#40 希望の手、崖っぷちへの案内人

 崩壊した建物の砂煙によって、二人がそこにいる事を周囲は気づかない。

 タルトに言って二人に近づいた時も、誰も私たちを発見できていなかった。


 誰もが遠くへ逃げたと思っているのだろう。

 まさか真下にいるとは思わない。


 逃げもせずに女の子を押し倒しているとも、誰も思わないだろう。

 原因の彼女はどんな悪人顔をしているのかと思えば、私が見た表情はしかし泣き顔だった。


 えぐえぐと、涙をたくさん流し、だが決して顔を隠そうとはしなかった。


「ごべん、なざい……ごんな、ごとになるなんて、おぼって、おぼってなくてぇ……ッ」

「いや、なんでだよ……こうなるって分かるだろうが、絶対ッ!」


 彼女は人間を恨む風潮を嫌っていた、つまり彼女自身は人間を嫌ってはいないのだろう。

 そしてこうも言っていた――人間が現れれば街も技術も歴史も進歩し明かされるだろう、と。


 もしかして、そのために?

 人間がいると発表し、私から得られる情報で亜人の世界を良くしようとして?


「だとしても……サヘラを利用しようとしたのは、許せないぞッ!」

「ごべん、ごべんなざぁい……ッ」


 大声を出して泣く彼女の上に馬乗りするフルッフは振りかぶってしまった拳をどこに向ければいいのか迷っていた。

 力なくその拳は下ろされたが、フルッフの中では不完全燃焼で残る。


 泣き止まない彼女を見守っているといつの間にか、砂煙が晴れていた。

 そして彼女の大声は注目を集め、私たちは格好の的だった。


「しまった……ッ!」


 野次馬を含め復讐者たちが私たちを取り囲む。

 タルトの炎もさっき使ったばかりで喉を傷めているために使えない。

 フルッフの特性も戦闘型ではないし、私は人間だ、特性なんて持っていない。

 護身用に持っていた拳銃も必要ないと裏亜人街に置いてきてしまっている。


 私に注がれる視線には嫌悪の感情が乗っている。

 受け入れられない拒絶の感情。


 ああ、思い出す。

 向こうの世界を思い出す。

 私はこの視線を、中学高校と体験している。

 せっかく受け入れてくれたと思っていたのに、私はまた、こうやって除け者にされる――。


「見捨てないよ」


 と、私を背負うタルト。


「奪われてたまるか」


 私を離さない、と手を握ってくれるフルッフ。


 ……ありがとう。

 たとえ全種族に嫌われても、二人がいれば私は生きようと思える。


 囲まれたこの状況から逃げ延びる覚悟を決める。

 背負われたまま、頼ってばかりではいられない。

 私も自分の足で、この場を切り抜けなければならない。


 だが、おかしい事に気づいた。

 誰も私たちを攻撃しない。

 捕らえようともしない。


「…………?」


「はいはい、解散解散。暇人共、さっさと仕事しろ。

 ここから先は市役所の役目だ、私怨で大切な人間を殺したり捕まえたりするんじゃねえぞー」


 口調はいつも通りだ。

 だが、周囲を牽制する攻撃的な雰囲気は隠せていなかった。


 私たちに向けたものではなかった。

 私たちを、庇ってくれている……?


「テュア、隊長……」

「駆けつけるのが遅くなってごめんな。……ここから先は、あたしとロワが持つ事になる」


 三人一緒に、助かった……、と安心したのも束の間だった。


「ただ、あたしはともかく、ロワを説得するのはちょっと骨が折れるかもな」


 あいつは代表だから、私情で動けない。


 だから――。

 そう溜めた後、テュア隊長が言う。


「サヘラ、ここから先は、お前次第だ」



 テュア隊長に連れられ、向かった先は市役所の中にある会議室だった。

 受付に数人はいたが、ここまで来る途中の部屋には誰もいなかった。


 ……今、市役所はほとんど機能していないのではないか――。


 他の部屋と比べて大きく重々しい扉をテュア隊長が押し開く。

 私はその後をついて行った。


 ここから先は人間である私を『どう扱うか』を決める場であり、私以外は入れない。

 そのため、一緒にいてくれたタルトもフルッフも、ここまでだ。


「二人とも、行ってくるね」

「ずっとここで待ってるからねっ」


 タルトはいつもと変わらない様子で。

 しかし、フルッフは考え過ぎているためか冴えない顔をしていた。


「フルッフ?」

「ん? あ、ああ……気を付けろよ、サヘラ。発言の一つ一つが武器にも自分を苦しめる刃にもなるからな……」


「フルッフには隣にいてほしいけどね……」

「僕もそうしたいのは山々だが、市長は許可を出してくれないからな……ここで祈っているよ」


 言葉に背中を押されて私は歩みを進める。

 二人がいるからこそ、私はここから先、なにも恐くなんかない。


 会議室は思っていたよりも広く上が高い。

 市長は私の立ち位置の目の前にいた。


 周囲にはギャラリー……いや、外の野次馬と同じではない。

 市役所のある程度の役職と発言権を持つ者たちだろう。

 私をほぼ半円状に囲むように、階段状になっている席に座っていた。


 私を見下ろす視線は誰もが私を舐めつける。

 状態こそショーをする大道芸人のようだが、緊張感はまったくの真逆だ。

 私は今から『悪』として取り調べをされるのだから。


 立ち位置とは言ったがそこには椅子がある。

 隊長に促されて座ったところで市長が目を開いた。


 ゴスロリ衣装は初対面の時から変わっていないし、左右で違う色の瞳も相変わらずだ。

 ただ、私に向ける視線は威圧的になっていた。


 テュア隊長が用意されていた自分の席……私からは遠く、見上げて三段目の席に座ったところで、市長ではなく進行係の女性の声が響く。


「えー、では、これより『人間をこれからどう扱うべきか』の会議を始めます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る