#36 姉と姉
サヘラとフルッフが辿り着いた場所では、プロロクが倒れていた。
それを見下しているのは、勝者であるテュアだ。
「隠密に特化し、どんな相手も死角から一撃で沈めるお前が――外界で巨大な亜獣と真正面から闘って鍛えられたあたしに、勝てるはずがないだろうがッ」
うつ伏せに倒れるプロロクの指が、ほんの僅か、動いた。
見たその一瞬で、テュアが動いた指を踏んづける。
そんな、もはや一方的な勝負を、タルトは遠くで見届けていた。
「……止めよう、フルッフ」
「あの中に入るのは、勇気がいるぞ……」
躊躇うフルッフを置いて、二人の間に割って入ろうとしたサヘラを止めた声があった。
途切れ途切れの声は、指の痛みを我慢しているためだ。
「近づく、な……テュアの特性は、自動追従に、自動攻撃……近づくだけでテュアの爪がお前を切り裂くぞ……っ」
忠告に一度足を止めたサヘラだったが、聞いた上で再び足を踏み出した。
こちらを見もしなかったテュアの腕が、サヘラには見えなかったが、振るわれた。
肉をいとも容易く斬る爪が、サヘラの頬に届く寸前で、割り込んだタルトが受け止める。
「テュアお姉ちゃん、もうっ、争う必要は、ないんだよ……っ」
「タルトの言う通り。――隊長、私、勝ってきたよ!」
テュアの腕を受け止めるタルトの横に並び、テュアに向かってピースを見せる。
サヘラの無邪気な笑みにテュアは牙を抜かれたのか、冷静になって爪を引っ込めた。
「そう、か。サヘラ……よくやったな!」
わしゃわしゃとテュアに頭を撫でられ、鬱陶しくもしかし嬉しいサヘラは笑みのままだ。
ちらっとプロロクを見れば、傷ついた体を無理やり起こしていた。
傷口から血が滲み、安静にしていれば開かない傷を自ら開かせてしまっている。
「会長……、負けたって、一体どこに、どこにいるのっ、グンッ」
「うるせえな、ったく、俺はここにいる。お前、無理すんな、プロロク」
「グンッ……。もう、心配、させ、ないでよ……ほんとに、もうっ」
プロロクは転びそうになりながらもサヘラとフルッフの後を追ってきた会長の胸に飛び込んだ。
傷だらけのプロロクを支え、会長が抱き寄せる。
体を重ねた関係だとフルッフは予想をしていたが、こうしてみると恋人よりも親子のように思えた。
「サヘラの言う通りだ、俺の負けだ。つまり、紅蛙会は解散、つうわけだな」
会長はサヘラを指差し、
「新しい裏亜人街の支配者は、黒百合会であり、サヘラだ」
「あの、えっと、その事なんだけど、さ……」
珍しく言いにくそうにしているサヘラだな、と誰もが思っていた。
さすがのサヘラも自分に正直に発言しているとは言え、言いづらい。
支配者を倒しその地位を奪いながら、いざ自分がなってみると面倒というか大役というか、任される責任が大き過ぎて、自分には務まらないだろうと思ったのだ。
個人的にも。
……私は表の亜人街にいたいし、みんなと離れたくないからなあ。
だから言いにくそうにしながらもサヘラはきっぱりと言い放った。
「名前は黒百合会のまま、会長はそのまま続投でやってもらう形で……ダメ?」
つまり、紅蛙会が黒百合会と名を変えただけで、ほとんどが変わらない事になる。
小首を傾げながら両手を合わせてお願いをするサヘラに面食らう者が多い中、会長は腹を抱えて笑い、サヘラのお願いを即答で承諾した。
「任せろ、お前のやり方で、改めてまとめ上げてやる」
全ての戦いが収まり、実質的な支配者が変わった事で戸惑う者も多い中……、
テュアとプロロクは戦闘後の瓦礫を椅子にして座り、向き合っていた。
おまけとして元紅蛙会会長が、プロロクに抱き着かれて傍にいるのだが。
「お前ら、子供とかできてないよな」
「残念ながらいないわよー。私は欲しいんだけど」
「勘弁してくれ。俺はごめんだ」
ちょっとどういう意味!? と目の前でイチャイチャを見せられ、テュアもイラッとする。
話したい事はもっと別にあるのだ。
「紅蛙会、会長。いや、今は黒百合会、会長と呼ぶべきか?」
「会長はサヘラだ。俺は会長代理。副会長はあのツンツン金髪小僧だ。名前は知らないがな。
幹部には確か猫耳の三つ子がいたな。……役職は会長代理だが、会長が表に住居を構える今、俺が会長なんだろうな――。
言っておくが、プロロクの勧誘はなしだぜ。こいつがいないと俺も寂しいからな」
「プロロクの意地を見れば勧誘が無駄な事くらい分かる。……寂しい、な。一体、何年あいつらに寂しい想いをさせる気なんだよ。――グンだとか言ったな、名前。聞き覚えがあると思ったら、お前、失踪したフラウスの旦那か」
「もはや隠す事もねえか、そうだぜ。……会いに行けとか言うんだろ? ちょっと待てよ。俺にも心の準備があるんだ。フラウスには誤解されているし、そう仕向けたのも俺なんだが――今更、あいつらの目の前に現れていいもんか、悩んじまってな」
「人前でそんなに女々しいグンは珍しい。心も体もぼろぼろなら、私が慰めてあげようか?」
「それは後でな」
「……悩むな、いいから一度会って謝れよ。責められるにしても受けるべき罰だ。でも、少しは休んでもいいんじゃないのか? それくらいはフラウスも待ってくれるはずだ。
それと、プロロク。お前も一度はロワに挨拶をしに行け。あいつが今どれだけ血眼になってお前を探していると思ってる。多分、怒られるが……いや、絶対怒られるが。もしもこれ以上引き延ばすのなら、あたしがお前を捕まえてロワの目の前に叩き出してやるからな」
そういうことだ、じゃあもう行く――とテュアが立ち上がる。
背を向けたら、控えめな声が後ろから――、
「……テュア、あの時、急にいなくなって、ごめんね」
舌を出して謝るプロロクは、昔のようで、まったく謝っているようには見えなかった。
だけど変わらない姉の姿に、テュアの顔が昔のように綻んだ。
「――言うのがいつもいつも遅いよ、プロロクお姉ちゃん……っ」
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