持っている。


「そっち、誰かいるの!?」

「いる……でもサヘラ、そのままね!」

「こっち誰もいないんですけど!?」


 サヘラには悪いが、タルトが見失えば同じ方向をもしも向いていた場合、サヘラも相手を見失う事になる。

 それは避けたいし、死角を失くしたい意味もあった。


 タルトは考えてそう判断したわけではない。

 全て直感、考える前に口から出ているのだ。


「って、あれ!?」


 見失った。

 すぐにサヘラに確認を取るタルトだが、その間に頬を切られていた。


 次に、喉元に、刃。


「なんっ――」


 咄嗟に炎を吐こうとして喉が痛む。

 さっきの今だ、そう何度も吐ける代物ではない。


 首に刃が当たる感触。

 だが壁を叩くような鈍い音だけが聞こえた。


 そして相手はなぜか、喉元に刃を向けていながら、チャンスを棒に振り、再び姿を消した。


 それよりも分からない事がある。

 ……いつの間に消え、いつの間に現れた?


「速いわけじゃないし、もしかして、擬態……?」

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