#41 運命を決める会議

 席に座る役所員の人たちが互いに視線を交わして、誰がまず発言するか、様子を見ていた。

 私も周囲を見ていると、どうやら役所員の中でも二つの派閥があるらしい。


 一人の女性がまず手を挙げて発言をした。

 周りよりも比べて年齢が若く見える。


「私は彼女からの情報を得た方がいいと思います。世界で唯一の貴重な人間ですし、丁重に扱うべきだと」


「それには反対だな。丁重に扱って上手くこちらが利用されても不愉快だ。こいつがなんでも知っているとは思えないし、本当の事を言うとは思えない。こいつのでまかせに踊らされて無駄に扱いを良くし、金をかけては損害を被る。馬鹿を見る事になる。貴重な人間だが所詮はサンプルなんだ、解剖でもすればいいだろ。人間の死体なんてこれまで一つも例はないしな」


 と、腕を組んだ屈強な男が女性の意見に異を唱える。


「彼女は、女の子ですよ……あなたには道徳がないのですか? つまり殺すと――」


「なにが違う。病気の子供を治すためのワクチン作りに多くの生物を殺して研究した化学班がいたはずだ。

 お前はそいつらの努力を殺害者だと罵り、助かるはずの子供たちを見殺しにするのか?」


「それはまた別の話でしょう……」


「別か。そうか? 一緒だがな。人間の過ちは人間が責任を取るべきだろう。

 奴らのせいで崩壊した俺たちの社会を進歩させるために、身を削って貢献するべきだとは思うがな」


「あなたは、意見を変える気はない、と。彼女を『犠牲』にすると」


「おいおい、言い方に悪意がありまくりだな。まるで俺が悪者みたいだ。

 しかし間違ってはいないな。言い方の問題があるが、そういう事だ。未来のための尊い犠牲だ」


「私は『対話』を押します。彼女は私たちに新たな技術や発想を与えてくれるだろうと信じています。彼女に知識がなくともこちら側の質問や受け取り方次第では、人間の深層心理によって生まれなかったものが生まれるかもしれません」


「ふんっ、理想だな」

「あなたはただの私怨でしょう」


 端と端、最も遠い席同士で言い合う二人だけの口喧嘩がやっと収まる。

 誰も二人の間には入っていけず、終われば再び沈黙が生まれてしまう。


 大まかに二人が言った意見が基本的な考えとなり、これにより二つの派閥に分かれている。


 さしずめ『過激派』と『穏健派』だろう。

 私を『犠牲』にするか、『尊重』するかの二択。


 代表として発言した二人は言い終われば意見を変える気はないと相手の顔を見もしない。

 すると、展開を早めたいのか、過激派が話を振ったのはこの場を仕切り、決定権を持つ市長だった。


「会議をする必要もないほどに、さっき雑談交じりに意見交換をしたらこの二つに分かれた。市長さん、あんたはその場にいなかったから意見を聞いてはいないが、二つ以外の第三の意見があるなら聞かせてほしいものですなあ。ないならどちらにつくか、決めてほしいものだ」


「なるほどな。

 両者の意見はよく分かった。

 ……ただ気になったのは、なぜ両極端な発想しかできないのか、という両者の浅い知恵に疑問が残るがな」


「……どういう意味でしょうか?」

「浅知恵しか出せない馬鹿だと言いたいのか?」


「詰めが甘いと言いたいのだ。

 二人を責め立てたわけではない。そう教育をしなかった私に落ち度があるのだからな、謝るべきなのは私の方だ」


「……では、市長はどういうお考えで?」

「サヘラ――お前に対話を求める」


 言われて、市長が私を見ている事に気づいた。

 人間だと判明してから今、初めて私の目を見たのだ。


 市長は私との対話を求めた、それはつまり過激派を切り捨てる選択をした。

 穏健派の女性は勝ち誇り、過激派の男性は軽い舌打ちを鳴らして愚痴を零す。


「なにが、両極端だ。対話という極端をあんたも選んでいるじゃねえか」

「ちょっと、あんた、口調を正しなさいよ!」


「構わん。どうせ後になって恥じるのはそいつ自身だ。

 ――話を進めるぞ。

 誤解を解いておくが、詰めが甘いと言った私がわざわざ極端な方法に意見を落ち着かせると思うのであれば、責め立てればいい。これも私の落ち度だからな。先を見ずに答えを出し、思い込みで他者の評価をし、勝ち誇るお前に育てあげた私のせいだ、とな」


 市長の冷たい言葉に、男は口を閉ざした。

 さっきよりも真剣な眼差しで市長を見る。

 上に立つ者の選択をその目にしかと刻むように。


「サヘラ、緊張しないでいい、ただの対話だ……。

 私たちが知る事ができず、しかし人間ならば知っているだろう事を質問するだけだ。お前はそれに答えればいい――」


 ただの質問と言われても、答えられるかどうかで今後のわたしの処遇が決まるとなれば、迂闊には答えられないし、答えなければならないと分かって心音が激しくなる。


 人間であると私は明かした――が、別世界から来たとは明かしていない。

 つまり、この世界の人間についての知識など、多分ここにいる誰よりも一番知らない。


 私に答えられる事などあるはずもないのだ。

 なぜ、人間は亜獣に喧嘩を売ったのか。

 外界の広さは一体どの程度のものなのか。

 アナベルについて、人間が知った、亜人とは違う別視点の見解はあるのか。


 私はどの質問にも首を左右に振る。

 私はなに一つ知らないし、知っている情報を言ったところで既に亜人街では出回っている常識だ。

 私の情報の出どころは全て亜人街なのだから。


「対話も失敗に終わったようだぜ、市長さん。

 こいつを尊重する価値はねえ。

 本当に人間なのか、人間を語りたいだけじゃねえのかって気がしてきたがな」


「それをする理由が分からないな。

 人間を語れば傷を負うのはサヘラ自身だ、わざわざ語る理由がない。

 虐待されて喜ぶ性癖があれば話は別だが……」


「……そんな性癖、あるわけないでしょ」


「だそうだ。見て分かる通り、こいつは責められるよりも責めるタイプに見えるだろ。

 女王様気質だがいいように周りに振り回されているところがポンコツだが」


 市長が私を庇いながら傷つけ始めたんだけど……。


「で、ここからどうするつもりなんだ? 極端に振り切らないあんたの選択は」


「対話で情報を開示させる事ができなければ、無理やりこじ開けるべきだろう。

 ――だから、人間の遺物がある外界へ行く。サヘラを連れて、調査隊と共に調査をさせるんだ」


「そんなのっ、危険です! 外界には亜獣が……! 彼女をみすみす殺させる気ですかっ!」


「なにを言っている。調査隊にはテュアがいるだろう。亜人街最強が護衛についていて、みすみすサヘラを殺させると思うのか?」


「それは……」

「まあまあ、あたしに任せておきなよ。だって絶対に死なせないしさ」


 ……ちょっと待って、私が外界へ行く方向へ話がまとまりかけている。


 外界には私が一度襲われ死にかけた、巨大生物が多く生息している。

 この世界ではその生物たちを亜獣と呼んでおり、歴史上、かつて人間を滅ぼしている。


 自然界の絶対的な強者。


「サヘラ、人間の遺物に触れ、記憶を思い出すでも新たな発見でもいい、お前が人間であっても、私たちに利害があると思わせてみろ。

 そうすればお前への恨みを少しは軽減でき――」


「無理っ、絶対に嫌……ッ、あんな場所、二度と行きたくないからッ!」


 私が我儘を貫き通した事で過激派と穏健派が再びぶつかり合い、まとまりかけた意見が決裂して会議が引き延ばされた。

 結局、長いこと続いた会議は明日へと持ち越しとなり、私の身柄は拘束されながらも、やっと休める時間になった。


 市役所にある狭い室内で、私は睡眠を取る。

 案内されてから、誰も部屋には来なかった。

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