#22 露店通りの攻防

 遮蔽カーテンの中は細長い通路だった。

 人は多くないが、狭いために人が賑わっているように見える。


 人と人がすれ違える幅はあるが、壁際に露店が出ているために結局一人だけの一方通行にしかならない。

 すれ違う時は衣が擦れ合って毎回大変だった。


 なのに露店で買い、壁際に座って食事をしている者もいる。

 露店と露店の間にある机と椅子を利用するべきだが明らかに数が足りなさ過ぎる。

 通路を進むにも座る人たちの足の間の地面を踏んでいかなくてはならずかなりを気を遣う。


 この際、踏んでも人が多くて気づかれないとは思うが。


「いっ、づう! だ、誰だ俺の足を踏んだ奴は!」

「あ、ごめんね!」


 私の後ろでタルトが手を合わせて、壁際に座っている髭を生やしたおじさんに謝っていた。

 問題になりそうなら抱えて逃げる覚悟をしていたが、大事にはならなかったらしい。

 言葉を数回交わして、なぜかタルトはおじさんの持つ露店の塩麺を一口貰っていた。


 ありがとー、と手を振るタルトと振り返すおじさん。

 やっと移動したタルトは途中の露店に捕まり試食品を勧められていた。


 バンダナを頭に巻いたお姉さんにつまようじに刺したお肉を貰い、口に入れていた。

 満面の笑みで目を輝かせるタルトはおかわりを要求。

 終わりそうにないのでそろそろ私が出動しよう。


 お肉に夢中でフードが取れているタルトにフードを被せ、軽く頭をはたいて連れ戻す。


「あ、ほんとだこれうまいなあ!」

「あんたも一緒に食べてないで、先へ進むの!」


 知らぬ間に大きなタルトまでお肉に釣られていた。

 いや、タルトが小さなテュア隊長なのかもしれない。


 というか任務中なのに……。

 正体がばれない自信があるのかもしれないけど、大胆な行動は素人目からしたら心臓に悪い。

 せめてタルトの見本ではいて欲しかった……。


 遠慮なく隊長も一緒に頭をはたいて連れ戻す。

 狭い通路で二人を引きずる。

 二人はお姉さんに手を振ってばいばいしていた。

 ……私も一口貰っていれば良かったかなと後悔した。


 ここの人たちはフレンドリーだなあ、と思ってはいけない。

 ちらっと窺っただけでも道を通る私たちを睨み付ける人の方が多い。

 殺伐としている空気……。


 露店にいる元気なお姉さんの勧誘の声で緩和されてはいても、敵意が充満しているのは見ていなくとも空気感で分かるのだ。


 こんな空間で、一歩引いた相手でも臆する事なく仲良くなれてしまうタルトの手腕には脱帽だった。

 以前、聞いた事があったが、タルトに自覚がないので人と打ち解ける方法というのは確立されていなかった。

 タルトだからこそ、誰もが気になり構ってしまうのだ。


 私だったら相手にされても愛想を尽かされてしまう。

 ……性格に難がありだから。

 そんな致命的な欠陥を抱えているから私は論外にしても。


 私でなくともここの人たちとコミュニケーションを取ろうとするのは難しい。

 望んでいない伸ばされた手は、相手にされないか叩き落とされるかのどちらかなのだから。


 手を取ってくれる事など、ほとんどあり得ない。


「新入り、着いたぜ、ここなら広いだろ? お前らで席取っとけ、こっちで飯の調達はしてきてやるからよ」


 面倒見の良さそうな金髪ツンツン頭の多分先輩は、顔見知りの露店へ向かって行く。


 狭い通路が終わったら長方形に広がった空間に出た。

 全方位に露店が構え、真ん中の空間には机と椅子が置かれていた。

 これまで見た食事スペースのなさは全てこの空間に集約されているらしい。


 正解は露店で買い、ここまで持って来て座って食べるのだ。

 だとしてもやはり机と椅子は足りない気がするが……、

 思ったが、食事時ならばまだしも今の時間帯はあまり混まないので、机と椅子はあっさりと取れた。


 さり気なくタルトが先導し、他の黒マントもタルトに従っている。

 まるでタルトがリーダーのように振る舞っているが大丈夫だろうか。

 私もタルトも隊長も、まったくの無関係なんだけど……。


「(タルト、この人たち知り合い……?)」

「ううん、全然知らない人。今友達になったよ」


 怪訝な顔で黒マント三人を見ると、三人は同時に頷いた。

 まったく同時だった。


「そ、そう。合意の上なら別に文句はないけど……」


 すると黒マントの一人から手が伸び、差し出されたのは五枚セットの……なんだ?

 五枚セットと聞くと、あまり良い思い出はない。


「――ガム」

「ガム……? え、ああ、あのガムね、ガム……」


「タルトにもガム、あげる」

「ありがとー。これって食べ物なの?」

「口、すーすーするかも」


 隊長も同じように貰っていた。

 三人が同じ行動、そして似たような声……もしかして。


「三つ子?」


 うんうんうんと頷かれた。

 すると金髪の先輩が私たちの分の料理を持って来てくれる。


「塩麺、醤油麺、味噌麺どれでもいいから好きに選べよ、早い者勝ちな」


 気になったので観察していたら、三つ子はそれぞれ違う味を選んでいた。

 そして少し味を見たら回して交換している。

 全ての味を堪能したいからこそのやり方らしい。


 で、私は残った塩麺を目の前に置かれた。

 なんでもいいから別にいいんだけど……、サヘラはそれだよね、みたいに勝手に決められた感じが気になる。

 なので物申す。


「タルト、私そっちがいい」

「え、でもわたしさっきおじさんに塩味貰ったんだもん」


「醤油味は美味しくないから私が食べてあげる。だから寄越せ」

「寄越せ!? いやいや! 半分こしよっ、それで我慢してよサヘラ!」


 まるで私が我儘を言っているような、子供に言い聞かせるような口調のタルト。


 むっとしたが私は大人なので半分こで妥協してあげる事にした。

 半分こするにしても塩と醤油の場所は入れ替えて、いただきますと箸を手に持つ。


「……タルトと子供っぽさでは良い勝負だと思うがな……」


 そんな失礼な事を言う隊長の正体を、今ここでばらしてやろうかと思った。

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