#5 猫被る絶滅種
屋上から階下へ。
フルッフの仕事部屋へと案内された。
一人暮らし用の部屋なので、三人も入ると手狭に感じる。
本と書類ばかりが詰め込まれた棚がいくつも置いてあるのも原因だろう。
ごちゃごちゃとしているが整理整頓はされている。
どうやらフルッフは自分だけが分かっていればいい几帳面な性格らしい。
フルッフは、ふぅ、と呼吸を整え、乱暴に引っ張っていた私の手を離す。
部屋の扉を閉めたタルトが、遅れて後ろから追い着いた。
「いきなりどうしたの?」
「誰かが聞いていてもおかしくないんだ、不用意な発言はするな。まったく……」
フルッフは部屋を見渡せる開いたキッチンへ向かう。
私はタルトと顔を見合わせ、
「……まずい事言っちゃった?」
「さあ? どうだろ。でも、フルッフの言う事に間違いはないよ」
信頼し過ぎな気もするけど……しかしタルトは多分、誰にでもこんな感じだ。
私の言う事もきっと同じように信じるし、嘘だと疑いもしないだろう。
そんな素直さは心配だよ……。
「――もし、外で自分が人間だと言えばどうなると思う? 本当にそうかどうかは置いておくにしても、人間を語っただけでも恨みの対象になる。最低最悪な置き土産をして絶滅した人間は、亜人たちにとって最も嫌悪している相手なんだ」
最低最悪な置き土産。
丸みを帯びたカップにコーヒーを注いだフルッフが一口飲み、ああ、と頷く。
「連帯責任。こうして亜人街という避難場所を作って狭く過ごしているのも、原因は人間にある。……強者に喧嘩を売り、返り討ちに合い、絶滅した。それだけならまだいいが、同じ『人間』の要素を持っている僕たち亜人も、強者からの標的になってしまった。昔は共存していた亜人もいたんだ。だが、人間のせいで全ての亜人は亜獣たちから除け者にされた。それを恨んでいる者は少なくない。人間のせいだと、積極的に後世に教えているところまであるんだ」
私自身の危うさが理解できた。
天敵の巣の中に一人で迷い込んでしまっているのだ。
自ら正体を明かすなど愚の骨頂。
紛れられている今、崩す必要はない。
幸い、人間も亜人も、見た目に大きな違いはないのだ。
「わたしたちとはね。人間寄りだからサヘラとあんまり変わらないんだよ。でも中には獣寄りの亜人もいるよ。その人とサヘラは似ても似つかないから紛れられないかな」
「そもそも人間自体既に絶滅している。自ら正体を明かしたところで信じられるとは思えないが……、言っても無駄に敵意を集めるだけだな。八つ当たりもされるだろう。そのまま言わずにいればいい。一応、どの亜人なのかだけでも答えられるようにはしておいた方がいいかもな……それで、だ」
フルッフは首元の青いネクタイを緩めた。
年相応に緩んだ顔で私の顔に急接近してくる。
「君の話を聞きたい。絶滅したはずの人間……その生き残りの君の口から」
ぐいぐいと顔で顔を押してくるフルッフに困っていると、後ろから衝撃が来た。
タルトが背中から抱き着いて来たのだ。
肩の上に顎を乗せて……って、みんな近い!
「サヘラを見つけたのはわたしが先なの! フルッフのおもちゃにさせないからね!」
「話を聞くだけだ。弄んだりはしないぞ。――サヘラ、話くらい構わないだろ?」
「サヘラ! わたしの方が先だったんだから一緒に亜人街を見て回るでしょ? 案内してあげるし美味しいものもご馳走するから!」
後ろから前から、サンドイッチのように挟まれる私。
必要とされ、好意を寄せられている――憧れていた部分もあったけど、意外と面倒くさいな……。
出かけようと予定を立てていざ当日になったら外に出るのが面倒になるような感じに似ている。
どっちを選ぶか、なんて器用な真似が私にできるわけもない。
だから――ぷつんと切れた。
「……いい加減にして。話は今聞く。その後で街に出ればいいでしょ。なんでどっちか一つに決めなくちゃいけないのよ。私の意思は無視か。私を取り合うなら私の意見をまず最初に聞くべきでしょ」
言い切ってから、はっと気づく。
部屋の中が、しーんとしている。
……やっちゃった。
強めの口調、イラッとした雰囲気。
仲良くなりたいと寄ってくれている人たちにするべき態度ではなかった。
うわぁ、また微妙な空気に……。
取り繕えないしこれから先も今のこれが後を引く感じになって……、また、憂鬱が始まる。
しかし、
「やったっ、じゃあ話が終わったら街に行こう! 約束約束っ!」
さらにぎゅっと、タルトに抱きしめられる。
……予想外の反応に私が反応できない。
「ちょっと急ぎ過ぎたな。今日は僕ももう仕事はないし、ゆっくりできるから、サヘラ優先で話をしよう。知りたい事、たくさんあるんだろう?」
「え、と……。ちょっと待って。なんで……、びっくりしなかったの?」
『なにが?』
腐れ縁二人の声が重なった。
「急に、ほら、私の口調が変わってさ」
『なんとなく猫被っていそうだなとは思ってたし。打ち解けていないとは思ってた』
この長文さえも息ぴったりだった。
二人は私の本性を、確証はないもののあらかた予想をしていたと言う。
表に出していない人間性が滲み出ていたらしい。
それは見えるものではなく、感じるものだった。
二人は私が生き辛そうにしているのを見て、打ち解けさせてくれた――わけではなかった。
二人にとって友人の条件は一つ――気を遣わない事。
だから私にも気を遣わずに自分のしたい事を素直にぶつけた。
確かに、この二人に気を遣われた事は一度もなかった。
気を遣っていたのは私だけだった。
欲の押し付け合い、迷惑のかけ合い。
酷い時は責任まで押し付けられる。
でも、それが――私にとっては最も付き合いやすく居心地の良い関係である。
だから私も、遠慮なく言えた。
信じられないだろう馬鹿馬鹿しい事を、信じさせるような小手先の話術も使わずに淡々と、嘘でも吐くように。
フルッフにとっては、大好物な話題のはずだ。
「私がいた元の別世界に帰りたいんだけど、その方法って知ってる?」
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